【シリーズ:地球はどこでもミュージアム!】昭和を知る・昭和に学ぶミュージアム
2025年8月5日
特集

昭和を知る・昭和に学ぶミュージアム

毎年夏の恒例企画、「地球はどこでもミュージアム!」、今回のテーマは「過去」。 

「じゃあ、歴史?」「化石? 恐竜?」「古い蒸気機関とか?」「土器?」「古文書?」

「そもそも博物館って、昔のものばかり置いてあるよね」 

たしかにその通り。でも、もう少し身近な過去である「昭和」に注目してみよう。 レトロブームで人気の昭和、そのデザインはたしかに魅力的。

でも、第二次世界大戦があり、高度経済成長があり、バブル景気があった昭和という複雑な時代のこと、私たちはどれだけ知っているのだろう? 

「レトロ」「カワイイ」だけでない、多様で深い昭和の暮らしを垣間見る。今ならまだ間に合う昭和に触れ、知って学ぶ旅に、ミュージアムの達人・栗原祐司さんと一緒に出かけてみよう。

(取材・執筆:只木良枝 画像:特記のないものは筆者撮影、各館使用許諾済)

 

      

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「昭和レトロ」も良いけれど 

「知っていますか? 今年は昭和100年。昭和元年に生まれた人は99歳になります」 

1926年にはじまり、1989 年に終わった昭和。その後の平成は30年続き、来年4月には、令和生まれが小学生になる。

「読者のみなさんは、昭和生まれと平成生まれが混在しているはず。小学生の保護者さんは、もしかするともう平成生まれの方が多いのかなあ」

と、ちょっと遠い目になる栗原祐司さん。国立科学博物館副館長、ICOM日本委員会副委員長で、世界中のミュージアムを知り尽くした栗原さんは、昭和41(1966)年生まれ。昭和に子ども・学生時代を過ごし、平成の始まりとともに社会に出て、今は令和。3つの時代とともに生きてきたことになる。 

今の子どもたちから見れば、昭和はもう歴史用語だろう。その前は大正、明治。明治維新は歴史の教科書に出てくる日本の近代化の原点で、さらにその前は江戸時代。  

 

「僕が子どもの頃には、まだギリギリ江戸時代生まれの人もいましたね。僕の祖父母は明治生まれですから、なんとなく明治も自分と繋がっているという感覚でした」

 

今の子どもたちの祖父母は、多くが昭和世代だろう。ということは、今の子どもたちから見たら、昭和は、おじいちゃんおばあちゃんの若い頃。何となく想像はできるけれども、やはり昔だ。スマートフォンもインターネットも、ゲーム機もなくて、どうやって暮らしていたんだろう。身近なようで遠い、遠いようで近い昭和。

ところが、今の若者や子どもたちは意外に昭和に親近感を持っているようだ。理由は、「昭和レトロ」ブームだ。映画にもなった漫画『三丁目の夕日』あたりからはじまったブームは息長く続いていて、雑貨や小物だけでなく、家電製品や建築、さらには服装や音楽などのライフスタイルにまで広がっているようだ。最初はシニアや団塊の世代がメインターゲットだったのに、若い人にも人気がでてきた。 

各地で「昭和レトロ」をテーマにした施設ができたり、昭和のモノを展示したりする施設も増えている。 

 

「たとえば大分県豊後高田市の『豊後高田昭和の町』です。昭和30年代の街並みが残る商店街を『昭和の町』と名付けて、街ぐるみで保存しています。なんとボンネット型のバスまで実際に走らせてしまうという徹底ぶりです。ジオラマの展示館や昭和の生活用品やおもちゃなどを集めたミュージアムもあって、昭和の文化を残したいという熱い思いが伝わってきますよ。もう、こういうところを見て回るのは至福の時間ですね」 

 

栗原さんによると、レトロな街並みを保存・再現した施設は各地につくられている。また、昭和のグッズを集めた個人博物館もあるらしい。

 

「おもちゃや漫画本、クラシックカーなど、世の中には様々なコレクターがいます。そのコレクションを展示した個人経営のミュージアムも、今はたくさんあります」 

 

「今は」というのは、個人ミュージアムはコレクター本人の熱意に依存しているからだ。コレクター本人が亡くなったり、譲渡されたりすると、閉館してしまったり、コレクションが散逸してしまったりする。多くが採算度外視の施設だから、経営的に成り立たないと判断されれば簡単にクローズされてしまうのだという。 

 

「コレクターの多くはご高齢ですので、今のうちに一つでも多く訪問しておかなきゃ、世の中に紹介しなきゃ、と焦りますね」 

 

その一部は、4ページ目の栗原さんおススメの昭和ミュージアムのリストに掲載した。ぜひ訪問してみてほしい。  

 

64年間も続いた光と陰の時代 

ひとしきり昭和レトロと個人コレクションの魅力について語った栗原さん。しかし、「ミュージアムの人」である栗原さんとしては、ちょっと気になっていることがあるという。

 

「昭和レトロブーム、とてもいいことです。でも、それって、高度経済成長期だったり、バブル期だったり、ある特定の期間を形だけなぞったものになりがちなんですよ」 

 

昭和は長い。64年も続いている。前半は戦前・戦中、後半は戦後と、まったく違う世の中がひとつの時代の中に混在している。 昭和史の年表をひもといてみよう。

 

昭和4(1929)年世界恐慌がはじまり、7年に5・15事件、11年2・26事件の軍事クーデターによって軍部の力が強まる。満州事変、日中戦争を経て、16年には太平洋戦争がはじまった。 

 

20年終戦。26年サンフランシスコ平和条約により主権回復、33年東京タワー完成、39年東海道新幹線開業と東京オリンピック開催、45年大阪万博開催、47年沖縄本土復帰、48年オイルショック、60年御巣鷹山日航機墜落事故、62年国鉄分割民営化、63年青函トンネル・瀬戸大橋開通、そして昭和64年1月7日、昭和天皇の崩御とともに昭和は終わる。 

 

昭和64(1989)年はわずか7日で、1月8日から平成元年になった。ちなみにこの1989年は11月にベルリンの壁が崩壊して東西冷戦が終結した、世界史的にも大きな節目の年である。 そんな長い時代、しかもその間に日本は戦争というパラダイムシフトを経験している。 

 

「ね、昭和ってひとことで言い表すには、あまりに長くて多様なんですよ。だから、せっかく昭和のモノに触れるならば、もっともっと昭和という時代を知ってほしいんですよ」 

 

昭和や戦争をテーマにしたミュージアムならば、東京・九段下の昭和館や新宿の帰還者たちの記憶ミュージアム(平和祈念展示資料館)、各地の戦争記念館などがある。昭和の生活文化史なら、千葉・佐倉市の国立歴史民俗博物館や東京・両国の江戸東京博物館(2026年までリニューアル休館中)には、充実した展示がある。美術作品ならば、近代美術館には昭和の作家たちの作品がたくさん並んでいる。 

知る方法はいくらでもある、と栗原さんは言う。

 

「でもせっかくだから、やはり体験して、活用してほしいんです」 

 

なぜなら、今なら昭和を「体験」できるからだ。    

昭和のくらし博物館
昭和のくらし博物館
昭和日常博物館
昭和日常博物館

 

昭和に学ぶこと 

栗原さんは、なぜそんなに「体験」「活用」と言うのだろうか。 

インターネットもスマホも、あるいは全自動洗濯乾燥機や掃除用ロボットもなかった時代の、暮らしの大変さを知ってほしいというわけではない。逆に、単に丁寧な手仕事や手作りの良さを知ってほしい、というわけでもないそうだ。

 

「昭和の喫茶店やバーなどでは、一度来たお客さんが頼んだ飲み物を覚えていて、次に来た時には何も言わずにそれが出てくる、みたいなことがあったんですよね。あるいは、その日の気温や天気や、お客さんの様子を見て、臨機応変に出すものの味や温度を調節して出す、とか」

 

そんな伝説のバーテンダー、たしかにちょっと古い小説などに出てくることがある。

そこまでいかなくても、昔の商店街では「今日は活きのいいのがはいってるよ」「じゃあ今夜は焼き魚にしようかな」とか、「これどうやって食べるの?」「炊くとおいしいよ」などの会話があった。それは、今のスーパーマーケットのレジではない風景だ。 電話番号は手帳にメモしておき、頻繁にかけるところは覚えてしまっていた。友達に電話を掛けるときは、先方の家族に取り次いでもらった。

 

「そういうひとつひとつのこと、暮らしの中の知恵や工夫、個人に蓄積されたノウハウのようなものがあったのが昭和です。今の自分の暮らしと何が違うか、そこから何を学ぶか。それは、自分がその空間に身を置いて、実際のモノに触れたり、使ってみたりしないと、わからないことなんです」

 

そういう体験がなぜ必要なのか?

 

「家族全員の電話番号、ちゃんと覚えていますか? 友人の番号は? スマホのメモリーがなくても電話かけられますか? たとえば明日大停電が起きたらどうしますか? ろうそくはありますか? マッチ、擦れますか? ライター使えますか? 何かわからない言葉があったとき、分厚い紙の辞書のなかから目的のことばを探し出すことできますか?」

 

ちょっと前まではあたりまえにやっていたことなのに、できるだろうか。私たちはいつの間にか便利さに頼ってしまっているのだ。

 

「いま、AI(人工知能)に負けない人材とか、AIを使いこなす人材になれとか盛んに言われていますが、それって結局、自分の頭で考えて身体を使える人であるということ。まさに、昭和の暮らしの中にそのヒントがあるんじゃないかと僕は思うんです」

 

光も陰もある昭和という複雑な時代。ひとつひとつ違う手作り品、そういうものを見るだけでも気づきがある。未来を考えるために、自分と地続きの昭和を知る。昭和が遠くなりすぎないうちに。今ならまだ間に合う。本物が残っているからだ。 

 

「本物に触れて、知らなかったことを知ったり、考えたりできるのがミュージアムという場です。昭和を知って、そこから学んで、未来のことを考えてみませんか」

 

栗原さんのお勧めは昭和のくらし博物館(東京・大田区)と昭和日常博物館(愛知県北名古屋市)だ。昭和のくらし博物館は個人の住宅をそのまま保存してある体験型のミュージアム、昭和日常博物館は収蔵品を手掛かりに過去を語るワークショップ「地域回想法」という意欲的な取り組みで知られている。

詳しくは訪問レポートをお読みいただきたい。

昭和のくらし博物館
昭和のくらし博物館 
昭和日常博物館
昭和日常博物館

 

 

今、海外に住んでいる君へ 

栗原祐司さん(中央) 昭和のくらし博物館特別展会場にて 同館小泉館長(左)、下中副館長(右)と
栗原祐司さん(中央) 昭和のくらし博物館特別展会場にて 同館小泉館長(左)、下中副館長(右)と

 

日本を離れていたら、「昭和」を意識することは多くないでしょう。でも、学校の教科書や課題図書で読んでいる川端康成、中島敦、松本清張、司馬遼太郎などは昭和に活躍した作家です。たとえば彼らが描いた「夕食を囲む」というシーンを想像してみてください。その食卓にあるもの、それを料理した台所、食べている部屋、そういうものを体感してみたら、きっと文学作品の理解が進むはずです。

昭和は、みなさんのおじいさんおばあさんが生きてきた時代。一時帰国のときに、昭和という時代のことを話し合ってみるのも、素晴らしい体験になると思いますよ。 

海外に住んでいる君たちだからこそ、日本のちょっと前の暮らしを体感して、そこから学ぶべきことを知ってほしいですね。今の自分の暮らしや住んでいる国の文化との比較もできます。それは、自分が今生きている環境や時代のことを知ることにもつながります。

 

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