毎年夏の恒例企画、「地球はどこでもミュージアム!」、今回のテーマはスポーツだ。
「えっ? なんでスポーツが博物館に?」「スポーツって、やるものだよね」「好きなチームの応援にも行くよ」「そうそう、オリンピック、感動したなあ」 ……そんな声が聞こえてきそうだ。
「今度の休み、テニスをするか、ゴッホの展覧会に行くか、どっちにする?」なんて、スポーツとミュージアムの二者択一みたいな会話になることもあるかもしれない。
たしかに、スポーツとミュージアムとの組み合わせは、ちょっと意外な気がする。
「いやいや、そんなことはありません。それどころか、すべてのミュージアムはスポーツミュージアムである、と言っても過言ではない」
そう話すのは、国立科学博物館副館長の栗原祐司さん。ICOM(国際博物館会議)執行役員で、世界中のミュージアムを知り尽くした「ミュージアムの達人」だ。
とはいえ、それはさすがに大げさじゃない?とも思う。ちょっと首をかしげながら、栗原さんの話を聞いてみよう。
巻末には恒例の「栗原さんおススメのミュージアム」スポーツ博物館編を掲載。
また、次号公開予定の後編では、秩父宮記念スポーツ博物館と日本オリンピックミュージアムの訪問レポートをお届けする。(7月21日公開予定)
(取材・執筆:只木良枝 画像:特記のないものは筆者撮影、各館使用許諾済)
そもそも、スポーツってなんだ?
文部科学省の「社会教育調査」によると、博物館(類似施設を含む)は全国に約5,700館。「総合博物館」「歴史博物館」などと分類されているが、その中に「スポーツ博物館」というカテゴリはない。しかし、栗原さんは「私の調べでは、全国にスポーツのミュージアムは300館以上あります」と言いながら、本を開いて見せてくれた。『入門 スポーツと博物館』(同成社、2026)。巻末にたくさんの館の名前が並んでいる。
「とはいえ、スポーツの総合博物館はごく少数で、公立の総合博物館や歴史系博物館の一部として展示されているケースが多いですね」
スポーツの展示と言って思い浮かぶのは、有名選手が使ったバットやボール、ユニフォーム、大会の賞状やメダルだ。それらが展示されている施設ならば、なんとなくイメージできる。
「そのほかに競技ごとのミュージアム、これが実はたくさんあるんです」
両国国技館(東京)には相撲博物館がある。「プロ野球を見に行ったとき、球場の中に昔の選手にまつわるモノが展示してあったな」と、思い出す人もいるかもしれない。
説明を聞きながらページをめくっていくと、「自動車」というカテゴリが出てきた。さらに進むと「競馬」とか「かるた」とか「凧あげ」…あれれ、スポーツ博物館の話だったはずなのに?
「一番数が多いのは自動車博物館で、個人のコレクションが各地にあります。あとは、伝統芸能とか玩具とか…」 …ちょっと待って下さい。それって、スポーツですか?
「はい」と、断言する栗原さん。
「モータースポーツは、高速で走るマシンを制御する技能を競う、命がけのスポーツですよ。競馬もそうですね。生身の人間が乗って、時速何十キロのスピードで馬を走らせる」
走っているのは自動車や馬だが、乗っているのは人間、たしかに。
「伝統芸能では、すごい装束で激しい動きをする踊りなんかがあるでしょう。そうそう、かるただって、漫画の『ちはやふる』(末次由紀、講談社)読んでいたら、スポーツだなあって思いませんか?」
どうやら、身体の運動を伴うものはすべて「スポーツ」だということらしい。…それにしても栗原さん、ちょっと範囲広すぎませんか?
「それには大切な理由があります。スポーツというものが多種多様だからです。最初から陸上と水泳と球技、などとスポーツを定義していったら、必ずそこから抜け落ちてしまうものがある。だから、定義をできるだけ広くとる必要があるんですよ」
どうやら、オリンピックとかワールドカップとかのイメージだけにとらわれていてはいけないようだ。
スポーツ資料は残らない?
博物館で扱うスポーツ関係の資料には、他の分野のものとは違う特徴があるらしい。
「そもそも古代ギリシャの時代ならともかく、現代において、人間の身体だけでやるスポーツって、陸上や水泳くらいでしょ」
スポーツでは、ボールやラケットなどの道具や器具を使うことが多い。陸上や水泳だって、ウェアや靴は必要だ。
「そう、それらは全部スポーツ資料です。でも、日常生活では使わないものですよね。そして、競技が終わったら用がなくなる」
少しでも速く、高く、遠く、強く、人類がさらなる高みを目指すために、スポーツの用具は改良されてきた。しかし、記録は生まれた瞬間に過去のものになり、アスリートは次を目指す。用具は消耗品、傷んだり性能が落ちたりしたら廃棄される。
「スポーツのためだけに発達してきたモノは、歴史的には評価されていないんです。かろうじて雪国で使われていた下駄スキーなどが、民俗文化財として保存されているくらいでしょう。国立代々木競技場は重要文化財に指定されていますが、それもスポーツ資料としてではなく、建築の面からの評価です。スポーツ用具が文化財指定されたなんて話、聞いたことないでしょう?」
でも、スポーツに関する伝説やエピソードは、世の中にたくさんある。1936年ベルリンオリンピック棒高跳びで、同記録で2位と3位を分け合った日本の西田修平選手と大江季雄選手が、金メダルと銀メダルを半分ずつに切ってつなぎ合わせた「友情のメダル」は、昔は教科書にも載っていたくらい有名な話だ。もしかして、現物は残っていないのだろうか?
「いや、大丈夫、ちゃんとありますよ。でも文化財指定はされていない。おとなりの韓国では、2010年バンクーバーオリンピックの女子フィギュアスケートで金メダルをとったキム・ヨナ選手のスケート靴が、わずか7年後に文化財登録されているんですけど、日本では近代スポーツに関するモノの文化財指定・登録はほとんどありません」
なぜスポーツ資料が評価されてこなかったのだろうか。「一言でいえば、その発想がないから」と栗原さん。
「スポーツは結果や記録が重視されるし、選手本人も結果がすべてだと思っているから、使い終わった用具は捨てちゃったり、段ボールの奥にしまい込んだり、サインして人にあげちゃったりする。まあ、さすがにメダルは大事にとっておくかもしれないけど、一流選手ならばそれもたくさんあるだろうし。決勝で負けたら『くやしい』って2位の賞状破っちゃう人もいるかもしれません。もうすこしスポーツ資料の価値が知られるようになってきたら、保存しようという機運が高まるのでしょうが」と、栗原さんはちょっと歯がゆい表情だ。
大リーグでも大活躍したイチロー選手の場合、家族がしっかり資料を残していて、愛知県豊山町にある記念館で大切に展示されている。残念ながらそういう例は少ないそうだ。
ところで、スポーツといえばテレビ中継だ。今はアーカイブ映像などで名試合を振り返ることも簡単になった。
「結果が分かっていても、何度も見たくなる試合ってありますよね。映像の記録、重要です。そうそう、和歌山にあるわかやまスポーツ伝承館は大きなショッピングセンターの中にあって、入館も無料でにぎわっています。『伝説の延長18回』って知ってますか? 1979年夏の甲子園、和歌山代表箕島高校と石川代表星稜高校の激闘なんですが、そのビデオが流れていて、来館者が足をとめて涙ぐみながら見入っていたりするそうです」
スポーツを保存するためには、映像はすぐれたツールだ。ただ、それを公式に残そうという機運が生まれてきたのは最近のことだという。理由は、複雑な権利関係だ。映っている人の肖像権だけでなく、大会開催者、学校等の関係者の複雑な権利関係がきちんと処理されていないと、広く見られるようにはならない。
「これも保存に関する大きな課題です。まあ、そんなこんなで、スポーツ博物館には結構いろんな制約があるんですねえ」
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ストーリーを背負っているがゆえの葛藤
スポーツの専門家や愛好家は多いものの、スポーツに関する博物館の専門家は少ない、いや、ほとんどいない、と栗原さんは言う。
地元出身の選手が「みんなに見てほしい」とメダルや用具などの寄贈・寄託を申し出て、公立の博物館や公民館などに展示コーナーができる場合もある。しかし、受け入れる方はスポーツに詳しいわけではない。
栗原さんが調べた300のスポーツ博物館のなかで、専門の学芸員がいるところは多くない。まして複数名を擁しているのはほんの10館ほどだそうだ。もともとミュージアムの世界ではスポーツの専門家はごく少数だ。
「日本にある体育大学で、学芸員養成課程を持っているところはありません」
専門家がいないとどうなるか。よほど意識していないと、展示のリニューアルもアップデートもされない。そうすると、資料は朽ちていくだけ…?
「そう、それも大きな問題です。メダルのような材質が強いものはともかく、布や皮革製の製品は置いておくだけで傷んできます。そして更に問題なのは、資料を修理保存する専門家もいないことなんです」
でも、日本の文化財の保存技術は世界一、と、栗原さんから聞いた気がするのだけれど?
「それは考古学や歴史資料の話で、スポーツ資料の保存を研究している人はほとんどいません。近代スポーツが日本に入ってきて100年、そろそろ専門家が育ってくれないと困るんですが」
スポーツの用具は日進月歩。特殊な素材が使われていることも多い。メーカーの協力を得られないのかとも思うが、新開発の素材は企業秘密だったりするので、それも簡単ではないそうだ。
「もうひとつ、どの状態で保存するか、という問題もあります」
栗原さんがたとえに持ち出したのは、砂漠の過酷な自動車レース。
「ボディに傷がつき、砂が残っているボロボロの車だから、あーこれが砂漠を走ってきたんだなーと感動するでしょう。これ同型車ですよ、とピカピカの新車を見せられるのとはちょっと違う」
スポーツは、誰がいつどこで何をした、というストーリーを背負っている。そのストーリーを実感するためには、やはり現物に勝るものはない。でも、資料保存の観点からは、砂や泥が残っていたら資料が劣化するから、本当は洗浄したいところだ。
「1964年東京オリンピックの体操競技で使ったあん馬も、台のところに、選手が手にはたいた白い粉が残ったままの状態で保存してあります」
スポーツ資料としては選手の汗や涙がしみついているということが重要だが、それが同時に弱点になってしまう。なかなか悩ましい問題だ。
スポーツ資料の価値を評価し、残すために
保存が難しい特異な資料を多く扱うのに、専門家が少ないという厳しい状況のスポーツミュージアム。近代スポーツの総合博物館の代表格ともいえる秩父宮記念スポーツ博物館は、現在長期休館中だ。
一方で、スポーツの世界は盛り上がっている。オリンピックやワールドカップに私たちは熱狂するし、海の向こうの大リーグやサッカーチームでの日本人の活躍が大きく報じられる。
「やっぱり実際のモノをできるだけいい状態で残したい。さっき話に出た『友情のメダル』なんて、今すぐ文化財指定してほしいくらい」と、ちょっともどかしそうな栗原さん、しかしすぐに「そこで今、『スポーツ遺産』という秘策を進めているところです」とニヤリとする。
世の中には、様々な『遺産』がある。有名なところでは世界遺産(ユネスコ)、日本遺産(文化庁)、近代産業遺産(経済産業省)など。このほかにも、自治体による北海道遺産、学会による土木遺産、化学遺産、天文遺産など、それぞれが「遺産」を指定して保存の機運を高めている。スポーツ資料もそれに続こうというのだ。
「何もないところから文化財は指定されません。まずは『これがスポーツ遺産と呼ぶべきものですよ』と示し、大事なものだとわかってもらおうというわけです」
すでに秩父宮記念スポーツ博物館のウェブサイトには『100年後に残したいスポーツ遺産』という特設ページがあり、まずはこれを拡充していきたいと栗原さんは言う。
……では、栗原さんが一番に文化財指定したいスポーツ遺産って何だろう? やっぱり王貞治選手のバット? 東京オリ・パラの聖火トーチ?と想像していたら、「まずは、嘉納治五郎の関連資料ですね」との返事。
嘉納治五郎は講道館柔道の創始者で、文部官僚として日本の近代スポーツの発展に尽くした人物だ。IOC(国際オリンピック委員会)の委員をつとめ、幻に終わった1940年東京オリンピックを招致した。その当時の書簡などの資料が残っているのだという。「もう、国宝にしてもいいくらいの価値」と栗原さん。
スポーツ資料には、大会運営にかかわる資料類も含まれるのだ。オリンピックに限らず、世の中にたくさんあるスポーツイベント。そこでは大会のたびに大量に資料が生まれているはず。そうした資料の保存のあり方もまた、スポーツミュージアムの検討課題だと言う。
今年、栗原さんの念願がひとつかなった。2月に「日本スポーツミュージアムネットワーク」が発足したのだ。小規模館が多く、人材難と専門知識不足に悩まされている各地のスポーツミュージアムが横の連絡を取り合うことによって、ノウハウを共有して力をつけていくことを目指している。
「まずは資料のデータベース化です。具体的にどう進めるかという問題はありますが、スポーツ文化財の指定に向けての、とりあえずの第一歩ですね」 保存技術についても、スポーツ資料の存在が知られるようになったらきっと進んでいくはずだ。だから関心を持ってくれる人が増えてほしい、門戸を広げたいと栗原さんは言う。
「保存の問題は、実は現代アートの世界でも直面しています。インスタレーションなど体験型のアート作品をどう残すか、機器が傷んだらどうするのか。そういう悩みは、映像資料の多いスポーツミュージアムとも共通するもの。連携していけたらいいですよね」
そのためにも、スポーツミュージアムは存在感を示す必要がある。
新型コロナ禍に翻弄されたTOKYO2020オリンピック・パラリンピックをきっかけに、各地でオリンピックやスポーツの展覧会が開かれた。2025年には東京でデフリンピックも開催された。これらをきっかけに、多様なスポーツに対する理解も進んできている。
そして、秩父宮記念スポーツ博物館の再開の目途もたった。スポーツミュージアムの世界に、ようやく追い風が吹き始めたようだ。
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スポーツは人のいとなみそのもの
最後に、ちょっと意地悪な質問をしてみた。
……スポーツはたしかに素晴らしいけれど、きれいな面ばかりじゃないですよね?
「その通りです。ドーピングなどの問題は深刻だし、何より平和の祭典と言いながら、国際情勢に大きな影響を受けます。政治と切り離せない。クーベルタン男爵が嘆いていますよ」
スポーツ資料には歴史資料の側面もある。だからこそ、これからのスポーツミュージアムは負の部分もきっちり語らないといけない。競技の結果や選手の業績の顕彰だけではなく、スポーツに関わる様々な問題をきちんと伝えていくのが大切な役割のひとつだと、栗原さんは言う。
「スポーツってやっぱり感動しますよね。『よし、自分も頑張ろう』という活力がわいてきます。でも、それは勝敗によるものじゃないと思うんだなあ。オリンピックの閉会式で、世界中の選手が入り混じって一緒に出てくる光景って、やっぱりいいものでしょう」
試合が終われば、ラグビーは「ノーサイド」、サッカーは選手同士がユニフォームを交換したりする。そういう、お互いの健闘をたたえて尊重する姿に、私たちは感動するのだろう。
「それと、忘れちゃいけないのは、スポーツは選手だけのものではないということです」
一人の選手がヒーローになるとき、そこには敗者もいる。選手たちを直接的・間接的に支えた人々もいる。
「野球殿堂には、選手だけではなく、審判、国際交流に貢献した人など、様々な分野の人も名を連ねています。それはどのスポーツでも同じことでしょう。地方の子どもたちの大会だって、監督やコーチ、大会の運営者、選手を支える家族がいる。学校の部活だってそうです。スポーツが成り立つためには、様々な人が関わり、様々な役割を果たしている。だから、すべての市町村、学校には必ず、スポーツ資料があるはずなんです」
スポーツには「人が身体を通して世界や他者と関わる営み」、ミュージアムには「人間の営みや記憶、価値観を集め、保存し、伝える場所」という意味がある。だから、「すべてのミュージアムはスポーツミュージアム」という、冒頭の栗原さんの発言になるわけだ。
「そう、人の営みはすべてスポーツ。結局は、みんな平和を目指しているんですよ」
なんとなく納得したところで、さて、栗原さんにもらったおススメのリストを見ながら、スポーツミュージアムに行ってみようか。
JOESマガジン来月号では、栗原さんのお話に出てきた日本オリンピックミュージアムと秩父宮記念スポーツミュージアムの訪問レポートをお届けする予定だ。
今海外に住んでいる君へ

著書『入門 スポーツと博物館』(同成社、2026)
漫画、好きですか? 僕はスポーツ漫画が特に好きなんです。スポーツの感動を伝えるのに、漫画ってすごく向いている媒体だと思うんですよ。
昔バレーボールをやっていたんですが、最近『神様のバレー』(原作:渡辺ツルヤ、作画:西崎泰正、芳文社)を読んで、「中学時代に読んでいたらもっと部活頑張ってたかもしれないなあ」と思いました。『ドカベン』(水島新司、秋田書店)全巻、徹夜で読破したこともあります(笑)。
スポーツというものの魅力をきちんと伝えていくためにも、ますますスポーツミュージアムは重要になっていくと思います。いつかスポーツ漫画展を開催するのが野望です。
スポーツには国境がない、海外に引っ越してすぐ言葉がわからなかったけど「サッカーを通じて友達ができた」という体験談をよく聞きます。自分の居場所づくりにもスポーツは役立ちますよね。
今年のJOES Davos Nextの基調講演講師はプロラグビーのリーチ マイケル選手、テーマが「自分が輝ける居場所を見つける(Find a place where you shine)」。 リーチさん、いいこと言うじゃないですか。まさにその通り、スポーツは勝ち負けのためにあるものじゃない、みんなのものなんです。
だから、スポーツが得意な人も苦手な人も、自分の身の回りにある「スポーツ遺産」を、ぜひ探してみてください。たくさん見つかるはずですよ。
↓「地球はどこでもミュージアム!」過去の記事はこちら
- 昭和を知る・昭和に学ぶミュージアム(2025年7月号)
- 虫を知る・触れる昆虫館(2024年7月号)
- 文学への扉をひらくミュージアム(2023年7月号)
- 平和を考えるミュージアム—いま、私たちができること (2022年7月号)
- 歴史と文化を救う・伝える—「史料ネット」を支える人々(2021年7月号)
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