<質問> 大学で「帰国枠」が廃止される動きがあると聞きました。海外で育った経験は、強みではなくなるということすか。
はじめに
確かに2021年度以降の大学入試に関して、多くの学校が帰国生徒入試を廃止してきました。今後さらにこの動きは加速していくと思われます。
動きが出始めたのは2020年ぐらいからで、たとえば早稲田大学は2021年度から制度の一部から廃止され、2024年度を最後に、一部を除いて「帰国生入試」という制度はなくなりました。
慶應義塾大学も2025年6月に、SFC(総合政策・環境情報学部)が帰国生対象入試を終了すると発表しました。 なぜこのような現象が進んでいるのでしょうか。原因は大学入試の変遷と社会状況を知れば明らかになってきます。
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大学入試の変遷
日本の大学試験といえば、高校の授業で学んだ科目の内容で、机に向かって解答用紙に答えを書くというのが、一般的でした。
1979年に「共通一次試験」というものが導入されました。国公立大学の受験生を対象としたもので、高校で学ぶべき内容全般が評価の対象で、解答はマークシート方式でした。
それが1990年に「センター試験」へと移行していきます。私立大学も参加し、2021年からは「大学入学共通テスト」に移行していきます。この共通テストは、知識だけでなく思考力・判断力・表現力を重視する問題が出題され、試験時間も長くなったというのがこれまでと大きく異なる点です。
このような入試制度改革が行われてきたのは、社会の価値観が変化していったからです。
ヨーロッパ諸国を中心に日・米を含め38カ国の先進国が加盟する「OECD(経済協力開発機構)」という国際機関があります。 この機関では2000年から3年に1回「PISA」というテストを行っています。
「義務教育修了段階(15歳)において、これまでに身に付けてきた知識や技能を、実生活の様々な場面で直面する課題にどの程度活用できるかを測る」という目的で「読解力」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」の3分野で行われます。
この結果は「先進諸国の学力を比較する材料」と捉えられていますが、テスト結果について、日本で大きな問題になったことが過去2回あります。 1度目は2004年で、読解力が前回の世界8位から14位に、数学的リテラシーが前回の1位から6位に下がりました。2度目は2018年で、今度は読解力の結果が6位から11位となってしまいます。
この2度の結果は、教育に携わる人たちだけではなく、社会全体の問題にすらなりました。
このようないわゆる日本の「学力低下騒ぎ」を受けて、2005年に当時の文部科学大臣は自ら、学校で学ばなければならない内容を定めている「学習指導要領」の内容を、これまでのものから大幅に見直すことを指示しました。これに伴って大学の入試形態も変化をしていきます。
1990年代にはAO(アドミッションズオフィス)入試という、これまでの教科一辺倒だった入試から、各大学・学部が「求めている学生を選ぶ」入試も始まります。これは同時期にスイスで生まれた、国際バカロレア(International Baccalaureate:略称「IB」)プログラムが世界で広がっていた動きに影響を受けたものと考えられます。
現在の児童生徒が学んでいる学習内容は、2018年から段階的に施行されたものです。この「学習指導要領」の内容に沿って、大学の入試改革も行われました。
内容は学力を構成する三つの要素である「知識・技能」・「思考力・判断力・表現力等」・「主体性を持ち多様な人々と協働し、学習する態度」を多面的、総合的に評価するというものです。また選考方法も「一般選抜」「学校推薦型選抜」「総合型選抜」の3種類に分類されることとなりました。
大学入試における「帰国生徒特別入試」はそれらのどれにもあてはまらない独立枠として考えられ、多くは「総合型選抜」に分類されるAO入試の枠の延長として実施されてきました。 今回の大学入試改革によってAO入試が廃止されたのを機に、「これまでの帰国生徒特別入試が、総合型選抜に吸収されていく」というのが、社会の流れだと考えてください。

「門戸が広がる」帰国生
そもそも帰国生徒特別入試とはどのようなものであったのか、今も制度の残っている大学の例を見てみましょう。
一橋大学法学部は外国学校出身者選抜を行っています。出願資格は外国の学校教育における12年の課程を修了した者または終了見込みの者で、国際バカロレア、アビトゥア、GECAレベルなど世界的に認定をされている資格を持っている者に与えられています。
選考は、一次選抜は「英語小論文」。社会問題を理解するための基礎となる知識・技能と、論理的に思考し明晰な言葉で表現する力を評価するとあります。 二次選抜は「面接」で、高いコミュニケーション能力を持っているかどうかが評価のポイントです。
多くの大学がこのような制度を実施していました。国立大学などでは海外在住経験の項で、外国において最終学年を含めて、原則として2年以上継続して在籍していたことが必要という条件が課せられている場合がありました。
これに対して総合型選抜は、海外での学校の卒業や在籍年数を制限しているものはありません。「海外の学校を卒業した」というだけでアドバンテージを得られることがなくなったという意味では、帰国生徒にとってマイナスであると受け取られがちですが、高校の途中で帰国せざるを得なかった人たちにも同等のチャンスが与えられるという意味では、逆に門戸が広がったと見るべきなのではないでしょうか。

人間形成にかかわる海外体験
以前、務めていた京都の高校で、あるビジネスプランコンクールに、生徒たちが勝手に応募したことがありました。教職員は一切関わることがなかったのですが、全国大会に出場が決まった特にようやく生徒たちは私たち教員に相談しにきました。
東京での全国大会には引率の教員が必要だったからです。当時教頭だった私がその引率を引き受けることになりました。
チームは帰国生徒と海外在住経験がない生徒が混ざった構成で、提案内容は、多くのスマートフォンのアプリをひとつにまとめた「京都に来る観光客用のアプリの開発」でした。今ではこのようなアプリというものは当たり前に存在していますが、10年以上も前のことです。地図情報と連動したさまざまな宿泊場所や食事などの基本情報、おすすめの観光スポットやルート、さらには災害時の情報にいたるまで、さまざまな情報のプラットフォームといえる、まさに現在使われているような機能を先取りしたものでした。
私には他のチームのどこよりも優れた発想と内容であったと思ったのですが、結果は最優秀賞ではなく優秀賞にとどまりました。何人もの審査員の先生方が審査の講評で、「高校生らしい発想を重視した」とおっしゃられていたのが印象に残っています。スマートフォンのアプリを提案すること自体、この当時は高校生らしくなかったのだと思います。
しかしそのコンクールに参加されていた企業の方々の評価は圧倒的でした。どのチームよりも企業関係者が多く集まり、生徒たちに山のような質問を浴びせておられました。
このチームのコンセプトは「視点が変われば世界が変わる。物事の見え方も捉え方もすべて。そして視点を作るのは経験だ」というものです。私はこの成果が、帰国生徒が秘めている潜在的な力を、充分に発揮したものの象徴だと感じています。
「海外で育った経験を強みとする」、それは目先の利益を追うことではありません。帰国生特別枠入試という制度は今後も減少していくことは間違いありません。しかしそれに代わる総合型選抜の語学資格や小論文などの問題に関しては、海外の現地校やインターナショナルスクールで学んだ者が、圧倒的に有利だと言えます。
自分の属する文化圏を離れ、異なる文化や価値観触れて、新しい自分独自の視点を獲得する。海外に在住した、あるいはその経験を持つ帰国生の皆さんは、自覚することはなかったかもしれませんが、このようなとんでもない経験をしてきたと言えます。 もちろん日本人学校に通っていた皆さんも同様です。たとえ周囲が日本人で日本人の多く住む地域にいたとしても、その国での自然の変化やちょっとした風習、さらには治安といったものが、まったく国内とは異なったものであったと思います。そして何より、帰国生の皆さんは、渡航先の社会ではマイノリティであったことが重要です。社会的弱者の立場にいたことがある者は、その視点で社会を見、その視点から発想ができます。表面的ではないものの見方や考え方の根本、発想、ものの見方の一番深い部分で、海外での体験は自分の中で息づいているという自信をもってほしいと思います。

おわりに
大学入試での「帰国枠」の廃止はともすれば帰国生徒にとって不利な状況を作り出すと考えがちですが、それはあくまで制度上の変更でしかありません。海外での生活経験そのものが、日本社会で評価されなくなったということでは決してありません。海外生活が皆さんにもたらしたものは、表面上の経験ではなく自己の人間形成に深くかかわった部分に及んでいます。例えばそれが大学入試の課題に向かう時に、他の人にはない「視点」につながっていきます。
自己の深部で培ったものをしっかり再認識し言語化できることこそ、受験に限らず社会に出ていくときの大きな武器となっていくと考えます。
<回答者> 海外子女教育振興財団 教育アドバイザー 戸田光宣 (とだみつのぶ) 海外で学校生活を送ることは、それまで培った自らの価値観を作り直していく、何物にも代えがたい経験です。 しかし、未知の世界に一歩を踏み出すときのみならず、帰国後の生活に対しても不安を感じられる方が多いと 思います。これまで一緒に学んできた帰国子女の方々の前例をご紹介し、海外生活を送られる方々の不安を取 り除くお手伝いができればと思っています。 プロフィール 関西で唯一の帰国子女受け入れ専門校として設立された、同志社国際中学校・高等学校に、創立4年目より40年間勤務。国内外で帰国子女に対する相談業務を担当し、教務主任、教頭、校長を歴任。2024年から現職、帰国生受入校コンシェルジュも兼任 。

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