2026年9月28日
トピックス(その他)

ロサンゼルス発「Japan Koyasan Educational & Cultural Journey 2026」~アメリカの高校生が日本での体験的学びから研究・発表へ~

【ロサンゼルス在住 岩井英津子さんによる現地の学校や生活を紹介するコラム】

 

私が代表を務める「USJP Rockwell Education & Beyond」は、米国の高校生を対象とする教育プログラム「Japan Koyasan Educational & Cultural Journey 2026」を本年6月に実施しました。本プログラムの目的は、単なる観光機会の提供ではありません。日本を「学ぶ場所」「生活する場所」「人とつながる場所」として体験し、日本の教育、文化、歴史、そして現代の日本社会を学ぶことを目的とするものです。


奨学生の選考から、体験的な学びへ 

当初は有料の教育プログラムとして参加者を募る構想でしたが、資質と意欲を備えた生徒に広く学びの機会を提供したいと考え、実施に際して弊社独自の奨学金制度を設けることとしました。
奨学金には62名の応募があり、その中から2名の生徒が選ばれ、奨学生として本プログラムに参加しました。選抜されたのは、Sofia Obradovicさん(Burbank High School1年生) とChloe Whiteさん(Burbank High School2年生)の2名です。
奨学金授与式は、2026年5月17日、ロサンゼルスのリトル東京にある高野山別院で行われ、同別院の松元大宗先生からお話もいただきました。 

左から、奨学生の指導をして下さったUCLAのDr.Jordan Smith、奨学生のChloe White、Sofia Obradovic、筆者
ロサンゼルスの高野山別院にて

 

日本で学ぶための事前準備 

日本への出発に先立ち、奨学生たちはUCLA教授 Dr. Jordan Smithによる事前指導を受けました。現地での経験を単なる訪問や観光にとどめるのではなく、「何を学ぶのか」「いかなる視点から日本を捉えるのか」をあらかじめ言語化し、明確な問題意識を持って参加するよう促されました。

 

日本の高校で「生活しながら学ぶ」 

2026年6月8日から15日まで、奨学生は日本で集中的な教育・文化研修に参加しました。 
研修の中心となったのが、世界遺産「高野山」(和歌山県)に位置する高野山高校での学習・生活体験です。同校は1886年創立の長い歴史を有し、高野山真言宗の精神を教育理念の基盤としています。仏教系の伝統校である一方、ナイジェリアからバスケットボール留学生を受け入れ、サンタモニカ高校との交換留学を実施するなど、国際的な学習環境の形成にも積極的です。多様な文化的背景を持つ生徒を包摂する体制が整った、特色ある教育機関といえます。

奨学生2名は、同校の生徒と日常生活を共にしました。高野山高校の女子寮に滞在し、朝の点呼・集合や清掃活動といった日常のルーティンをこなし、女子生徒たちと食卓を囲みました。日本の高校生活を傍観するのではなく、その共同体に身を置き、学校コミュニティの一員として生活することで、学校文化を内側から理解する機会を得たのです。

また、日本の高校生と同じ授業に参加し、「英語」「国語・国語表現」「宗教」「生け花」「書道」の学習も経験しました。


こうした体験を通じて、奨学生たちは、日本の高校生がどのような学校生活を送り、どのような環境で学んでいるのかを、学習環境を外部から観察するのではなく具体的かつ身体的に理解する機会を得ました。

中国からの留学生もいて、一緒に授業を受けました

 

日本の教育を多角的に学ぶ 

研修の一環として、立命館小学校も訪問しました。同校は、独自性の高い教育理念と優れた教育実践で知られています。施設見学に加え、教育課程や指導方法に関する講義を受け、児童との交流にも臨みました。奨学生たちが短時間のうちに子どもたちと自然な関係を築いた姿は、特に印象的でした。両者が互いの交流を心から楽しみ、言語や文化の違いを越えて通じ合う様子がうかがえました。


高校での生活・授業体験と小学校での見学・交流を組み合わせることで、奨学生たちは日本の教育を異なる年齢層や教育段階から考える機会を得ました。

 

日本の衆議院議員との交流 

今回の研修では、18歳までロサンゼルスで暮らし、その後、日本で衆議院議員となった北神圭朗氏との面談も実現しました。

アメリカから日本に帰国した際に感じたカルチャーギャップのほか、日本の国会議員としてどのような仕事をされているのかについてもお話を伺いました。 
さらに、奨学生たちは、日本の国家予算について質問し、政府がどのようなことを重要と考え、それがどのように予算に反映されるのかについても学びました。 
自らの日米での経験を、政治、公共サービス、そして日米両国の社会で生きるということにつなげて考えることのできた、非常に貴重な機会となったようです。