【ロサンゼルス在住 岩井英津子さんによる現地の学校や生活を紹介するコラム】
2024年のある冬の夜、ロサンゼルス近郊で日本人に人気のあるカラオケバーに足を運びました。広さは十分な店内ですが、ドアを開け放っていてもかなりの熱気です。人の輪の中に、笑顔の和太鼓奏者とその家族がいました。
カリフォルニア州を離れて東海岸に拠点を移すという和太鼓奏者、加藤拓三(たくみ)さんのお別れ会です。笑顔で談笑のあと、「では今回、カリフォルニア州では、いったん最後となる演奏をします」と挨拶をする加藤さん。演奏の準備を整え、3人の息子たちも演奏のフォーメーションを組みます。
まず、三男の山杜(やまと)くんが吹く法螺貝の重低音が響く。小さな体から吹き込まれている命の音。次に、父が奏でる篠笛の繊細な音。長男の草玄(そうげん)くんは、ゆっくり、しかし、力強く確実に太鼓を響かせる。次男の龍馬(りょうま)くんは、三人に合わせて、ゆっくりと鈴(鐘)を打つ。この出だしの音だけでも、日本の歴史が自分の体の中に入り込んでいく感覚が広がります。
.png)
加藤拓三さんは日本で有数の和太鼓演奏者です。新潟の「鼓童」で修業し、東京国際和太鼓コンテストの大太鼓部門では最優秀賞を受賞。出身地である岐阜県恵那市の観光大使も任命され、皇室関連の御前演奏のほか、国際舞台でも華々しく、日本の和太鼓の演奏を披露してきました。
しかし、今、私に見えているのは、その肩書や経歴を越えた「自分と家族の人生、そして夢を追い続ける父」としての姿です。
拓三さんがアメリカに渡ったのは、2022年10月。応募していたグリーンカード抽選に当選したことがきっかけです。アメリカでは移民の出身国を多様化するため、移民が少ない国の出身者に抽選で永住権を与えるDiversity Immigrant Visa Programという制度があります(Diversity Visa Lottery)。日本も応募可能な国の対象となっていますが、当選は、「40万分の1」の確率と言われるため、「宝くじ永住権」などとも言われています。
加藤さんの場合、当選したものの、ちょうどコロナ禍と政権交代の影響もあったため、実際に渡米するまでには2年かかりました。
その期間、心の中ではずっと問い続けていたそうです。アメリカに渡るということ、家族をどうするのか。子どもたちの教育をどうするのか。そして夢への挑戦。目的達成のために考えました。
長男・草玄くん(当時13歳)、次男・龍馬くん(11歳)、三男・山杜くん(8歳)は「アメリカへの移住」の話を聞かされたときは青天の霹靂、突然の人生の大展開だったに違いないでしょう。渡米すること、生きることは、すぐに「冒険」へと替わりました。
アメリカで、最初にたどり着いたのは、カリフォルニア州の小さな街、Ojai(オーハイ)。 20年来の知人を頼って渡り、県人会をはじめとした人たちの支援によって、「ゼロからのスタート」が少しずつ形になっていきました。
会場は、大きなホールではなく、教会であったり、小さなコミュニティセンターであったり、あるいは学校の体育館であったり。
演奏は基本的に無料。交通費は実費で、観客からの寄付で移動と生活をまかなう。「それってどんな寄付があるのですか」と尋ねると、笑顔で、「お米をはじめとする食べ物からトイレットペーパー、シャンプーまでですよ」と。生活必需品全てが、出会った人々の善意によって支えられている。会計士、弁護士、医者――支援者の職業もさまざまで、色んな方面で拓三さん家族をサポートしています。
「太鼓で」というよりは、「太鼓を通して、人とのつながりで生きている」世界。
拓三さんの夢は、和太鼓の演奏活動を通して、文化や言語を越えた平和の祈りを続けること。それを達成するために選んだ方法は、家族で全米を回ることでした。現実問題として、子ども達の学校はどうするのか……困難は多くなると思うが、父親としては、子ども達の教育にはホームスクールではなく 現地校への通学 を選択。言葉や文化の壁があっても、このアメリカで「友だちを持つ経験」をしてほしいと思ったのがその一番の理由でした。でも、子ども達の現地校での生活は、心配は単なる杞憂に終わります。
長男の草玄くんはクロスカントリー、次男の龍馬くんはテニス、そして三男の山杜くんはサッカー、とスポーツも得意で友人もたくさん増えました。異国の地にあっても、子どもたちはそれぞれの居場所を見つけて謳歌しています。 しかも、龍馬くんは、アメリカに来て理科が好きになった上、日本で得意でなかった算数は、今や飛び級で1学年上のクラスに入り、大奮闘。山杜くんは「アメリカの食べ物はちょっとまずい」と正直に笑うが、お母さんのハンバーグは別格だそうです。
そして草玄くん。かつて友人関係で辛い時期を経験した彼は、それを自ら乗り越えることができたとのこと。だから今、人の心の痛みがわかる子になっていると、母親の泉名(いずな)さんは、語ります。
三人の息子たちは、親が期待する以上の成長を見せているようです。
また、一方で、日本語教育も決して手を抜くことはありません。 日本にいる祖母が公文の教室を開いている縁もあり、3人は祖母と毎日オンラインでつながり、大量のプリントに向き合っています。しかし、それは勉強であると同時に、大切な「家族の時間」です。
日本の深い文化を背負って、自然に、当たり前に、二つの文化や言語の間を行き来する我が子のことが、拓三さんは父親として誇らしく、3人の人生をリードする喜びを感じています。
拓三さんの目標は、アメリカ50州すべてで演奏し、1000回を達成すること。
すでに、渡米してからの2年間で28州・416回の演奏 を実施しました。
そして、このお別れの会の日を最後に、車で家族全員そろって、拠点を東海岸へ。ペンシルバニア州ピッツバーグを中心に、ニューヨークやニュージャージーの日本人学校や補習校、教会、地域の学校で演奏。東海岸でもまた、新しい出会いと支援が生まれています。
1年後の2025年11月で、演奏は600回、回った州は40州。着々と目標達成に向かっています。
その日々の記録は、泉名さんがすべての写真・動画撮影。そして拓三さんがInstagramと新聞コラムで発信し続けています。 記録するものは、演奏だけでなく、人との出会い、土地の空気、子どもたちの成長――それは「広報」であると同時に「家族の航海日誌」なのでしょう。
家族を大切にすること。 子どもたちを愛情で包むこと。 そして、日本の太鼓文化へとつなげること。
拓三さんにとって太鼓は、音楽というより「生き方」です。しかも、それはステージの上で完結するわけではありません。家族とともに過ごすこの時間の中で、多くの人の温もり、つながりを大切にするために奏でるものです。文化や言語、民族を越えて伝えたい想い。
移動する車内で、3人の息子たちが笑いながら過ごすその横で、知らない街で拓三さん達の演奏を待つ人々を思う。太鼓の音は、体の奥で鳴る。鳴り終わったあとに残るのは、音ではなく「人の温かさ」。
加藤拓三さんの生き方からは、平和への祈りと希望を感じます。3人の息子たちが父の背中を見て、どんな人生を歩むのかを見守りたいと思いました。

岩井英津子(いわいえつこ)
国際教育アドバイザー。USJP Rockwell Education & Beyond 代表。アメリカロサンゼルス在住40余年。商社の女性駐在員として渡米し、退社後、永住権取得。補習校の教員として小学校中学校の指導歴20年、学校管理職10年および専務理事として補習校経営10年、在外子女教育に従事。2024年よりJOESの国際広報を担当。







