日本児童教育振興財団賞

分からない音の向こうに

ペナン補習授業校(マレーシア)
小3 西尾 凰都
 

  「I don't understand.」 
ぼくがそう言ったとき、コーチの明るいグレーの目が暗くなったように見えた。ぼくは、本当はコーチのことを分かりたい。心がぎゅっとなった。


 コーチは、ぼくのサッカークラブにスコットランドから新しく来た元プロサッカーせん手だ。コーチがドリブルをすると、まわりのスピードがゆっくりに見えて、コーチだけがちがう時間の中を走っているみたいだった。


 「ぼくもコーチみたいなまほうを使いたい」
そう思って、ぼくはひっしでコーチの話を聞いた。けれどコーチの話す英語は、ぼくの知っている英語の音とちがっていて、ぼくの耳を通りすぎてしまう。ぼくはペナンの学校で、毎日英語で勉強しているから、英語はもう一つのぼくの言葉になったと思っていたのに、コーチの言葉が分からなくてぼくはあせってしまった。


 練習でミニゲームをしていると、コーチがぼくの目の前に来た。どうやら、ぼくの動きがよくないみたいだった。コーチは、ぼくにもっとよくなる方法を何回も教えてくれていたけれど、どうしてもコーチの言葉が分からない。ぼくは赤ちゃんになったみたいだった。


 だからくやしくて、ぼくはコーチに「分かりません」と、おこったような声で言ってしまった。暗くなったのは、ぼくの心だった。


 練習帰り、アメリカ人の親友がぼくのとなりに来てくれた。
「大じょうぶ。ぼくもさいしょ、君の話す言葉が分かりにくかったよ。でも、今はベストフレンドになったでしょ。」
そう言って、親友は手でグーを出した。ぼくも、グーを出した。
「コツン。」


 グータッチをした音を聞いたとき、ぼくは気づいた。親友には、さいしょ、ぼくの英語も分からない音に聞こえていたんだ。ぼくの英語は、日本とペナンの音がまざっている。コーチの英語にも、スコットランドと、サッカーで世界を走ってきた音がまざっている。言葉には、生きてきた音がまざるんだ。コーチの言葉を、コーチの生きてきた音ごと聞いてみたい。


 その時から、ぼくは知っている英語の音でコーチの言葉を聞くのをやめた。コーチの言葉を、そのまま目と耳で心に入れた。コーチの動きを体全体で聞いた。そうすると、だんだんコーチの言葉が分かるようになってきた。
「ピッチに立ったら、自分となかまをしんじること」
という、コーチの心の声まで聞こえてきた。


 そして大会の日、ぼくたちは今まで一回も勝ったことがない相手チームとたたかうことになった。相手は強くて、し合はずっと0対0のままだった。このままし合が終わってしまうと思ったとき、ぼくたちにチャンスがやってきた。なかまとパスをつないで、コーチに教えてもらったドリブルで、やっとゴールの近くまでボールを運べた。けれどすぐに、相手に道をふさがれてしまった。どうやって次にボールをつなげるかを考えたとき、左後ろに親友のすがたが見えた。


 「親友なら、きっと間に合う」そうしんじて相手の足の間にボールをけって、親友にパスを出した。親友は走っていた。ぼくからパスが来ることをしんじていたみたいに。
「バシュッ!」
ゴールネットがボールの形にゆれた。
「つながった。」


 なかまが、ぼくと親友のところに一気に走ってくる。コーチの目に、ハグをするぼくたちのすがたが、うつった。「これだ!」これが、コーチの心が教えてくれた「自分となかまをしんじること」だったんだ。ぼくはコーチの目を見てさけんだ。
「I understand!」
明るいグレーの目がキラキラ光ってわらってくれた。ぼくの心の中に宝物が一つ入ってきた。


 その後、コーチは急にスコットランドへ帰ることになった。やっと分かるようになったコーチの言葉も、もうピッチにはひびかない。明るいグレーの目も、ぼくの前にはないけれど、コーチの心はぼくの中に入ったままだ。


 これからもぼくは、何回も分からない音に出会うと思う。それが今は、少しわくわくする。分からない音の向こうには、ぼくの知らない世界があるかもしれないからだ。少しずつ「分からない」が、「分かる」にかわって、その世界がぼくの中にまざったら、また一つ、ぼくの心の宝物になる。そしてそれが、ぼくの音になっていく。