<質問> 帰国生の多い学校に入学しましたが、まわりは英語が流暢な人ばかりで、自信を失っています。英語が嫌いになりました。
はじめに
帰国生が多数在籍する学校では、休み時間や放課後に外国語を耳にすることが多くあります。世界のさまざまな国や地域の学校で学んだ子どもたちは、在籍した学校で日常的に使われる言語を身につけて「生き残る」という過酷な体験を強いられます。
幼いころから海外に長期間在住した子どもたちは、自然に英語のネイティブスピーカーに近い発音を身につけます。日本に帰国して日本語を中心とした生活を学校で送るようになっても、例えば口論になるような状況では、英語が前面に出てきてしまっている場面に出くわすことがあります。
こてこての国語教師(しかも専門は古典)の私も、同志社国際中学・高校に赴任した当初は英語で口論しあう生徒たちに困惑しました。 面白いと思ったのは部活動。テニス部の練習試合に行くと、相手校の生徒が我が校の英語の発音のきれいな生徒に、センターの審判をしてほしいとお願いしてくることがありました。ポイントのコールが、まるでウインブルドンのセンターコートにいるような気分にさせてくれるからでしょう。
多数の帰国生に囲まれ、英語が嫌いになってしまったあなたに、少し時間を割いて聞いていただきたいお話をしたいと思います 。

「英語力」って何?
英語が嫌いになったあなたは、どのような人でしょうか? 今の学校に入学するまでは周囲よりも英語の成績が良く、「英語が得意科目!」と自信を持っていた人なのでしょう。そんなあなたが英語の環境で学んだ経験のある帰国生の多い学校に入学すると、英語力の差は歴然としてしまいます。では、そもそも英語力って何なのでしょう。
考えてみましょう。そもそも英語はさまざまな国・地域で使われている言語です。日常的にその言語を使う(もしくは使ったことがある)人のほうが、学習の対象として言葉をとらえている人よりも得意なのは決まりきったことですよね。
ネイティブスピーカー並みの発音が飛び交う中で、あなたが念頭に置いておくべきヒントをお話ししましょう。
言葉は社会の変動に伴って変化します。1985年にアメリカで公開された映画『Back to the Future』の中には2020年から1955年にやってきた主人公のマーティと、1955年の世界にいるドクとの印象的な会話のすれ違いがあります。 マーティが住んでいた未来の世界が変わってしまいそうな状況での会話です。
マーティ: That sounds pretty heavy.(それは大変だ!)
ドク: Weight has nothing to do with it.(この話に重さは関係ない!)
同じように繰り返される危機に、また同じやり取りが行われます。
マーティ: Whoa this is heavy.(それは大変だ。)
ドク: There's that word again "heavy". Why are things so heavy in the future?
Is there a problem with the earth’s gravitational pull?
(また、その言葉だ「ヘビー」。未来ではどうして物がそんなに重いんだ。地球の重力に異変があるのか?)
マーティは「heavy」という単語を「深刻な」「困った」(場面によっては「すごい」「かっこいい」)という意味で使っています。一方、1955年の世界では、この言葉はそのようなニュアンスで用いられていなかったのです。いわゆるslang(俗語)にあたるものですが、言葉が時代とともに変化するわかりやすい例でしょう。
これを今の日本語で考えてみると、「やばい」という単語があてはまるかもしれません。この「やばい」という表現も「危険だ」という元の意味から「やっべ、これ、うっまー」というように、まったく逆の意味で使われるようになったのは、1990年代に入ってからだと言われています。 あなたの周りの英語が極めて流暢に扱える帰国生に惑わされることは何もありません。彼ら彼女らは、自分がいた地域と年齢そしてその時代に則した英語を使っているにすぎないのです。まずはしっかりと使えるものにすることが重要です。

あなたは英語で何をしたいのでしょう。英語圏に旅行した時に困らない、英語圏での日常生活に困らないということであれば、ひたすらインプットの量を膨大にすることから始めることをお勧めします。英語圏の人々は一日中英語を使っているのですから、英語力を上げるには英語に触れる機会を少しでも多くすることが必要だというのは言わずもがなでしょう。
日本語の環境下で英語を身につけるというのは、ある程度の努力が必要ですが、現在、社会の情報分野は飛躍的に向上しています。今や英語に触れる方法はいくらでも周りに転がっています。
インターネット上にはあらゆるコンテンツがあふれています。あるレベルまでは課金されない英会話のサイトもありますし、興味のある内容の動画や音声に触れるだけでもかまいません。明確なビジョンを持って、少しでも多く接することが、英語力を上げるポイントでしょう。
また、私が勤めていた学校では非英語圏から帰国した生徒や国内の学校しか経験したことがない生徒が、短期または長期の留学にトライするというケースが多くみられました。短くても海外に留学をしたと聞くと、英語に堪能な帰国生も興味を持って話しかけてくれ、英語での会話が始まるという光景を何度も目にしました。
より深く学ぶために
書店に行くと語学のコーナーには『ビジネス英語入門』といった類のタイトルの本や雑誌を目にすることが多くあると思います。ビジネスで使われることの多い英語を紹介したものですが、これが象徴していることを考えてみましょう。
実は英語の学習に終わりはないのです。
私の友人に、「通訳を困らせる日本語」に興味を持っていた英語の教員がいました。「絶句する」「切磋琢磨」といった熟語から「顰蹙(ひんしゅく)を買う」「天網恢恢疎(てんもうかいかいそ)にして漏(も)らさず」といった言葉まで、英語表現にどう置き換えられるかを懸命に調べていました。もともとの日本語の意味を知らないことには、英語に翻訳することはできません。言葉の世界はそれほど奥深いものなのです。
流暢な発音や英会話の軽妙なやり取りだけで、英語力を判断する必要はないでしょう。

終わりに
英語のディープな世界により踏みこんでいくために必要なことは何でしょう。
まずは読書です。年齢に応じた英文の本を読むこと。それによって語彙が増え、正しい表現も身についていきます。そして正しい文法が身につきます。
弊財団の熊野孝教育アドバイザーは、前職は英語の先生で、ご自身も帰国生という経歴の持ち主です。
以前、熊野先生が海外の一流大学に進学した学生に、「高校時代、英語に関して学んでおくべきことは何だったと思う?」と質問されたことがありました。学生は「文法です」と答えて次のように話しました。
「一流の大学に入ってくる学生は、ほぼ間違いなくそれぞれのハイスクールでトップの成績をとった人たちです。そのような人たちに混ざってディスカッションをするときには、文法的に誤った英文を使うと、その時点で中身なんて聞いてはもらえません」
日本社会では流暢な会話ができるかで、英語力の有無を判断されがちですが、言葉は思いを伝えるツールです。今、自分がしておくべきことは何か、まわりにとらわれずに先を見て、「英語」と付き合っていけるとよいでしょう。
<回答者> 海外子女教育振興財団 教育アドバイザー 戸田光宣(とだみつのぶ) 1980年関西で唯一の帰国子女受け入れ専門校として設立された、同志社国際中学校・高等学校に、創立4年目より40年間勤務。担当教科は国語。多くの帰国生に対し、日本語指導を含めた国語の授業を行ってきた。国内外で帰国子女に対する相談業務を担当し、教務主任、教頭、校長を歴任。2024年より海外子女教育振興財団 教育アドバイザー。







