パキスタン在住の白井ファミリーは、観光業に携わるサジャードさんと真理子さん、現在高校3年生の柊至(しゅうじ)さんと中学3年生の奏伍(そうご)さんの4人家族。前回は日本語教育についての話を伺ったが、今回は2025年夏に開催された大阪・関西万博パキスタン・パビリオンの準備から閉幕までを一家でサポートした際の体験や裏話について、さらにパキスタンでの生活について話を聞いた。
(取材・執筆 Makiko)
「ひと粒の塩の中に広がる宇宙」
—2025年夏に開かれた大阪・関西万博のパキスタン・パビリオン(テーマは「ひと粒の塩の中に広がる宇宙」)で、開会から閉会までの約2カ月間ご家族総出でスタッフをされたそうですね。お疲れ様でした。
柊至:初めは父だけがスタッフをする予定で、僕たちは日本でグルメ旅でもしようと気楽に話していたんです(笑)。それが結局、2カ月丸々、手伝うことになりました。毎日朝から晩までで大変ではありましたが、貴重としか言えない経験をしました。
奏伍:あの広さの円形の万博会場で、迷子にならなくなっただけでも、収穫だよね(笑)。毎日、お客様の案内などでかなりの距離を歩きました。
サジャード:私は約40年にわたり、日本とパキスタンを拠点に観光業に関わってきましたが、今回の万博では入札から準備、閉幕後まで久しぶりに日本で通年過ごしました。

—パキスタン・パビリオンは過去最多の来場者数で、国際賞を2つ受賞されました。「成功」の鍵は何だったのでしょうか?
サジャード:「ヒマラヤ岩塩」として食卓に並んでいる岩塩が、実際の岩塩鉱山から切り出された塊のまま展示されている珍しさが、来場者の方々の関心を集めたのだと思います。また、それらの岩塩を森のように展示し、床も岩塩タイルを敷き詰めた「岩塩尽くし」の展示デザインも体験型展示ということで好評をいただきました。息子たちを含め、「日本語・英語・ウルドゥ語」での案内ができるように、さまざまなバックグラウンドを持つスタッフにフロアに立ってもらっていたのも、来場者にパキスタンらしさを感じていただけた要因かと思います。
閉幕後にも、希望のあった地方自治体に岩塩を寄贈しに赴き、パキスタンについての出前授業をするなど、さまざまな方面で関わりが広がりました。
奏伍:(入館証を手に)この「スタッフパス」のおかげで、普段だったら関わることができないような大人と交流することができました。今も大切に保管しています。

危険と隣り合わせのパキスタンでの暮らし、いずれは日本との「橋渡し」ができる存在に
—パキスタンでは、洪水などの自然災害に加え、政治不安もあります。ちょうど、奏伍さんの出産の時も自衛隊が来ていたとか。
真理子:その頃、大洪水が起きて、自衛隊が来ていて、私も手伝いをしていたんです。ありがたいことに、週末に産まれてきてくれたので、周りに迷惑をおかけせずに、出産できました。 たしかに、この国ではテロも含め、不安と隣り合わせではあります。その中で育児をしてきた実感として、日常的にも緊張感はあります。「離れている間に子どもたちに何かあったら自分を許せない」という思いが強く、どこにでも自分が一緒に移動しています。 ただ、子どもたちは、同じ状況でも、感覚的に余裕がある世代だと感じます。
奏伍:一度だけ、灯火管制が敷かれた時がありましたが、大人が皆電気を消して気配を消そうとしているのを見て、友達と「GPSを使えばわかるから、電気を消しても意味がないよね」ってメッセージを送ったり、「明日のテスト、なくなるかな」とかって考えたりしていました。
真理子:こういう感覚は、緊張感のある暮らしの中で、救いなんです。


—電気やガスなどの生活インフラも不安定だと伺いました。
真理子:長年苦労していた停電の多さは、ソーラーパネルを設置することで解消できましたが、ガスは今も供給が不安定です。1日中、ガスが通ることはなくて、1日に3回、2、3時間ずつ供給がある程度です。生活のペースが左右されてしまうことが、ストレスになります。 また、政治的な理由で道路がすぐに封鎖されたり、学校が休校になったりすることで、子どもたちにとって学習環境が安定しないことも、悩ましいです。
柊至:こうしたインフラ面から見ても、また、パキスタンでは日本のアニメが人気なこともあり、「どうして日本に住まないの?」と友達に聞かれることがあります。折に触れて悩むことはありましたが、自分たちのこうした経験から、いずれは両国の「橋渡し」ができる存在になれたらと思います。








