クラーク記念国際高等学校賞

先生の手かげん

コロラド補習授業校(コロラド州)
小4 西野 宏介
 

 ぼくが日本の東京からアメリカのコロラド州デンバーに引っこしてから、一年九か月がたちました。日本では二年生の十月まで小学校に通い、その後アメリカの小学校の二年生クラスに入りました。


 最初は英語が全然分かりませんでした。話ができないので、友達がなかなかできずに、休み時間には一人でうんていなどで遊んでいました。クラスの子がさそってくれた時も、
「何して遊ぶ?」
と、聞かれたはずなのに、YESかNOで返事をしてしまいました。しかし、ひと月たつと少し英語が分かるようになり、だんだん遊ぶ友達が増えていきました。


 クラスでも、初めは先生の話がよく聞き取れませんでした。手も足も出なかったので、転校して一か月くらいは手を挙げられませんでした。先生もぼくのことを指しませんでした。


 でも、先生の言った言葉を覚えて、その後にクラスのみんなが何をしたかなどを見て、少しずつ学校での英語が分かるようになっていきました。


 アメリカに来て二か月くらいたった日、算数の時間にぼくがトイレから教室に帰ってくると、先生が時計の問題を出していました。みんながシーンとしていたので、ぼくが手を挙げて、
「Seven thirty-five.」
と、英語で初めて答えたら、先生がすごくほめてくれました。そして特別に活やくした時だけもらえる、キラキラしたスターのシールをぼくにくれました。それがうれしかったので、それからもクラスでいっぱい手を挙げてスターをたくさんもらいました。


 二年生の後半になると、ぼくもかなり英語になれてきました。すると、手をたくさん挙げて答えているのに、スターシールをあまりもらえなくなりました。
「どうしてシールをもらえなくなったのだろう。」
と、ぼくはぎ問に思いました。そこで、クラスでスターをもらう人はどんな発言をしているのかを観察してみました。すると、スターをもらっている人は、みんなが思いつかないような方法を言ったり、みんなに分かりやすく説明したりしていました。


 そのことが分かってからは、ぼくはもっと授業をしっかり聞いて、答えをきちんと文章で言ったり、みんなに分かりやすく説明したりと、工夫するようになりました。そうすると、もらえるシールがまた増えていきました。


 ぼくは気づきました。先生が「手かげん」をしてくれていたのです。ぼくが英語をあまり話せなかった時は、発言するだけでほめてくれました。しかし、ぼくが英語を話せるようになると、先生は他のクラスのみんなと同じようにぼくを見るようになったのだと思いました。


 一番うれしかったのは、二年生の終わりごろの算数の時間にやったMath Mysteryでのできごとです。328 + 698 の計算をぼくがみんなとちがう方法の筆算でといて、それをみんなの前でゆっくり分かりやすく発表しました。それがほめられて、クラスの算数ポスターにはり出されました。一週間はり出されたあと、先生がそのポスターをぼくにくれました。家に持ち帰ったあと、ぼくは自分の部屋のかべにそのポスターをはりました。そして、お父さんとお母さんと弟にも、その発表を聞いてもらいました。


 三年生になると、新しい先生には最初から「手かげん」がありませんでした。少し残念だったのは、三年生ではシールがなかったことです。でも、良い意見を言うと、先生が「Good job.」とほめてくれました。


 三年生の算数では、話すだけではなく、答えや考えを文章で書くことが増えました。そのため、Good jobをもらうには、英語で書く力も必要になりました。そこでぼくは、算数以外のリーディングやライティングもとても大切だと気づきました。リーディングで英語のスペルをしっかり覚えて、算数の答えを書く時にも活かしました。それでも英語を書くのはむずかしく、三年生の間に毎週の算数のまとめテストでは、百点を三回しか取れませんでした。ぼくはそれがくやしかったです。


 今度ぼくは四年生になります。うわさでは、次の先生は少しきびしいらしいです。勉強もさらにむずかしくなるので、シールやGood jobは簡単にはもらえないかもしれません。それでも、「手かげん」のないクラスで、話すのも書くのももっとがんばりたいです。そして、先生やクラスのみんなに「なるほど」と思ってもらえるように、レベルアップしていきたいです。