ドキュメンタリー『小学校~それは小さな社会~』で伝えたかったこと
東京都の公立小学校に通う1年生と6年生の子どもたちとその先生たちにフォーカスを当てたドキュメンタリー『小学校~それは小さな社会~』が話題になっています。コロナ禍の2021年4月から1年間の学校生活を追った作品で、そこには日本で育った日本人にとっては当たり前の小学校での日常が描かれています。
世界各地で公開され、作中の「特別活動(特活)」(教室の掃除や給食当番、運動会、1年生を迎える会の準備など)の様子は、海外では驚きをもって受け止められ、多くの注目を集めています。日本でも現在ロングランが続いているほか、その短編版である『Instruments of a Beating Heart』は、アメリカの第97回(2025年)アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門にノミネートされました。
読者のなかには、日本の学校を体験されたことのない方もいらっしゃると思います。どうして日本の小学校をテーマにした作品を制作したのか、ご自身の経験もあわせて、監督の山崎エマさんにお話を伺いました。

―どうして日本の小学校にフォーカスを当てようと思ったのでしょうか。
私は、大阪の公立小学校に6年間通ったのち、父がイギリス人であることもあって、中学校からインターナショナルスクールに通いました。映画監督になりたいという夢もありましたので、大学からはニューヨークに移住し、その後10年くらい住んでいました。
アメリカで生活するなかで、普通だと思っていた日本の小学校で学んだ価値観などが、自分の強さとなって存在していることに気づきました。普通にしているだけなのに、「すごく頑張りますね」、「時間に遅れないですね」などと褒められて。「私はどうしてこういう人間になったのだろう」と考えたときに、日本の小学校での経験が大きかったことに気づきました。
海外の友達に小学校の思い出を話しても、全く話が通じません。掃除や、行事、給食の配膳など、日本の小学校では普通だと思っていたこと、海外から見たら普通ではないことがたくさんあると気づいて、いつか日本の小学校を撮りたいと考えるようになりました。そのなかでも、集団生活のなかで人と共に学んでいくという、日本独自の部分を取り上げたいと思いました。そこに、「今の日本がどうしてこうなのか」という大きなヒントがあると考えたからです。
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タイトルにもあるように、小学校は、本当に小さな社会として存在しています。小学校で受けた教育は社会に反映されていき、延いてはその社会が小学校に反映されていくという視点で、150日700時間をかけて撮影を行いました。
日本に住んでいる人の98%以上が公立小学校に通う経験をしているにもかかわらず、一般の人々は今の公立小学校で起っていることを深く見る機会がないように思います。そのために、学校が敵のようになっているのを感じます。先生たちは確かに大変そうでしたが、「先生の仕事はブラックで、教員になりたい人が減っている」というような報道などばかりが社会に届くと、だんだんと「分断」が起きていきます。皆、「子どもたちを幸せにしたい」「よりよい未来を築いてほしい」という思いは同じはずなのに。
日本の教育は全部だめ、みたいな空気がありますが、私は良いところもいっぱいあると思っています。課題はたくさんありますが、先生が社会にとって大切な役割を担っているなかで、その生きがいや、やりがい、指導する際の思い、正解がないなかで思い悩む姿、子どもたちの成長を喜ぶ姿なども発信していかなければいけないと思いました。先生も、大人も子どもも、皆人間だということを忘れてしまいがちな世の中にあって、先生たちの姿を描くことで、子どもたちに対する大人の責任や、よりよいコミュニケーションの取り方などについても気づいてほしい、という思いも持ってこの作品を作りました。
―作品では日本の小学校の日常がフラットな目線で提示されていて、見る者に考えることが委ねられているように感じました。
ドキュメンタリーにはさまざまな種類があり、社会課題について「こうあるべきだ」というメッセージを強く打ち出すものもあります。そういう作品も重要ですが、それは同じ考えの人には届きやすい一方で、異なる考えの人には届きにくいのではないかと思っています。私は、理想の教育は人によって違うのではないかと思っているので、「皆が関心を持つことから何かが生まれていく」というスタンスで作品を作っています。
編集する際には、自分が現場で感じた感覚を、現場を知らない皆さんに伝えることを一番に考えています。それを見た人がどう受け取るかについては、それぞれでよくて、今まで思ってもみなかった考え方に触れるとか、気づくというような経験をしてほしいと思っています。「いいところもあるじゃない」と気づくことは、一瞬でできるんですよ。それこそがドキュメンタリーの強みだと思っています。そして、感じたことや気づいたことを家族や地域、インターネット上などで話し合ってほしい。そうなることを目指していたので、今回まさしくそうなっていることを嬉しく思っています。
―現在子育てをなさっている山崎さんご自身にとって、理想の教育とはどのようなものですか。
自分自身は、いくつかの教育システムのいいところ取りをさせてもらったと思っています。日本の小学校でまず集団の中でどうあるべきかを学び、インターナショナルスクール、アメリカの大学へと進むうちに、だんだん自分の個性を見つけていけたと感じています。世界中のシステムのいいところを併せたら「理想の教育」になるのかもしれませんが、「いいところ」は人それぞれです。それが現実的ではないなかで、どんな社会で生きていきたいかをまず考えてから教育システムについて考えるべきだと思っています。
最近でいうと、コロナ禍を経て、おそらく多くの人が自己中心的な世界では生きていけないということをリアルに感じたと思います。しかし、集団主義的な教育を行う日本では、多様性を認めたり自分を見つけたりしていくことが課題だからか、個人主義的な欧米型の教育を推進しようとして、日本の教育の良さに気づき難くなっているように感じます。集団のなかで「周りの人のことを自分ごとと思える心を作る」というのは、ともすると連帯責任を強いることにつながる危険性を孕んでいるようにも思うのですが、小学校低学年の子どもたちには、それが思いやりや助け合いの心を育み、さまざまな行事を通じて、1+1が2以上の力になる体験にもつながっていきます。それは、いざというときに協力し合えるという、強みにもなっているのではないかと思います。今後、世界で気候変動などが更に加速すると予想されるなかで、日本のそういう部分は世界も学べることです。

これだけ世界から「いいね」と言われる部分もある教育制度なのに、最近までそのことに気づけていなかったことはもったいないと思います。日本の今の教育制度をベースに、良さは残し、ダメなところは徹底的に変えていければいいのではないでしょうか。
自分の子どもについては、すべてを学校に任せるのではなく、その特徴や限界も理解しながら、家庭では親の考え方や経験を補足できたらいいのではないかなと思っています。なかなか、難しいことなのかもしれませんが。
山崎エマ
東京を拠点とするドキュメンタリー監督。日本人の心を持ちながら外国人の視点が理解できる立場を活かし、人間の葛藤や成功の姿を親密な距離で捉えるドキュメンタリーを制作する。
3本目の長編監督作品『小学校~それは小さな社会~』は、現在国内外でロングラン上映され、高い評価を得ている。その短編版である『Instruments of a Beating Heart』がアメリカの第97回(2025年)アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門にノミネートされたことは記憶に新しい。また、編集と共同プロデュースを務めた伊藤詩織監督の『BLACK BOX DIARIES』も、2024年のサンダンス映画祭で上映されたほか、同じく第97回アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされた。
『小学校~それは小さな社会~』絶賛上映中
詳細はHPから。
映画『小学校 ~それは小さな 社会 ~ 』公式サイト https://shogakko-film.com/
短編『Instruments of a Beating Heart』は以下よりご欄いただけます。