第4章 「移動する時代」を生きる子どもたちを応援しよう!  

 

川上:ここまでの話で、「移動する時代」を生きる子どもたちは大変だなあと思うかもしれませんね。でも、「移動する時代」を生きるのは子どもにとってとてもチャレンジングで、ワクワクすることかもしれません。幼少期より複数言語環境で成長する子どもは、表面的には複数の言語が混ざったり、コミュニケーションがうまくいかなかったりするかもしれませんが、子どもは異なる環境や音(言語)に触れて、「この様子はどんな意味だろう」とか、「日本語ならこんな意味かな」とか、文脈や関係性から推量しながら考えることになりますね。つまり、環境からの刺激が子どもの身体と脳に作用しているのです。その結果、子どもの認識力、発想力、想像力、そして何より創造力が日々鍛えられていくのです。その例はたくさんあります。例えば、ニューヨーク生まれで英語と日本語の環境で育ったシンガーソングライターの宇多田ヒカルさんは、曲に歌詞をつけるときイメージを日本語に「翻訳」すると語っています。ジュンパ・ラヒリさんの「翻訳する私」と繋がる点ですね。   

 

Makiko:そういうことなんですね。「話せない・わからない」からこそ、「推察力」が日々鍛えられますし、それがクリエイティビティやオリジナリティに繋がる、と。   

 

川上:複数言語環境で成長する子どもは日々多様な刺激を受けながら自分が持つすべての力を総動員して懸命に生きています。それこそが、子どもの主体的な生き方です。周りにいる親や教師は、その子どもの持つ認識力、発想力、想像力、創造力などを認め、それらを総動員する力を応援する姿勢が大切ですね。スポーツや音楽、ダンスなど、子どもの好きなことを通じて、他の子どもたちと複数言語を駆使してやりとりする力を育てていきたいですね。  

 

Makiko:「総動員する力」は数値では測れないですが、たしかにこういった子どもたちほど、その稀有な力に着目したいです。  

 

川上:もちろん、子どもは複数言語環境で楽しいことも苦しいことも体験するでしょう。言語や習慣や態度、身体的特徴などの違いからつらい体験をするかもしれません。逆に新しい友だちができて楽しい体験をするかもしれません。  

 

早稲田大学で「移動する子ども」をテーマに授業をしたとき、受講した学生の半数が子ども時代に海外など複数言語環境で過ごした経験のある学生でした。彼らは授業で自分の経験したことについて熱く語っていました。「こんな授業を受けたかった」「もっと早く受けたかった」と話していたのが印象的でした。彼らは自分の経験は個人的なことで、みんなの前で言うことではないと思っていたということでした。  

 

それを聞いて、子ども時代に複数言語環境で成長した経験と記憶を、もっと多くの方と共有することが大切だと思いました。今は「移動する時代」です。学生たちは将来、社会に出て多様な背景を持つ人たちと出会うでしょう。成長期に複数言語環境で成長した人たちもいるでしょう。そのような人たちとともに働いたり活動したりするとき、過去の共通する同様の経験が生きてくるのではないでしょうか。  

 

英国のノーベル文学賞作家、カズオ・イシグロさんは、日本人の両親のもと長崎で生まれましたが、5歳の時に家族とともに英国へ移住し、家庭では日本語、学校では英語で教育を受けました。英語で書かれた初期の作品、「遠い山なみの光」の主人公は長崎生まれの日本人女性で英国に移住した設定になっています。イシグロさんは幼少期から英国で暮らしながらいつも想像上の日本を思い描いていたと語っています。そのような彼の幼少期の経験が創作活動に活かされたように見えますね。  

 

複数言語環境で成長した経験と記憶は、子どもにとって「意味のある経験」「意味のある記憶」として残り、やがて想像力や創造力、発想力など「成長の糧」「生きる力」になっていく可能性があるのでしょう。そのためには、成長過程の子どもの声を聞いてくれる人、複数言語環境での経験を肯定的に捉えてくれる人、子どもが大人になるまで支えてくれる人が近くにいることが大切ですね。  

 

 

Makiko:早稲田には昔から多様なバックグラウンドを持つ学生が多く、真に話し合える友人たちに、私も出会いました。でも、自分の感じてきたことが大きな声で話せることだとは思っていませんでした。今回は、先生と「経験と記憶」を共有させていただき、語り合うことで新しい発見が多くありました。保護者である今は、長く広い視点で子どもの成長を見て、子どものそばにいることが大切なのだと実感しました。自分一人で抱えていると心配になることもありましたが、先生とお話しして、これは大切にしたい「豊かさ」なのだと、認識を改めることができました。子どもたちには、つまずくことがあっても、大人に支えてもらって立ち上がり、どの場所にいても元気に子ども時代を楽しんでほしいですね。