多摩美術大学の入試担当者と学生にお話を聞きました

多摩美術大学 八王子キャンパス
<お話しを聞きました>
多摩美術大学 
忠政 重信 教務部事務部長 
杉本 功 教務部入試課長

 

帰国生選抜は日本語で実施。実技重視の方針は一般選抜と変わらず  

——はじめに、多摩美術大学の帰国生向け入試について概要をお聞かせください。  

 

忠政:多摩美術大学が実施している帰国生向け入試として、「帰国生選抜」があります。異文化を通じて得た貴重な経験や感性を芸術分野で発揮してもらうことが、この帰国生選抜を実施している最大の目的です。留学や旅行などで海外に行ったことのある学生の数は増えていますが、やはり現地で長期間にわたって生活していた学生とは経験の差があるように思います。本学としては帰国生向けの選抜枠を設けることで、海外経験のある学生と国内で学んできた学生が互いに刺激を与え合い、大学での学修に相乗効果をもたらしてくれるのではないかと考えています。  

 

 

——帰国生選抜の受験に必要な資格や対策についてお聞かせください。

 

忠政:帰国生選抜の試験科目としては、美術に対する考え方や日本語での表現能力を評価するための「小論文」「面接」と、各学科における実技の力を評価するための「専門試験(芸術学科は小論文)」を課しています。「小論文」と「面接」はどちらも日本語での筆記・質疑応答となっています。「小論文」は課題に対して文章で表現する基本的な力、「面接」では自身の作品をプレゼンテーションする力などを確認します。  また、科目数や内容などの点で一般選抜と違う点もありますが、実技を重んじるという方針は基本的には同じなので、帰国生の方についてもしっかり準備をしていただければと思います。学科によって試験が異なりますので、具体的な試験科目や内容は本学のホームページをご確認ください。  

 

〉〉多摩美術大学 2025年度 美術学部 帰国生選抜 

 

杉本:入学後、学生は一般選抜と帰国生選抜の隔たりなく同じカリキュラムで学ぶことになります。しかし、帰国生の中には、日本語で話すことはできても、読み書きの面で苦労する方もいます。その点でギャップを感じてしまわないように、入学前から日本語で学んでいくための準備は進めておいてほしいと思います。  一方で、海外で養った語学力を活かすことのできる仕組みもあります。アーティストやクリエイターとして幅広く活躍する上で、語学力は大きな武器になります。本学の英語の授業は初級から上級まで細分化されたコースがあり、入学時の英語外部試験の結果をもとにクラス分けしています。せっかく身につけた英語力ですので、日本での学生生活で忘れてしまうことのないように、本学としても帰国生が力を発揮し続ける機会を用意しています。

 

アーティストにも世界基準の能力が求められている

——帰国生に対して期待していることはありますか?

 

忠政:日本以外の文化に馴染みのない学生に対し、影響や刺激を与えてくれる存在として非常に期待を寄せています。本学では留学生も受け入れていますが、韓国や中国をはじめとするアジア圏の学生が割合の多くを占めています。帰国生選抜が世界から幅広く学生を呼び込むきっかけになり、多様な文化を共有できる美術大学になればうれしいですね。  

 

杉本:国際化が進む近年において、アーティストやクリエイターにも海外での実績や語学力、世界基準の価値観が求められています。そうした背景から、本学でも海外の企業やアーティストとコラボレーションしたプロジェクトを進めています。帰国生の方には、日本とは異なる環境で身につけた感性や言葉を活かし、授業やプロジェクトで活躍してほしいと感じています。また、本学は海外の大学とのつながりも深く、交換留学の連携も結んでいます。帰国生として多摩美術大学に入学した後、再び世界に羽ばたいていくことも大いに期待しています。  

 

多摩美術大学の図書館(八王子キャンパス)

——最後に、多摩美術大学への進学を目指す帰国生にメッセージをお願いいたします。

 

忠政:繰り返しにはなりますが、美術系大学の入試でも読み書きを含めて日本語でのコミュニケーション能力をしっかりと身につけておいてほしいと思います。日本語と作品づくり、その両方に注力していただくことが合格につながります。

 

杉本:帰国生選抜の受験生の方には、学科試験を課していません。そのため、これまでの自分の経験を提出資料や面接でアピールする力が必要になります。一方で、いずれの学科でも実技試験を課していますので、こちらは事前に対策をしていただければと思います。

 

帰国生選抜の募集定員は若干名ということで、希望の結果が出ないかもしれません。しかし、実技試験の対策をしていれば、その後に控えた一般選抜の準備になります。実技試験については、本学が公開している参考作品集や合格者の作品などをチェックし、参考にしていただけたらと思います。 

 

〉〉過去問題(参考作品集) 

 

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多摩美術大学 学生対談

美術学部 統合デザイン学科4年 田中梨南さん
美術学部 統合デザイン学科4年 田中梨南さん
美術学部 芸術学科1年 今枝麻矢子さん
美術学部 芸術学科1年 今枝麻矢子さん

 

海外の卒業資格取得と大学受験の両立に苦労した

——これまでの海外経験についてお聞かせください。

今枝:私にとってメインとなる海外経験は、10~13歳までをチリの日本人学校とアメリカンスクールで過ごしたことです。その後は帰国し、日本の中高一貫校に編入しました。また、ほとんど記憶はありませんが、0~4歳の間はメキシコで暮らしていたと家族から聞いています。  

 

田中:私は日本で生まれたものの、生後間もない頃から家族の仕事の拠点だった香港で暮らしていました。それから高校を卒業するまでの18年間を香港で過ごし、IB(国際バカロレア)を取得。香港では、イギリス系企業のインターンも経験しました。

 

 

——多摩美術大学に進学したきっかけを教えてください。

 

田中:両親が芸術分野に関心を持っている家庭で育ち、それに影響を受けて小さい時から大学では美術を学びたいと考えていました。進学先を決めるタイミングで美術大学を受験することは決めていたのですが、当時はどの国で学ぼうか悩んでいました。そこで、日本の美術大学を卒業している父に相談したところ、いくつかの大学を勧めてもらいました。その候補のうちのひとつに多摩美術大学があり、帰国生選抜に合格して入学することを決めました。  

 

今枝:私の場合、小さい時から芸術分野が好きだったわけではありませんでした。しかし、作品のコンセプトを考えるIBの美術のプログラムを通じて、その奥深さに魅力を感じました。多摩美術大学の帰国生選抜を選んだのは、IBの資格があれば小論文と面接だけで受験できる点に魅力を感じたからです。当時はIBを取得するための勉強が忙しく、一般科目の対策に充てる時間を確保できずにいました。そんな中、多摩美術大学の帰国生選抜を知り、自分の経験や強みを最大限に発揮できると考えました。  

 

 

——日本の美術大学を受験する際、対策において苦労したことはありますか?

 

田中:大学受験のタイミングで新型コロナウイルスの感染が拡大し、すぐに日本に帰国できなかったことには苦労しました。しばらくはオンラインで学んでいたのですが、デッサンの経験がほとんどなかった私にとってはハードルが高くて……。その後、受験までの期間で日本の美術予備校に通い始めると格段に理解が深まったので、帰国後の実践的な対策で大きく成長できたと感じています。

 

今枝:私はIB取得と大学受験の両立に非常に苦労しました。日本に住んでいた私も予備校には週一日通っていて、主に小論文の対策として出題のパターンなどを学んでいました。有名な美術作品については概要を知っておくなど、大学受験に特化した勉強は重要だったと思っています。

 

田中:私の場合、高校を卒業するまで海外にいたので、日本の美術大学における受験システムについての知識がなかったんです。海外ではポートフォリオなどで合否を判断する美術系大学も多く、日本では予備校に通うことが慣習になっていることすら知りませんでした。発想力が重要な学科であっても、入学の段階で一定の実技スキルが求められる点にはプレッシャーを感じましたね。  また、そもそも大学に関する情報を得るための手段が少ないことも大変でした。メールで大学に問い合わせたり、インターネットで過去の資料を見つけ出したりと、海外からの大学受験ならではの難しさはあったように思います。

 

海外での経験を学びや制作に反映できることが帰国生の強み

 ——入学後の学びの魅力についてお聞かせください。

 

今枝:私は作品づくりよりも芸術の理論を学ぶことに関心があり、現在は東洋、西洋を問わず幅広い芸術分野について専門的な授業を履修しています。芸術学科では、博物館や美術館で展示計画や対象の作品や収蔵物の調査研究などを通じて多くの人に知識や関心を広める学芸員の資格を取得するための授業を履修して、美術館に関する学びも深めています。また、教員免許の取得も目指すことができるので、芸術に関して学びたい分野や就きたい職種があれば、どんなことでも挑戦できます。その環境が多摩美術大学の魅力だと思いますね。

 

田中:私の考える多摩美術大学の魅力は、いくつかのステップを踏みながら好きな分野を極められるところです。私の所属する統合デザイン学科では、デザインをプロダクト、グラフィック、インターフェースなど、個々のものとして考えるのではなく、分野を横断的に捉える学びが重視されています。私は授業を通じて関心を抱いたグラフィックデザインやアートディレクションを学び、制作するゼミナールに参加し、デザインを通じてコミュニケーションを図るための制作活動に取り組んでいます。

 

 

——大学生活において、海外での経験が役に立っていると感じる場面はありますか?

 

今枝:日本と海外の芸術を比較する授業などで、自分の海外生活における実感を反映できるところは強みだと感じています。日本で生まれ育った人の視点では客観的にしか認識できない国ごとの違いを、主観的に考えることができるんです。芸術分野では各国の文化観や宗教観が重要な要素になっており、海外にいたからこそ深く理解できる部分がたくさんあります。  

 

田中:日本と海外の違いを自分ごととして学びに反映できる点は、私もすごくわかりますね。例えば、香港ではたくさんの知人を集めてピクニックやBBQを開催することが日常的なんです。以前、お皿のデザインを考える課題があったのですが、そこで私は香港での賑やかで楽しかった思い出を落とし込みました。このように、美術分野では自分の経験をすべて活かすことができます。 

 

今枝:もうひとつ、英語力も美術を学ぶ上で大きく役立っています。授業の参考として用いる文献や資料には、日本語に翻訳されているものがないこともあります。ちょっとした調べものをする際にも、英語のリーディング能力を発揮することができますね。

 

田中:日本で美術を勉強している学生は、制作に注力するあまり英語の勉強に対して苦手意識を持っている人が多いように感じています。しかし、世界で活躍するアーティストやクリエイターになる上で、英語でのコミュニケーション能力は重要になるはず。私は外資系の広告代理店に就職することが決まっており、社会に出てからも英語力が役立つと考えています。  

 

 

——日本の美術系大学・学部への進学を目指す帰国生にメッセージをお願いいたします

 

今枝:海外生活の経験者には、積極的に挑戦するマインドが身についている人が多いと思っています。自分の「やりたい!」という気持ちを大切にして、受験に臨んでもらえたらと思います。私の経験をお伝えすると、日本での生活が長くなるにつれ、海外での記憶が薄れてきている部分もあります。海外で生活している皆さんには、日々の経験の一つひとつを胸に刻みながら、機会があれば誇りを持って日本に戻ってきていただけたらうれしいです。

 

田中:日本は私のルーツであるにも関わらず、とても新鮮で刺激的な環境です。大学受験の際には入試システムがわからないなど不安なことも多くありましたが、今では友人もたくさんできて楽しい大学生活を送っています。改めて振り返ってみると、自分のアイデンティティに自信を持てるいい経験になったと実感していますので、ぜひ皆さんにも頑張ってほしいと思います。 

 

田中さん、今枝さんの大学での課題作品・活動をご紹介

■田中梨南さん

田中さんの作品:家族の食卓を彩る食器のプロダクト、グラフィックのトータルデザイン
家族の食卓を彩る食器のプロダクト、グラフィックのトータルデザイン
新しい感覚でかぼちゃを知る専門店のブランディング
新しい感覚でかぼちゃを知る専門店のブランディング
地元、香港のボーローバオのブランディン
地元、香港のボーローバオのブランディング

 

■今枝麻矢子さん

世界の美術市場やアートシーン、未来の芸術について学生同士で語った動画より
世界の美術市場やアートシーン、未来の芸術について学生同士で語った動画より
午前の授業を振り返りながらのランチタイム。ゼミ室前でのひととき
午前の授業を振り返りながらのランチタイム。ゼミ室前でのひととき

 

(取材協力) 多摩美術大学   

 

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