二つの文化と人格の違い


— アメリカで育った日本人には、ときどきアイデンティティ・クライシスが起きることがあります。娘さんのアイデンティティ、また日米の文化的な面について、どのように感じていますか?

「彼女は『日本的な自分』と『アメリカ的な自分』という、二つの顔を持っているようです。例えば、日本的な面では、礼儀や敬語、年齢に応じた振る舞いを自然に身につけています。一方で、アメリカ的な面では、明るくて社交的で、自己表現がとても豊かです。スカウト(野外教育を通した青少年人財育成活動)では、日米の子どもたちの間に立って通訳をしたり、文化の違いを橋渡ししたりしていて、その姿を見るたびに感心しています。小学3年生の頃からはアメリカ人の友達同士で日本語で話しているときもあります」

日本の学校で日本人の子どもと同じように育ってきたオーガストさん

 

日常生活のエピソード


—娘さんが「日本語力」を使ってたくましく過ごされているのを感じたエピソードはありますか。

「家の修理を大家さんに頼むとき、娘が『台風シャッターが壊れている』と報告してくれたんですが、実は壊れているのではなく、彼女が気に入らないシャッターの仕様だったんです(笑)。また、夕食をデリバリー注文して、配達されたものの中に頼んでいないコーンスープやコーラが届くことがあって、『あれ?誰が頼んだの?』って聞くと、『私!』って(笑)。そんなふうに、言語を使って自分の世界を広げていく姿が微笑ましいですね」

 

アイデンティティと文化のバランス


—娘さんは、日本とアメリカの文化をどう感じているのでしょうか?

「最近はアメリカの高校生活に憧れを持つようになりました。映画で見るようなフットボールの試合やプロム、ホームカミングなどを経験してみたい気持ちもあるようです。でも、日本の学校には家庭科や芸術、音楽、修学旅行など、アメリカにはない魅力がたくさんあります。私たちは、『どちらの文化も大切に』と伝えています」

 

中学校の選択と適応


— 娘さんは日本の女子中学校に在籍されていますが、進学はどのように決めたのでしょうか?

「小学生のときに通っていた私立の共学校に戻ろうとしたのですが、転入枠がなくてあきらめました。そこで、日本人の友人の助けを借りて、評判の良い女子校を見つけることができました。共学から女子校への変化はありましたが、娘はうまく適応しています。日本の学校は、アメリカと違ってSNSやいじめ、銃や薬物といった問題が少なく、安全で秩序ある環境が整っていると感じています」

オーガストさん。日本の中学の制服を着て

 

家庭での学習支援


— 日本語での学習面のサポートは、どのようにされていますか?

「中学に入ってからは、古典や数学などで苦労することも増えました。『わからないことは恥ずかしいことではない』と伝えています。自分から先生に相談する勇気を持つようにと励ましています。今の苦労は、日本語が母語でないから理解できないのではなく、日本人の子でも難しいことはあるはず。だからこそ、『自分はアメリカ人だからできない』と決めつけたり考えたりしないで、必要な支援を受けることが大切だと伝えています。

 つまり、娘には『どちらの教育制度も簡単ではない』ということを理解してほしいです。アメリカの学校でも、日本の学校でも、それぞれに努力が必要です。困難な時期があっても、長期的に見れば、こうして日米の教育から得られる学びの価値は大きい。だからこそ、今の苦労が将来の力になることを信じて、私たちは家庭でもできる限りの支援を続けています」

 

— お母さまが信念をもってオーガストさんの教育にあたっていらっしゃることがよくわかるお話でした。お隣にオーガストさんがいらっしゃるようですが、近い将来、大学は日本、またはアメリカどちらに行きたいと考えていらっしゃるのでしょうか。

「(オーガストさんに向かって)日本?アメリカ?……どうやらまだ特に決めていないみたいです。きっと今の学習に精いっぱい取り組むことを最優先にしているのでしょう。私たちも、焦らずに今できることに集中する姿勢を大切にしてほしいと思っています」


— オーガストさん、今までのお母さまのお話を聞いていてどう感じましたか。

「母の話を聞きながら、初めて知ったこともありました。そんなふうに考えてくれていたのだな、と」


オーガストさんは、にっこりと微笑み、流ちょうな日本語で答えてくれました。

 

お母さまの教育観には揺るぎない信念があり、オーガストさんはご両親からの温かな支援のもと、日本でのびのびと育っていらっしゃいます。海外で生活せざるを得ない子どもたちにとって、親の教育方針がどれほど重要であるかを、見事に証明されていると、心強く感じました。


また、駐在員として海外に赴き、現地国の教育と自国である日本の教育の両立を図ることは、最高の教育環境を築くことにつながり、子どもの人生に深い価値をもたらすものだと親がしっかり自覚することが大切であり、それが子どもの成長を支えるものになるということを痛感しました。
 

 

岩井英津子(いわいえつこ)
国際教育アドバイザー。USJP Rockwell Education & Beyond 代表。アメリカロサンゼルス在住40余年。商社の女性駐在員として渡米し、退社後、永住権取得。補習校の教員として小学校中学校の指導歴20年、学校管理職10年および専務理事として補習校経営10年、在外子女教育に従事。2024年よりJOESの国際広報を担当。