海外子女教育振興財団会長賞

レギーナさんと小さな本

                デュッセルドルフ日本人学校(ドイツ)

中1 小田島 美遥

 

 私は本を読むことが好き。友情を描いた作品や伝記も好きだし、ミステリーも好き。中でも旅に出かける物語を読む時は、登場人物の仲間になったみたいで、本の世界に溶け込んでいく。何かの目的や夢に向かって行くメンバーが、山あり谷ありの旅を続けて行った先に待っている喜びや悲しみに、いつも感動してしまう。

 人生はよく旅にたとえられる。良い旅には素敵な出会いが待っていて、その出会いからみんなをワクワクさせる物語が始まる。それは、本の中だけの話かと思っていた。去年の夏までは。

 二〇二三年の夏、私は家族と一緒に南ドイツを旅することになった。ドイツは南に高い山々があって、北に行くにつれてだんだん平らな土地が多くなっていく。私の住むデュッセルドルフには丘はあっても高い山がない。だから、南ドイツの高い山々を見ると、別世界に来たように感じた。

 私たちが訪れたのは、ガーミッシュ・パーテンキルヒェンというところで、ドイツで一番高い山であるツークシュピッツェに最も近い町の一つだ。「とがった先」という意味の「シュピッツェ」の名の通り、その山は、地面から急激にそそり立っていて、真下から頂上を見るのに頭をグイッと上げないと見上げることができない。ふもとの駅から山頂の駅までケーブルカーが走っていて、その標高差はなんと二千メートルにもなる。それを全長約三千メートルのケーブルで一気に登っていく。途中、雲の中を通ったり、鉄塔を通過する時にケーブルカーがグイーンと大きく揺れたりして、まるで鳥になって空を飛んでいるみたいだった。下に見える動物たちがだんだんと小さくなって、全く見えなくなる。そしてケーブルカーを降りると、八月なのに真っ白な雪の世界が広がっていた。

 私は、山頂にある教会の礼拝に出席した。牧師さんの言葉はドイツ語だったけれど、礼拝の後に聞こえてくる言葉はいろいろで、

「あぁ、ここには世界中からたくさんの人たちが集まって来ているんだな。」

と驚いてしまった。

 ふもとの町に降りて来ても、いろいろなところから、さまざまな言語が聞こえてくる。両親に聞いたら、それらがフランス語やスペイン語、トルコ語や中国語などであることを知った。そして、時々日本語も聞こえてきた時は、家族みんなで振り返ってしまった。

 そんな土地がらだからか、レストランやホテルの人たちは英語で話しかけてくれる。私たち家族が泊まったところは、部屋が十部屋ほどの宿だった。観光シーズンだったから、どこのホテルも満室で旅行をあきらめかけていたところ、大手の宿泊検索サイトには出てこない宿を父が偶然見つけて予約することができた。日本人の口コミがない宿だから、どんなところか両親は心配したらしいけれど、行ってみて本当に良かった。今まで泊まったどんなところよりも素敵だった。

 宿を経営しているのは、トーマスさんとレギーナさんというご夫妻と、トーマスさんのお母さんだった。受付と食事、接客と掃除のすべてを家族でしているのに、みんないつもニコニコ笑顔で、トーマスさんは私たち子供を見ると、面白い声を出したり、ジョークを言ったりして私たちを笑わせてくれた。

 毎朝のご飯は、南ドイツでしか食べられないようなチーズやジャムを用意してくれて、泊まっているみんなに、

「これは、この地方でよく食べるチーズなんですよ。」

とか、

「このヤギのチーズは食べてみた? 美味しいから食べてみてね。」

などとよく声をかけてくれた。そして、それら全部が本当に美味しくて、毎朝の食事が待ち遠しかった。

 何日か経った時、新しいお客さんが来た。すると、レギーナさんが私の知らない言葉でとても流ちょうに話していた。母がレギーナさんに、

「あのお客さんたちとは、何語で話していたんですか?」

と質問すると、

「イタリア語よ。」

と教えてくれた。

 レギーナさんはドイツ人で、もともとはイタリア語を話せなかったけれど、若い時にイタリア語を勉強して、今ではイタリアからたくさんのお客さんが泊まりに来るそうだ。

「きっと言葉が通じると安心するし、楽しいから、イタリアからのお客さんに人気があるのかもしれないな。」

と、私は心の中で思いながら、

「それじゃあ、レギーナさんが日本語を話せるようになったら、日本からたくさんのお客さんが来るようになるかも。」

と想像して、あるアイディアを思いついた。

 さっそく部屋に戻って、コピー用紙で紙の本を作った。いつもレギーナさんが私たちに話しかけてくれる言葉を選んで、それらを英語と日本語で書いた小さなあいさつ集を作るためだ。

「最終日にサプライズで渡すぞ!」

と計画して、毎日レギーナさんが言っている言葉に耳を傾けて、こっそりあいさつ集メモに書き留めた。まるで、スパイをしているようで緊張したけれど楽しかった。

「文字だけじゃなくて、イラストも付けてみたら分かりやすいんじゃない?」

と、父が助言してくれた。最終日の朝までかかってしまったけれど、とてもかわいいあいさつ集ができて、自分でもうれしくなった。

「レギーナさん、これ、プレゼントです!」

 最後の朝食を食べた後、私はレギーナさんにあいさつ集を手渡した。

「わぁ、これは一体何かしら? 英語と……もしかして、日本語?」

「そうです!日本語です‼」

「オー、ありがとう‼ これはなんて読むのかしら? オ、ヤ、ス、ミ?」

「すごーい、上手!」

 レギーナさんは日本語も日本のこともほとんど知らなかったみたいで、初めての日本語にとても喜んでくれて、

「トーマス、トーマス! これを見て。日本語と英語のあいさつ集なのよ。」

と、トーマスさんにうれしそうに見せていた。

 私は喜ぶレギーナさんを見て、

「あぁ、作ってよかったなあ。」

と心がほっこりした。

最後のお別れの時、レギーナさんが、

「サ、ヨー、ナラ。マタネ。」

と笑顔で言ってくれて、うれしい気持ちとさびしい気持ちが混ぜこぜになって、笑ってしまった。

 ドイツに長く暮らしていて、旅行でこんなに素敵な体験ができたのは初めてだった。心と心がふれあっているような温かさを感じた。それは、レギーナさんたちが私たち家族のことを心から想って接してくれたからだと思う。あいさつ集を作っていた時には意識していなかったけれど、

「この小さな本を通して、新しい素敵な出会いが広がってくれたらいいな。」

と、心のどこかで願っていたのかもしれない。

 良い旅には素敵な出会いが待っている。心と心のふれあいの先には笑顔があふれることを、レギーナさんたちが教えてくれた。