昭和のくらし博物館(東京都大田区)

路地の奥にある住宅が博物館
路地の奥にある住宅が博物館
館の設立の思い「家をのこし くらしを伝え 思想をそだてる」
館の設立の思い「家をのこし くらしを伝え 思想を育てる」

  

栗原さんおススメの「昭和を知る・昭和を学ぶミュージアム」、一つ目は、昭和のくらし博物館だ。 

東京都大田区。東急池上線と多摩川線に囲まれた住宅街のなかにある。小さな看板の向こうにある路地を抜けていくと、その先に木造の住宅が建っていた。まるでタイムトンネルをくぐったみたいだ。

玄関で靴を脱いで入る時に、「こんにちはー」「お邪魔しまーす」と思わず声が出る。

65坪の敷地に建つ昭和26(1951)年築の18坪の住宅。戦後の住宅復興政策の融資を受けた公庫住宅で、平成14(2002)年に登録有形文化財になった。  

まるで置物のように「登録有形文化財」のプレートが
まるで置物のように「登録有形文化財」のプレートが
勝手口にもなつかしいものがいっぱい
勝手口にもなつかしいものがいっぱい

 昭和20年代後半から30年代前半という高度経済成長の少し前、東京郊外にあったこの家には、6人家族が暮らしていたらしい。夕方になったら、台所から煮物の匂いがただよい、野菜を刻む包丁の音が聞こえてきそうだ。まるでこの家を訪問した客や親戚のように、その空間の中にすっぽり入りこむことができる。   

吹き抜ける風が心地いい庭
吹き抜ける風が心地いい庭

この家で育った小泉和子さんは生活史の研究者で、「一番身近な暮らし」の重要性を誰よりも知っている。平成11(1999)年、住む人がいなくなったこの家を博物館とし、自ら館長になった。

家の中には家財道具がそのまま残されている。 破損したものも丁寧に修復されていて、それ自体が収蔵品のようだ。四季に合わせて家具や建具のしつらえも変えている。 

「単なる展示施設としてだけでなく、開かれた研究の場所としたい」というのが小泉さんの信念だ。講座を定期的に開催し、生活史等をテーマとする勉強会の成果は毎年のように本にまとめている。 

体験学習が充実しているのも、「生活の場」のミュージアムならではだ。洗濯板とタライを使った洗濯体験などのプログラムが用意されている。  

特別展「昭和のくらしをみつめて25年 本でたどる昭和のくらし博物館」
特別展「昭和のくらしをみつめて25年 本でたどる昭和のくらし博物館」
館の刊行物
館の刊行物

「昭和の暮らしを体験することで、令和の私たちが何を得て、何を失ったのかを感じてもらうことができます」と学芸員の小林さん。栗原さんの言うとおり、「昭和を学ぶ場」がここにある。 

そして何よりもここはホッとする。風がそよぐ中庭に面した縁側に、長い間じっと座っている人も多いそうだ。中庭には羽子板や独楽などが置かれていて、羽根つきに興じる子どもたちの声が響いている。蚊取り線香の匂い、建具を揺らす風の音、木漏れ日、畳に正座して本を読むうちにしびれてしまった足。ここでは、まさしく昭和を五感で受け止めることができる。  

火鉢の横の座布団にはネコ。しっくりなじみすぎて、まるで本物
火鉢の横の座布団にはネコ。しっくりなじみすぎて、まるで本物

「来館者は年配の方ばかりではなくて、若い人達も多いです。昭和ファンの小学生も。レトロブームの影響もたしかにありましたが、震災以降は今の自分たちの電気に頼った暮らしを見つめなおしたいという方も増えていますね。新型コロナ禍で、家の中の小さなことに目を向けるようになってきていますし」 

 

友の会やボランティア組織が充実していて、博物館の活動を支えている。小さな民間の館ゆえにフットワークが軽く、思い立ったらすぐに実行できる。その繰り返しで今までやってきたのだそうだ。「ここを拠点にやりたいこと、まだまだいっぱいあるんです」と小林さんは言う。

 

今、海外に住んでいる君へ       

小泉和子さん(昭和のくらし博物館 館長)(写真:昭和の暮らし博物館提供)

「昭和のくらし博物館」は私の一家がくらしていた家です。昭和20(1945)年に戦争に負けてからた6年後、ようやく日本が復興しはじめた昭和26(1951)年に建った家です。 

「家をのこし、くらしを伝え、思想を育てる」をスローガンにしています。これは当時の庶民の家を残して、どんなくらしが営まれていたかを伝えて、みなさんにくらしというものについて考えて貰いたいということです。 

「昭和のくらし博物館」で展開しているのは、昭和10年代後半から30年代前半(1940年代から1950年代後半)あたりのくらしです。この時期の日本は経済成長が始まりだして、やっと電気洗濯機が普及し始めたという時期です。まだ盥で洗濯している家も沢山ありました。みなさんのおばあさん時代でしょうか。 

その後の経済成長と工業化の進展によって、現代はあらゆることに電気を使う便利で快適な生活となっていますが、そのスタート点となったくらしはどんなだったか。これを知るためにみなさん、ぜひ「昭和のくらし博物館」に見に来て下さい。  

小林こずえさん(昭和のくらし博物館 学芸員)
小林こずえさん(昭和のくらし博物館 学芸員)

 海外在住中の方が「日本の暮らしを知ってほしい」と子ども連れでいらっしゃることがあります。昭和の日本に豊かな生活文化があったことを知るのは、自分のルーツを知ることにもなりますよね。昭和が遠い過去ではないと感じてもらえると嬉しいです。また、今暮らしている国の電気がなかった時代のことを想像して、当時の日本の暮らしと比較してみると、そこに自然の恵みや工夫などの国ごとの違いが見えて面白いと思います。

この家に入って、現代の家と明るさの違いを感じる方も多いようです。障子越しの光や床の間の暗がりなど日本建築に見られる光と陰について書かれた谷崎潤一郎の『陰翳礼讃』という作品がありますが、この家ならば明暗の他にも、窓の音や畳の香り、風通し、立ち座りや家族の動線など、昭和期の家を体で感じてもらえるのではないでしょうか。    

 

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