JFE21世紀財団賞

マラウイで学んだリカオンの精神

マラウイ在住
中1 今井 咲菜
 

   二〇二四年十月、私はそれまで生活していた東京をはなれ、アフリカのマラウイ共和国にあるリロングウェへ移住した。編入先は、ビショップ・マッケンジー・インターナショナル・スクール(BMIS)である。新しいクラスに入った光景を、私は今でも明確に記憶している。一歩足をふみ入れた途端、室内にいた生徒全員の視線が一斉に私へと注がれた。様々な肌の色やかみの毛の色をした多国せきなクラスメイトたちであった。日本人が一人も存在しないその空間に私は強い衝撃を受けた。「本当にこの環境で友達ができるだろうか」「英語が話せない私を受け入れてくれるだろうか」という疑問が次々にわき起こり、大きな不安と緊張感を感じた。しかし一方で、今までと異なる未知の環境に対する好奇心や新しい世界への期待感が胸の奥に存在していたことも事実であった。


 たどたどしい英語での自己紹介を終えると、すぐに席替えの時間となった。周囲の生徒達がすぐに動き出し、教室中には、にぎやかな英語の会話が飛び交い始めた。どの席へ移動すれば良いのか、誰に声をかければ良いのかが分からず、私は完全にその場の状況から取り残されていた。言語が通じない空間で、集団から完全に孤立してしまったかのような深い孤独感の中に立ち尽くしていた。その時、一人の生徒が私に近づいてきた。
「Are you okay? Do you need help?」
それは、私に向けて発せられた最初の温かい言葉であった。顔を上げると、そこにはドイツからやってきたばかりの女子生徒、ジョセフィンが立っていた。彼女は困惑している私を見つけ、優しく手を差し伸べてくれた。


 その瞬間、私が抱いていた緊張と孤独感が一気に溶けていくのを感じた。彼女の問いかけは大きな救いとなった。同時に、私はある推測をした。彼女自身も、この学校に初めて編入した際、現在の私と同じように心細い経験をし、その時に誰かから親切な声をかけてもらったのではないか、ということである。だからこそ、新入生である私の困惑をすぐに察知してくれたのではないだろうか。彼女に深く感謝し、私はそれより多くの会話を交わしたいと望んだが、実際の行動は内面の希望通りにはいかなかった。うまく言葉が全く出てこなかったのである。結局、私は最初の一歩である「Hello」という極めて簡単な挨拶も返すことができなかった。自分の意思を表現できないもどかしさと、立ちはだかる言語の壁の高さを痛感し、悔しさが残る日常のスタートとなった。


 その後、クラスでの本格的な学校生活が始まると、そこは毎日が文化と自己主張のぶつかり合いの場となった。クラスにはドイツや日本だけでなく、アフリカ諸国、ヨーロッパ、アジアなど、世界各国の多様な背景を持つ仲間たちが集まっていた。全員が完璧に英語を操れるわけではなかったが、物事に対する常識や、自身の意見の表現の仕方は、日本の学校のそれとは根本的に異なっていた。特に大変だったのは、数人のグループに分かれて行うワークや、日常の細かな意思決定を行う場面であった。日本における集団行動では、周囲の空気を読み、互いにゆずり合ったり、誰かが議論をまとめるのを静かに待ったりすることが良しとされる傾向がある。しかし、BMISの仲間たちは全く違っていた。英語が完璧ではないからこそ、彼らは自身が知っている限りの言葉を駆使し、身振り手振りを交えながら、圧倒的なエネルギーで明確な自己主張を行うのである。互いの文化的背景や、言葉のニュアンスが正確に伝わらないことが原因で、意見が対立することもある。国籍や価値が異なる人間同士で何か一つの結論を引き出すという作業は、想像以上に大きなエネルギーを使うものであった。私は英語がうまく表現できず、教室の片隅で途方に暮れることも多かった。


 そのように、言語や文化の違いによる苦労を繰り返す日常の中で、私は学校の至る所に描かれている、ある動物のエンブレムに強い関心を抱くようになった。それは、アフリカの野生のイヌ科の動物、「リカオン」である。BMISでは、スポーツチームの名称や学校全体の象徴として、全校生徒がこの動物のマークを身にまとっている。


 日本では知名度が高くない、リカオンであるが、実はサバンナにおいて最も強固なチームワークを発揮する組織的な動物として知られている。彼らは身体が小さく単独では決して生存できない。その分、組織的な群れの強い連携システムによって協力し合いながら狩りを行う。そして、負傷した仲間や幼い子供たちを群れ全体で守りながら、自然環境を生き抜く特性を持っている。
「なぜ、この動物が学校のイメージキャラクターに採用されているのだろうか。」
その意義を、私が本当の意味で理解できたのは、学校全体のプロジェクトとして挑んだマラウイ全国水泳大会や全国陸上大会、そして日々のグループワークを仲間と共に乗りこえた瞬間などであった。


 大会の開催やプロジェクトの期限が近づくにつれ、それまで個々に自己主張を繰り返していたクラスの雰囲気に、明確な変化が生じ始めた。「ベストを尽くして目標を達成したい」という共通の目的意識を全員が共有したのである。英語に対する技量が不足している私が、リレーの一走のスタートで不安な表情を浮かべていると、仲間たちは私の肩を叩き、「大丈夫だ、信頼している」というメッセージを身振りと強い視線で伝えてくれた。


 一つの明確な目標に向かう過程で、私たちは単なる群衆から、互いの得意・不得意を補い合う真のチームへと変わった。例えばプロジェクトの準備中、議論を引っ張る仲間がいる一方、人前での英語の発言に委縮する仲間もいた。しかし誰もそれを「協調性がない」と否定しない。「発表が不安なら、あなたが作った素晴らしいスライドを私が読むよ」と、自然に役割を補完し合ったのだ。それぞれの適性をそのまま尊重する深い思いやりが、クラスに定着していった。そして、水泳大会や陸上大会の当日、国籍も人種も異なる私たちが一つの確かなチームとして機能し、心から声を出して互いを励まし合った。そして、ゴールした仲間を全員で抱き合って歓喜した瞬間、私の脳裏を大きな感動と興奮が突き抜けた。それは、単なる表面的な仲良しという状態を超えて、互いの違いを分かり合った者同士の理解が生む、とても刺激的で価値のある瞬間であった。それぞれの個性を維持し、みんなで団結していく。これこそが、学校側が私たちに求める「リカオンの精神」の本質なのだと、自らの経験を通じて理解できた。


 マラウイで獲得した最大の財産は、「どんな時も、どんな人とも、どのような国とも、一つになれる道が存在する」という明確な確信である。異質な存在であることを恐れず、相手の背景を理解しようとする具体的な一歩があれば、世界中のどんな人とも、私たちはリカオンのように強い結束力を持つ組織を形成することができるはずである。私は、これからもこのリカオンのチームワークの精神を大切な人生の指針として胸に抱き続けて生きたいと思う。そして将来、社会に出て大人になった際には、一個人の力量では決して成し遂げられないような、地球規模の大きなプロジェクトや仕事に挑戦したいと考えている。国籍や専門性の異なる、多様な強みを持った仲間たちと組織を組み、その困難な過程さえも、ワクワクしながら全員で楽しめるような大人になりたいと思う。