【ロサンゼルス在住 岩井英津子さんによる現地の学校や生活を紹介するコラム】
JOESマガジン9月の「トピックス」に日本の中学校に通うキング・オーガストさんの記事が掲載されました。ご両親は横須賀の米軍基地に勤務されています。今日は、その記事をお読みになったお母さまのキング・ターニャさんに、オーガストさんの教育にアメリカの学校ではなく、日本の学校を選ばれたことについてオンラインでお話をうかがいました。
記事はこちらから→キング・オーガストさん「日本の学校をずっと続けたい」
娘の夢とグローバルスキル
— 記事では、娘さんが将来の夢を語っていました。それについてはご存じでしたか?
「彼女が『客室乗務員になりたい』と思っていることを、私は初めて知りました(笑)。彼女には単なる語学力だけでなく、文化の違いを理解し、橋渡しできる力を身につけてほしいと思っています。私は、米軍で広報の仕事をしていますが、通訳者を管理する立場にあります。言葉だけではなく文化的文脈を理解する力こそが、本当の意味での『通訳スキル』だと感じています。娘はその力を自然に身につけていて、14歳にして日米の文化的ニュアンスを瞬時に切り替えられるのは、本当に素晴らしい才能だと思います」
家族の背景と日本での生活
— 思春期の頃は親の知らない子どもの心情がありますね。日本での暮らしはどのように始まったのですか?
「私たちはアメリカの空軍出身で、今は海軍の文民職員として日本に住んでいます。制服を着ることはありませんが、現地でアメリカの軍関係の仕事に携わりながら、日本という文化の中で生活できることに感謝しています。子どもたちにとっても、アメリカ人でありながら日本で育つというのは、他では得られない貴重な体験だと思います」
— 日本に来られてから、ご家族の価値観に変化などがありましたか。
「以前はアメリカで羊や鶏を飼っていて、自給自足のような生活をしていました。でも、日本の『集団の調和』や『互いを尊重する』という価値観に共感し、娘が幼稚園に入るのを機に、日本への移住を決めました。私自身、かつて青森県の三沢基地で勤務していた経験があり、日本の文化に深く魅了されていたんです。アメリカ社会の個人主義や不寛容さに対して、先に述べた日本の公共意識や秩序正しい生活は、私たち家族にとってとても心地よいものでした」
幼少期の教育と言語の習得
— 日本のことを高く評価していただきありがとうございます。これまでの娘さんの言語習得について、どのように見ていらっしゃいますか?
「娘の記事にもありますが、彼女が4歳のときに日本に来て、幼稚園に入園しました。最初は英語しか話せなかったのですが、先生方が本当に丁寧に接してくださって、すぐに日本語にも慣れていきました。その後、私立の小学校に進学し、4年生まで通いました。学校生活をとても楽しんでいて、毎日が新しい発見の連続だったようです。私たち家族にとって、日本での生活は本当に貴重な経験になっています。
幼稚園の頃のオーガストさんそして、日本語の環境にどっぷり浸かることで、自然と年齢相応の日本語を身につけていきました。私たち親は日本語が得意ではないので、娘が通訳や学校との連絡役になることも多く、時には負担をかけているのではと思うこともあります。でも、彼女がこの年齢で日英両方を自在に操れるようになったのは、本当に素晴らしいことだと思っています」
グアムへの移住と教育
—グアムに行き、また日本に戻られたとうかがいました。 一時的に日本を離れることになった経緯を教えてください。
「私たちは夫婦でアメリカ海軍の文民職員として日本に駐在しています。国防総省の規定で、一定期間日本に滞在した後は2年間アメリカに戻る必要があります。これは他の職員にも日本での勤務の機会を与えるためのルールです。正直、少し不便ではありますが、私たちはその期間を前向きに捉えて、グアムへの移住を決めました。グアムには文部科学省が認定した全日制の日本人学校があると聞き、娘が日本の教育を継続できる環境が整っていたからです。
当時、娘は5年生で、グアムの日本人学校に転校しました。娘も話していますが、学校全体で35~45人ほどの小規模校で、彼女が7年生の時には、生徒はクラスで彼女一人だけというときもありました。でもその分、先生がマンツーマンで丁寧に指導してくださり、横須賀の海軍基地内のアメリカンスクールに通っていた小学4・5年のときの日本語の学習や漢字も無理なく取り戻すことができました」
グアム日本人学校の卒業式
二つの文化と人格の違い
— アメリカで育った日本人には、ときどきアイデンティティ・クライシスが起きることがあります。娘さんのアイデンティティ、また日米の文化的な面について、どのように感じていますか?
「彼女は『日本的な自分』と『アメリカ的な自分』という、二つの顔を持っているようです。例えば、日本的な面では、礼儀や敬語、年齢に応じた振る舞いを自然に身につけています。一方で、アメリカ的な面では、明るくて社交的で、自己表現がとても豊かです。スカウト(野外教育を通した青少年人財育成活動)では、日米の子どもたちの間に立って通訳をしたり、文化の違いを橋渡ししたりしていて、その姿を見るたびに感心しています。小学3年生の頃からはアメリカ人の友達同士で日本語で話しているときもあります」
日本の学校で日本人の子どもと同じように育ってきたオーガストさん
日常生活のエピソード
—娘さんが「日本語力」を使ってたくましく過ごされているのを感じたエピソードはありますか。
「家の修理を大家さんに頼むとき、娘が『台風シャッターが壊れている』と報告してくれたんですが、実は壊れているのではなく、彼女が気に入らないシャッターの仕様だったんです(笑)。また、夕食をデリバリー注文して、配達されたものの中に頼んでいないコーンスープやコーラが届くことがあって、『あれ?誰が頼んだの?』って聞くと、『私!』って(笑)。そんなふうに、言語を使って自分の世界を広げていく姿が微笑ましいですね」
アイデンティティと文化のバランス
—娘さんは、日本とアメリカの文化をどう感じているのでしょうか?
「最近はアメリカの高校生活に憧れを持つようになりました。映画で見るようなフットボールの試合やプロム、ホームカミングなどを経験してみたい気持ちもあるようです。でも、日本の学校には家庭科や芸術、音楽、修学旅行など、アメリカにはない魅力がたくさんあります。私たちは、『どちらの文化も大切に』と伝えています」
中学校の選択と適応
— 娘さんは日本の女子中学校に在籍されていますが、進学はどのように決めたのでしょうか?
「小学生のときに通っていた私立の共学校に戻ろうとしたのですが、転入枠がなくてあきらめました。そこで、日本人の友人の助けを借りて、評判の良い女子校を見つけることができました。共学から女子校への変化はありましたが、娘はうまく適応しています。日本の学校は、アメリカと違ってSNSやいじめ、銃や薬物といった問題が少なく、安全で秩序ある環境が整っていると感じています」
オーガストさん。日本の中学の制服を着て
家庭での学習支援
— 日本語での学習面のサポートは、どのようにされていますか?
「中学に入ってからは、古典や数学などで苦労することも増えました。『わからないことは恥ずかしいことではない』と伝えています。自分から先生に相談する勇気を持つようにと励ましています。今の苦労は、日本語が母語でないから理解できないのではなく、日本人の子でも難しいことはあるはず。だからこそ、『自分はアメリカ人だからできない』と決めつけたり考えたりしないで、必要な支援を受けることが大切だと伝えています。
つまり、娘には『どちらの教育制度も簡単ではない』ということを理解してほしいです。アメリカの学校でも、日本の学校でも、それぞれに努力が必要です。困難な時期があっても、長期的に見れば、こうして日米の教育から得られる学びの価値は大きい。だからこそ、今の苦労が将来の力になることを信じて、私たちは家庭でもできる限りの支援を続けています」
— お母さまが信念をもってオーガストさんの教育にあたっていらっしゃることがよくわかるお話でした。お隣にオーガストさんがいらっしゃるようですが、近い将来、大学は日本、またはアメリカどちらに行きたいと考えていらっしゃるのでしょうか。
「(オーガストさんに向かって)日本?アメリカ?……どうやらまだ特に決めていないみたいです。きっと今の学習に精いっぱい取り組むことを最優先にしているのでしょう。私たちも、焦らずに今できることに集中する姿勢を大切にしてほしいと思っています」
— オーガストさん、今までのお母さまのお話を聞いていてどう感じましたか。
「母の話を聞きながら、初めて知ったこともありました。そんなふうに考えてくれていたのだな、と」
オーガストさんは、にっこりと微笑み、流ちょうな日本語で答えてくれました。
お母さまの教育観には揺るぎない信念があり、オーガストさんはご両親からの温かな支援のもと、日本でのびのびと育っていらっしゃいます。海外で生活せざるを得ない子どもたちにとって、親の教育方針がどれほど重要であるかを、見事に証明されていると、心強く感じました。
また、駐在員として海外に赴き、現地国の教育と自国である日本の教育の両立を図ることは、最高の教育環境を築くことにつながり、子どもの人生に深い価値をもたらすものだと親がしっかり自覚することが大切であり、それが子どもの成長を支えるものになるということを痛感しました。
岩井英津子(いわいえつこ)
国際教育アドバイザー。USJP Rockwell Education & Beyond 代表。アメリカロサンゼルス在住40余年。商社の女性駐在員として渡米し、退社後、永住権取得。補習校の教員として小学校中学校の指導歴20年、学校管理職10年および専務理事として補習校経営10年、在外子女教育に従事。2024年よりJOESの国際広報を担当。
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