海外駐在員やその家族が安心して相談できる場所をつくりたい 株式会社Tazna代表・前川由未子さん
2026年2月2日

海外駐在員やその家族が安心して相談できる場所をつくりたい 株式会社Tazna代表・前川由未子さん

傍からは華やかに思われがちの海外生活の裏側で、多くの駐在員家族が孤独を抱えて生きている。臨床心理士・公認心理師の前川由未子さんは、大学講師の仕事と並行して2025年に株式会社Taznaを設立し、海外駐在員やその家族に向けたメンタルケアのサポートを提供している。幼少期をアメリカで過ごした元帰国子女であり、結婚後は海外駐在員の配偶者としてタイで出産・育児を経験した前川さん。その苦労を知るからこそ、心理学に基づくサポートを通じて世界の駐在員家族に寄り添い続けている。

(取材・構成:ミニマル上垣内舜介)  

 

——前川さんが代表を務める「Tazna(タヅナ)」の事業について教えてください。  

 

主に海外にお住まいの駐在員やその家族の方に向けたメンタルケアのサービスを提供しています。現在はオンラインでのカウンセリングや予防的なセルフケアのセミナー、無料のオンラインお茶会などを展開。今後は海外に拠点を持つ企業向けにストレスチェックなども含めた包括的なサービスを提供していきたいと考えており、準備を進めているところです。

株式会社Tazna代表・前川由未子さん

 

 

——「Tazna」にはどのような思いが込められているのでしょうか?  

 

両親が乗馬クラブで出会ったこともあり、私も幼少期から乗馬をしに連れて行ってもらうことがありました。その際、よく父から「何があっても手綱だけは離すな」と言われていたんです。私の場合もそうでしたが、駐在員の家族として海外で暮らしていると、自分の人生が他の要因によって振り回されている感覚に陥ってしまいます。どんな時でも自分の人生の手綱を離さず、その人らしく生きられるように。そんな思いを込めて「Tazna」と名付けました。   

株式会社Tazna代表・前川由未子さん

——海外駐在員の配偶者、特に女性はどのような課題を抱えていますか?  

 

特に多いのはアイデンティティロスの問題です。日本では仕事をしていた女性が、帯同家族として海外に行った途端に家庭での役割だけを求められるようになってしまう。その結果、自分の存在意義や人生の意味を見失いやすくなるんです。また、夫は会社に、子どもは学校に行っているにもかかわらず、自分はこれといったコミュニティに属していないことに戸惑いを覚えることもあります。突如として始まった海外生活を自分の人生にどう位置づければよいのかがわからず、目的のない時間が与えられたことによる孤独感を抱えるケースが非常に多いですね。   

 

 

——カウンセリングする時に心がけていることは何ですか?

 

相談にいらっしゃったご本人の力を信じることです。例えば、子どもの発達に関する具体的な悩みであれば、心理学の知見に基づいて情報を与えることはできます。しかし、個人的な悩みに対する答えは本人だけが持っているものであり、外から解決策を提示できるものではありません。主役は常に本人であり、伴走者として思いを引き出していくことがカウンセラーの仕事です。そのため、簡単に相手のことを分かったつもりにならず、丁寧に話を聞いてご本人の言葉で語っていただくことを心がけています。  

 

 

——仕事をしていて一番やりがいを感じるのはどのような時ですか? 

 

サポートしている方が海外での辛い経験に自分なりの意味を見出し、「あれがあったから今の私がある」と思えるようになった時ですね。その方が海外で孤独感や絶望感を味わったという事実は、決して消えることはありません。しかし、心理学的な視点から「あの時は何が辛かったのだろう」「あの経験を通じて家族の関係はどのように変化したのだろう」などと見つめ直すことにより、過去の苦しみに意味を持たせることは可能です。無理やりポジティブな思い出に変換するのではなく、人生のストーリーの一部として意味付けすることが重要で、こちらのサポートを通じてその人が持つ本来の魅力が発揮されてきた瞬間にやりがいを感じています。   

 

 

——前川さんが心理カウンセラーになろうと考えたきっかけを教えてください。  

 

幼少期から父の仕事の都合で国内を点々とする生活を送っていましたが、5歳の時にアメリカに渡り、2年後に母が心の病を原因に他界してしまったんです。「母と私のような思いを、もう誰にもさせたくない」と、当時7歳だった私は心理カウンセラーになることを決意しました。

株式会社Tazna代表・前川由未子さん

——海外から日本に戻られた際、大変だったことはありますか?  

 

友達と馴染めないことには辛さを覚えましたね。周囲が私のことをどう思っていたのかはわかりませんが、自分としてはすごく異質な存在であるように感じられて。授業中の発言の仕方や友達とのコミュニケーションなど戸惑いを抱く場面が多くあり、一時は自分の性格が悪いのではないかと思い悩みました。 

株式会社Tazna代表・前川由未子さん

——その悩みはどのように克服したのでしょうか?

 

特に克服はしていないですね(笑)。大学院まで進んでようやく諦めがついたというのが正しいかもしれません。大人になると決められたクラスなどがなくなり、本当に気の合う友達とだけ付き合えばよくなりますよね。自分で所属するコミュニティを選べるようになって、気の合う人たちと付き合い始めてから気持ちが楽になりました。自分の性格が悪いのではなく、周囲の環境と合っていなかっただけなのだと思えたのが大きかったです。   

 

 

——そこから、どのような経緯で、今の活動に至っているのでしょうか。

 

大学院時代に臨床心理士の資格を取得し、念願だった心理カウンセラーとしての活動をスタートしました。しかし、社会における心理士の認知度の低さに疑問を抱くようになり、根本的な解決を目指して大学教員になる道を選びました。そこからほどなくして長女を授かるとともに、夫のタイ赴任が決定。当時はコロナ禍の直前で私も第二子を妊娠中という大変なタイミングだったのですが、夫と一緒に子育てするためにタイに渡りました。   

 

到着と同時に本格的なコロナ禍に陥ったタイでは、出発前に考えていたプランがすべて崩れました。長女を幼稚園に入れて頼りになる知人をつくってから第二子を出産しようと考えていたところ、ロックダウンが始まって何もできなくなってしまった。出産を控えながらイヤイヤ期真っ盛りの長女の世話をしなくてはならず、その苦労を話せる相手も周囲にいない状況で、夫に「このままじゃ産めません!」と泣き叫ぶほど不安でした。   

 

家族に怒鳴り散らしては自己嫌悪に陥る日々が続き、次第に「こんな母親ならいないほうがいいのではないか」という思いに駆られるようになりました。そんな時、もしかしたら母も同じ状態だったのかもしれないと気づいたんです。このままでは命が危険だと感じたことで、自分の好きなことをやる時間を持つべきだという思いに至りました。自分の好きなことは何だろうと考えた時、真っ先に思い浮かんだのはやはり心理学でした。そこから産業カウンセラーの資格を持つ方との出会いなどを経て、タイに住む帯同家族を対象とした「バンコクこころのでんわ」と「みんなの相談室」でボランティア活動を始めました。  

 

始めてから実感したのは、誰かから感謝される喜びです。もともとは自分を救うためだった取り組みが、同じ境遇にいる多くの人の支えになる。そこにやりがいを感じたことで母親のセルフケアやキャリアに関する講座を開催するなど展開を広げ、タイから帰国した後にTaznaを設立することにしました。  

株式会社Tazna代表・前川由未子さん

 

——今後の目標や実現したいことは何ですか?

 

海外駐在員の家族にとって、世界のどこにいても安心して相談できる場所をしっかりつくっていきたいです。欧米と比較すると、日本にはカウンセリングを受ける習慣が根付いていません。それどころか、カウンセリングを受けているだけで「心に問題を抱えている人」というレッテルを貼られてしまうことすらあります。一方で日本の自殺率は先進国でもトップレベルであり、カウンセリングによって救えるはずの命を救えていないことに強い問題意識を持っています。社会生活に支障をきたした時の特別なものではなく、スポーツジムや美容院に行くのと同じ感覚でカウンセリングを受けてほしい。そんな思いを実現するため、日常的に心のメンテナンスをするカルチャーをつくっていけたらいいなと思っています。   

 

——海外駐在員や家族の皆さんに向けてメッセージをお願いします。

 

まずは海外で生きているご自身に拍手を送ってあげてほしいです。それだけで本当にすごいことなのでご自分やご家族を褒めてあげてください。海外が日本と比べて大変な環境であることは間違いないでしょう。悩みを抱えた時はご自分やご家族だけでどうにかしようとせず、使えるサポートやサービスをどんどん活用していただきたいと思います。

 

前川由未子さん

 

イベント情報 

================= 

【概要】 『家族の未来をデザインする!海外生活の攻略法』 

【日時】 2026年3月8日(日)国際女性デー 10:00-12:00(日本時間) 

【場所】 ツナガルスペース(愛知県名古屋市中区栄3丁目19番19号6階) +オンラインのハイブリット型 

【参加費】 無料 

【詳細はこちら】 https://tazna.jp

=================  

【プロフィール】

株式会社Tazna代表(  https://tazna.jp

金城学院大学講師、臨床心理士、公認心理師

認定ポジティブ心理学プラクティショナー 

前川由未子さん
1989年福岡県生まれ。幼少期をアメリカで過ごす。日本学術振興会特別研究員を経て、名古屋大学大学院教育発達科学研究科で博士号(心理学)を取得。臨床心理士・公認心理師として医療、産業、教育の現場でカウンセリングや心理ケアプログラムに携わる。2017年より金城学院大学国際情報学部講師に着任。育児休業中に駐在妻としてタイに居住し、「バンコクこころのでんわ」「みんなの相談室」ボランティアスタッフとして活動。2024年に本帰国し、2025年に株式会社Taznaを設立。ミネルヴァ書房「産業・組織心理学」、木立の文庫「寄り添うことのむずかしさ」、誠信書房「日常臨床に活かす精神分析」、金剛出版「バリント入門」などで執筆・翻訳。
 
【Tazna 公式LINE】
Tazna 公式LINE