2025年6月9日
トピックス(その他)

『小学校~それは小さな社会~』山崎エマ監督インタビュー <後編>

自分のアイデンティティは一つじゃなくてもいいと気づけた

 

 東京都の公立小学校に通う1年生と6年生の子どもたちとその先生たちにフォーカスを当てたドキュメンタリー『小学校~それは小さな社会~』が話題になっています。コロナ禍の2021年4月から1年間の学校生活を追った作品で、そこには日本で育った日本人にとっては当たり前の小学校での日常が描かれています。
 世界各地で公開され、作中の「特別活動(特活)」(教室の掃除や給食当番、運動会、1年生を迎える会の準備など)の様子は、海外では驚きをもって受け止められ、多くの注目を集めています。日本でも現在ロングランが続いているほか、その短編版である『Instruments of a Beating Heart』は、アメリカの第97回(2025年)アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門にノミネートされました。
 前編では、山崎さんがドキュメンタリー『小学校~それは小さな社会~』を制作するに至った経緯などについて伺いました。この後編では、日本の公立小学校から、国内のインターナショナルスクールを経て、アメリカの大学に進学するなど、複数の文化の中で育ち、生活されている山崎さんご自身について、お話を伺いました。
前編はこちらから> 

―山崎さんご自身は、複数の文化の中で育ってこられたなかで、アイデンティティについて悩んだ経験はありますか。

 何回もあります。私の場合、父と母とで国籍が違うので、ナショナリティなども含めて悩んでいた時期が長く、それについての作品も作りましたし、毎朝「自分は誰なんだ」と自問したりもしていました。日本の保育園と小学校に行き、12歳からは日本にいながらインターナショナルスクールに移って6年ほど通い、大学入学時にニューヨークに引っ越しました。その間、インターナショナルスクールに移ったときと、ニューヨークに移り住んだときと、変化が2回ありましたが、それぞれ2年ずつぐらいは新しいやり方や環境に対応できずとても悩みました。求められていることがあまりにも違うので、自分が出せないことも数多くありました。

4年生のころ 小学校の連合運動会にて

 そのなかで少しずつ、それぞれの場に合った人間になるスキルを学び、カメレオンのように対応していくうちに、それがだんだんと「応用力」になっていきました。時間はかかっても、だんだんと観察できるようになるんですよね。そうして、それぞれ3年目くらいからは、その場の環境に合った自分がまた生まれて、その中で活躍できるようになっていったように思います。ただ、時間はかかるし、戸惑いの日々でした。でもそれは普通のことだと思います。
 結果、大人になって何に感謝しているかというと、どんな環境に投げ込まれても大体対応できるようになったことです。その場その場でフレキシブルに自分のアイデンティティを合わせ、どこでも自分らしくいられるようになったのです。
 10代の終わりから20代の始めにかけては、環境によって違う自分になってしまうことが嫌でした。日本にいるとき、ニューヨークにいるとき、友達といるとき、家族といるとき、それぞれが全然違うので、「自分は一体誰なんだ」と常に思っていました。でも、それが自分のスキルだということに気づけてからは、すごく楽になりました。「自分らしくあるということと、どんな環境下でも同じ自分でいるということとはイコールではない」ことに気づいたんです。

 

―気づかれたきっかけはあったのでしょうか。

 徐々にだとは思うのですが、大学のときの卒業制作で、『Neither Here Nor There』というドキュメンタリーを制作しました。邦題は『故郷にあり、故郷にあらず』だったと思います。
 当時、自分が何者かわからないなかで、「Where are you from?」という、普通に聞かれる質問がストレスでした。「日本だよ」と答えても信じてもらえないことも多く、「こんなに英語ができるのに?」と言われたりもしました。それが本当に面倒くさくて、とても悩んでいたので、同じようにいろいろな文化に触れて育ち悩んだ経験のある人たちが他にもいるのであれば、話を聞いて、それにどう対応していったのかを聞いてみたいと思ったのです。そこで、年齢が上の人たち何人かにインタビューして回るドキュメンタリーを制作しました。

ニューヨーク大学2年生のころ

 当時、アイデンティティは一つを選ばないといけないと思っていました。日本人なのか、イギリス人なのか、もしくはニューヨーカーなのか。そのなかにもさまざまなアイデンティティの種類があって……どれも選べず、どれなのかを聞かれるととても困っていました。それが、いろいろな人たちの話を聞いて、「全部でいい」と気づいたわけです。選びたければ選べばいいし、選びたくなければ選ばなくていい。同じ質問なのに私は日によって答えを変えたりしていて、それに罪悪感を抱いていたのですが、それでも構わないのだと思えました。
 それまで、「日本語が上手ですね」と言われることがとても嫌で、「当たり前でしょう」って思っていました。でも、質問した人は私が日本生まれの日本育ちだということは知らないのだから、一回一回怒らないで「ありがとうございます」って言えばいいじゃない、そのことが自分にとってプラスになるならそれでいいじゃない、と考え方を変えることができました。アイデンティティが選べないのは、いろいろな経験をして、たくさんの引き出しを持っていて、選択肢があるからなんですよね。国籍も含め、いろいろな文化に触れてきたことに関しては、「自分が得するように使っていこう」と思えたので、そこから一気に自分が変わっていったように思います。
 アイデンティティ・クライシスは、同じ国にずっと住んでいても経験するものですが、文化や国を越えたりすると、より顕著に感じられるものなのかもしれません。でも、そういう経験をして、今の自分があると思っています。悩み続けていた間はドキュメンタリー作品を作ったり、文章を書いたりして、自分の気持ちを出せたことがプラスになったとも思います。でも、その最中にいるときは、自分だけがこんなことを思っているのだと思っていたので、周りに、「そうじゃないよ、みんな思っているよ」と言ってくれる人がいたら、もっと楽だったかもしれません。

ニューヨーク大学卒業の日

―今のお話で、気持ちが楽になった人がたくさんいると思います。

 幼い、若いうちに個人主義的な国へ行って、集団主義的な日本に戻ってくるという経験は、とても大変なことだと思います。私が経験したのは逆で、最初は厳しい集団のなかで過ごし、そこからだんだんと自由になっていきました。その方が楽なのではないかと思います。自由で個人が尊重される場所から、急に日本のやり方に入るというのは苦しいですよね。
 ただ、こういう社会もあると思って、そこでの生き方を学びつつ、英語など言語のスキルは保って大人になれば、選択肢の多い人生を生きることができるはずです。「これがすべてじゃない」と知っているからこそ日本の学校は辛いけれど「攻略していく」ような気持ちで、最終的には「どういう生き方をしたいのか」「どういう社会に住みたいのか」まで考えていけたらいいですよね。
 でも、それをリアルタイムでやるのは、とても難しいんですよ。年齢と共にわかっていくことだと思います。一時的にはとても苦しいけれど、それがいずれは強みになるはずです。そして、親御さんにそういうことを理解してもらえたら、お子さんは少し楽になるんじゃないかと思います。

 

―最後に、山崎さんご自身の今後の展望についてお聞かせください。

 私はドキュメンタリーが持っている力を信じていて、ドキュメンタリーを作り続けながら、「より良い未来に貢献したい」という、ざっくりとした思いがあります。日本では、これまでドキュメンタリーが敷居の高いものだったように思いますが、今回、これまでドキュメンタリーを観に行ったことがない人たちが、劇場に足を運び、私の作品を観てくださったことをとても嬉しく思っています。アメリカなどでは、ドキュメンタリーがドラマやフィクションと同じように、もっと社会の中心や身近なところにあります。そういう意味では、まだまだ日本には可能性があると感じています。
 私は、分断や無関心が社会の最大の敵だと思っているので、人間を人間らしく描くことで、普段は触れることのない人々の思いや世界を知ってもらい、全部同意できなくても、そういう考え方もあるんだということに気づいてもらえるような作品をこれからも作っていきたいと考えています。

 私は小さい頃から映画監督を目指していましたが、アカデミー賞にノミネートされるなんて夢にも思っていませんでした。「これでドキュメンタリー監督が日本でも増えますね」と言われることもあって、もちろんそうなるといいなとは思いますが、それよりも、今の日本の若い人たちに、やりたいことは何でも実現できるんだと思ってもらえるように、自分がそのよい例として生きていけたらなと思っています。

ニューヨークで活動していた2016年ごろ

 

 

山崎エマ
東京を拠点とするドキュメンタリー監督。日本人の心を持ちながら外国人の視点が理解できる立場を活かし、人間の葛藤や成功の姿を親密な距離で捉えるドキュメンタリーを制作する。
3本目の長編監督作品『小学校~それは小さな社会~』は、現在国内外でロングラン上映され、高い評価を得ている。その短編版である『Instruments of a Beating Heart』がアメリカの第97回(2025年)アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門にノミネートされたことは記憶に新しい。また、編集と共同プロデュースを務めた伊藤詩織監督の『BLACK BOX DIARIES』も、2024年のサンダンス映画祭で上映されたほか、同じく第97回アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされた。

 

 

『小学校~それは小さな社会~』絶賛上映中
詳細はHPから。
映画『小学校 ~それは小さな 社会 ~ 』公式サイト https://shogakko-film.com/

 

短編『Instruments of a Beating Heart』は以下よりご欄いただけます。