文部科学大臣賞

私の名はリーフエンジェル

ペンシルベニア州在住

中2 清水 冬和子
 

  夏、木々が生い茂り青々としていた山肌が秋、少しずつ色を変えていく。茶色、黄色、橙色。その鮮やかな葉っぱ達が、時間をかけて地面に落ちる。そして朝の冷気が頬に突き刺さるように感じる頃、ピッツバーグの田舎街は、景色を一変させる。街は落ち葉で埋めつくされ、それはまるで茶色のじゅうたんのようだ。私はそのふかふかとしたじゅうたんの上を、ざくざく音を鳴らして歩くことが、何よりの楽しみだ。


 それを父に話したら私に、とっておきのボランティアを探してきてくれた。
その名も「リーフエンジェル」。
落ち葉が積もり困っている方の家に行き、落ち葉かきを引き受けるというものだ。


 家族と渡米して三年が経とうとしている。以前からこの地で、何か私にできるボランティアはないだろうかと考えていた。だから、このリーフエンジェルは、落ち葉好きの私にとって最高の作業だと確信した。私は思わず父に
「ありがとう!」
と、リビングの真ん中で叫んだ。それを見ていた母が、
「私も参加しようかしら。」
と、天井を見ながら小さな声でつぶやいた。私達家族は話し合いの結果、リーフエンジェルのボランティア団体に、三人揃って登録をした。


 一ケ月後、父の元へメールが届いた。待ちに待ったリーフエンジェルの依頼だ。いよいよ出動する時がやってきたと思い、私のワクワクが一気に高まった。窓の外を見てみた。細く頼りない木から数枚の葉が、ひらひらと回転しながら落ちていた。その落ちた先には、ふかふかの茶色の葉っぱ達が、折り重なるように眠っていた。


 ついに作業の日がやってきた。私はこの日のために新調した長靴をはき、道具一式を車につめ依頼者の元へ向かった。到着した私達三人は、ドキドキしながらチャイムを鳴らした。すると中から、歩行器をゆっくり押しながら一人のおばあさんが出迎えてくれた。父がボランティアでやってきたと、簡単に伝えた。しかし、おばあさんは戸惑った様子で動かない。数秒後、小さなメモ用紙に字を書き始め、私達に見せてくれた。自分は耳が全く聞こえないこと。心臓が弱く外に一歩も出られないこと。そのせいで落ち葉を片付けることができないこと。私達の到着をずっと待っていたこと。私は言葉を通じ合わせることの難しさを、この日初めて味わった。私は勇気を出しておばあさんのメモ用紙を借り、力強く大きな字を書いた。
「We are Leaf Angel」
おばあさんの表情が、一気に変わった。頬がゆるみ、私達にとびっきりの笑顔を見せてくれた。父も母もつられて思わず笑顔になった。


 私達はあいさつを終え、すぐに作業にとりかかる。おばあさんの家は平屋で、真っ白い壁が特徴的なかわいらしいお家だ。その白いお家を囲むように、無数の落ち葉がひしめき合っている。まるで私達を出迎えているようだ。父と母は背丈ほどのアメリカンレーキの柄を握り、先端の葉を地面に下ろした。腕を出来るだけ前方に伸ばし、体の方に引き寄せる。するとひしめき合って落ちていた葉が、一気に足元へ集合した。二人は少し腰を落としながら、その作業を何度も繰り返す。そしてあっという間に、落ち葉の大きな固まりが誕生した。


 ここからが私の出番だ。両ひざを地面につけ左手で大きく袋の口を開ける。そして右手でごそっと、落ち葉をつかみ入れていく。ズボン越しに地面の冷たさが伝わってきて、体がぶるっと震えた。少しずつ落ち葉が、袋の中にたまっていく。しかしある程度たまったら、落ち葉はふわっと持ち上がり袋の下まで下がらない。袋の中は空気ばかりで、入れても入れても押し戻される。私は袋の空気を少しずつ抜きながら、つかんだ落ち葉をすかさずねじこめる。なんだかそれは、私と落ち葉のだまし合いのように感じ、くすっと笑いそうになった。しかし、楽しいと思えたのは束の間だった。同じ作業を繰り返しているうちに、腰がじんわり重くなってきた。肩も少しずつ固まっていくように感じる。そして腕は悲鳴を上げ、ぱんぱんになった。


 私達三人は、おしゃべりをすることもなく黙々と作業をした。ゴールが見えない気がして不安になり始めた頃、少しずつ落ち葉が周りから少なくなり、点々と芝生の色が見え始めた。石畳の一部が顔を出す。花壇の境界線も、確認できるようになってきた。そして最後に母が、家近くの道際をきれいに掃いた。私達三人は休むことなく三時間落ち葉と格闘し、作業は無事終了した。落ち葉がぎっしり詰め込まれた袋は、なんと三十個にもなっていた。その茶色の袋達はまるで巨大なミートボールのようだった。


 私はスマートフォンで袋を撮影し、家の中で待つおばあさんに見てもらった。おばあさんは、大きく息を吸い目を丸くして、何度もまばたきをした。そしてまた、小さなメモ用紙に字を書き始めた。
「Did you do it?」
私は、コクリとうなずいた。するとおばあさんは、私の手をぎゅっと握りしめてくれた。私はうれしいのに、照れくさくなり思わず笑いながら目線を下にした。そして胸の奥がじわっと熱くなり、今にも泣きそうになった。言葉で思いを伝え合う難しさを、おばあさんの手のぬくもりが一気に消してくれた。父と母は少し離れた場所から、ただにこにこと笑っていた。それはとても温かい時間だった。


 荷物をまとめ、私達は車に乗り込む。そして車が走り出した時、車のワイパーに一枚の枯れ葉が挟まっていた。父が速度を上げ始めると、枯れ葉はぱたぱたと動き出し空高く飛んで行った。


 私はその夜、ボランティアについて考えた。世界中には数えきれないほどのボランティアが存在する。私がした落ち葉拾いのボランティアは、世界から見たら小さなものかもしれない。しかしそれが、今の私にできる最大の作業だった。私はこれから、少しずつ大人になっていく。興味のあるもの、夢中になれることも変わってくるだろう。時が経ち、いつかこの国を離れる時もやってくる。だがたとえ、どんな国に住みどんな大人になっても私らしく生きてみたい。決して無理はせず、その時自分ができる最大のことに取り組もうと思った。そしてその小さな取り組みの積み重ねが、やがて月日が流れ大きなボランティアにつながるのではないか。そう思えたのはきっと、あの静かで優しいおばあさんに出会えたからだろう。


 私の部屋の窓から、小高い山が見える。その山は今、濃い緑の葉が生い茂りまるで大きく呼吸しているようだ。その山の葉が全て枯れ落ち、街中が落ち葉に包まれる頃、私の出番がまたやって来る。このピッツバーグの地で見つけた、私の大切なボランティア。その名も
「リーフエンジェル!」