【ロサンゼルス在住 岩井英津子さんによる現地の学校や生活を紹介するコラム】
「海外生活で一番の不安はなんですか?」
そう尋ねられたら、多くの方が「医療」を挙げるのではないでしょうか。私自身、アメリカでの生活は40年を超えていますが、その間には定期健診はもちろん、出産、怪我による入院など数々、アメリカの医療のお世話になってきました。そんなときの一番の不安は「自分の状態を英語で適切に伝えられるか」、そして「医師の説明を理解できるか」でした。 医療用語は、日本語もそうですが、日常の英語とは異なり、保険の適用範囲や薬の服用方法の説明などで、アタフタと戸惑う場面が今でもあります。
2025年現在、アメリカ在留邦人数は過去最多で、特にカリフォルニア州ロサンゼルス都市圏には6万人を超す日本人が暮らしています(外務省 令和6年 海外在留邦人数調査統計)。そのため、日本語を話す医師や、日本語を理解する日系アメリカ人の医療従事者が増えており、かつて私が感じていたような、医療に関する言語の不安は大きく軽減されました。とはいえ、健康に関わる問題は常に重要。渡米直後の方やこれから渡米される方にとっては、やはり大きな不安の一つだと思います。そんなことから、今回はアメリカの医療について、振り返ってみます。

「Doctor」とは?
まず直面するのは、日本とは医療職の呼び名が違っていることが挙げられます。アメリカでの呼び名、それは専門性を表しているということが言えます。例えば「Doctor」という言葉ですが、日本人にとっては「医師=ドクター」が一般的な認識ですが、アメリカでは「Doctor」と呼ばれる医療従事者の範囲が非常に広いです。日本では医師の英語訳と一般的に習うと思いますが、アメリカでは医師以外の幅広い医療従事者や、Ph.D.(医学部以外も含む博士課程)の学位称号でもあります。
アメリカで医療に関する「Doctor」と呼ばれる職業は大きく次のように分かれます。
まず、M.D. (Doctor of Medicine) は、大学4年を卒業後、医学のGraduate School (Medical School) へ4年以上行き、取得する学位です。医師免許を持っているものをMedical Doctorと称号されます。
次に、Ph.D. (Doctor of Philosophy)と称される学位があります。「philosophy」の語源は、ギリシャ・ラテン語の「philosophia(知を愛する)」に由来している通り、医療だけではなく、学問を問わずその分野に精通した者に与えられるものです。例えば、先述のように学問に問わず学位があり、Ph.D. in ○○と表します。教育学であれば、Ph.D. in Education、法学の研究博士号であれば、Ph.D. in Lawとなります。一方で、法務博士で弁護士資格取得に必要な学位ではJ.D. (Juris Doctor) があり、教育学では実務的な教育学博士号といわれるEd.D.(Education Doctor)とDoctorの呼称があります。やや複雑ですね……。
このように、アメリカではDoctorと言っても、医師に限らない幅広い職業に使われることがあり、それぞれの職種で呼称が異なることは専門性の証でもあり、正しい敬称を使用する必要があるのは日米共通しています。
看護師の場合、正看護師を意味するRN(Registered Nurse)や、Nurse Practitioner(診療看護師)、Certified Registered Nurse Anesthetist(麻酔看護師)などに分かれており、資格によって医師と同じような診療業務を行うことができますが、基本的にはDoctorとは呼ばれません。ですが、もちろん看護師でもPh.D過程を修了していると、Ph.D. in NursingまたはD.N.S.(看護博士号)「Doctor」と呼ばれます。
ふだん我々の診療にあたる医療従事者の職名を簡単にまとめると、
MD(Medical Doctor)一般的な医師。大学4年→医学部4年→研修を経て資格取得。
DO(Doctor of Osteopathic Medicine) オステオパシー医学に戻づく医師資格(MDと同等)。
RN(Registered Nurse)正看護師。国家資格を取得した看護師。
NP(Nurse Practitioner)診療看護師。医師に準じた診療が可能。
CRNA(Certified Registered Nurse Anesthetist)麻酔看護師。麻酔業務を担当します。
病院に行くと、医療従事者から自分の名前とともに職名を言ってもらうことも多いので、私は聞き逃したらお尋ねして確認しています。
アメリカの保険制度と医療費
保険のシステムと保険適用の医療などにも目を向けてみましょう。日本から渡米した人には、保険制度の十分な理解はなかなか難しいと思います。実は、私自身が十分に把握しているとは言いがたい状況でした。アメリカの保険制度は、日本のような公的な皆保険ではなく、個人が民間保険を選択する形です。公的保険(Medicare、Medicaid)もありますが、その適用には制限があります。
主な民間保険プランには次のようなものがあります。PPO(Preferred Provider Organization) とHMO(Health Maintenance Organization)の2タイプです。
前者PPOは、加入者が医療機関のネットワーク内外で選択できる自由度が高いのですが、ネットワーク外を利用した時の自己負担が高くなる傾向があり、また保険料も高めです。
一方、後者HMOは、 ネットワーク内の医師・医療施設でのみ利用可能です。専門医に診てもらうにはプライマリーケア医(Primary Care Physician)という、日本でいう主治医の紹介状が必要になります。保険料や自己負担は、比較的安いと言えますが、ネットワーク外の医療機関では原則、保険適用外で高額となるのが一般的です。
いずれにしても保険料自体もかなり高額なためでしょうか。2023年度国勢調査の結果によると2022と2021年を比較して、減少したとはいえ未だアメリカ人口の8.4パーセントにあたる2700万人が無保険とのことです。
(参考:Health Insurance Rates for Working-Age Adults Higher by Race, Hispanic Origin, Region)
では、一番関心度が高いであろう医療費について見てみましょう。
日本人の間では、「アメリカの医療費は比較にならないほど高額である!!」と、ちまたでよく聞きますが、実際に高額だと言えます。数年前の話になりますが、夫の知人がロサンゼルス市内を車で走行中、思いがけず強盗事件に巻き込まれて負傷するという出来事がありました。幸い命に別状はなく、そのまま近くの病院に自ら向かったものの、保険証か現金支払い(2万ドル以上)の提示がなければ治療できないと告げられたそうです。また、私自身は一昨年、転倒による大けがのため緊急入院と手術を経験しましたが、請求額が10万ドルを超えていて、本当にびっくりしました。保険に入っていたからこそ、治療を受けられたと……。また、よく言われる「日本の救急車は無料だが、アメリカでは実費を払わないといけない』ということも本当のようです。補習校勤務時代に、子どもの急変で救急車を呼ぶときには、必ず保護者にその旨を連絡し、確認をとるようにしていました。
これらのことから、アメリカでは緊急時であっても、保険制度の有無が即座の医療提供に大きく影響する現実を改めて認識しました。アメリカにおける健康保持とともに保険制度は非常に重要ですので、渡米前にしっかりと調べることをお勧めします。会社の駐在員として出向かれる方は、その規定をよく理解されるとよいですね。

学校への提出書類
日本から渡米してお子さまがアメリカの学校へ編入する場合、提出すべき書類・予防接種証明等について見てみましょう。アメリカ、特にカリフォルニア州では、お子さまに関する予防接種証明等の健康情報書類の提出が厳格に求められます。ニューヨーク州やテキサス州、マサチューセッツ州などでも同様です。
入学を決められた学校へ提出すべき書類は、渡米前に確認するとよいと思います。まだ学校が決まっていない場合は、日本の小児科医に出していただける書類について確認したり、あとでお願いすることを伝えたりしておくと安心でしょう。これらの準備が、学校生活のスムーズな始まりの第一歩になります。
日本語で話せる医師や病院
では、「渡米したら日本人医師または日系の医師や病院をどう探せばよいのか』という疑問も持たれる方もいるのではと思います。 渡米後に、手っ取り早く日本語を理解する医師を探すには、各地域・地方で発刊されている日本語情報誌の広告が参考になるのではないでしょうか。オンラインでもたくさん探せると思います。もちろん友人・知人や会社の方々で日本人医師をご存じの方からの紹介もあるかと思います。
また、JMSA(Japanese Medical Society of America)というニューヨークを拠点としたNPO団体があります。アメリカにおける日系医師団体としては最古の歴史をもつ組織立った活動をしている団体です。南カリフォルニアには、JAMA So Cal(Japanese American Medical Association)という団体もあります。いずれも日系医師のネットワークが広いので、医師を探すきっかけになるかもしれません。実は、私の補習校時代の教え子が数名、この団体に所属して医療の道を歩んでいます。
日本人はもとより、補習校で育った方々が、新たに渡米してきた人々を大切な健康面で救ってくれているというのは心強く、私の40年のアメリカ生活が繋いできたご縁に感謝の気持ちを感じることでもあります。
岩井英津子(いわいえつこ)
国際教育アドバイザー。アメリカロサンゼルス在住40余年。商社の女性駐在員として渡米。退社後、永住権取得。補習校の教員として小学校中学校の指導歴20年、学校管理職10年および専務理事として補習校経営10年、在外子女教育に従事。今夏よりJOESの国際広報を担当。
