文部科学大臣賞

もう一つの愛しい「日常」

                                     青島日本人学校(中国)

                                         中3 蒲 初音

     

蜜色に染まる朝の街を スクールバスが走る

周りはまだ静かで 聞こえるのはタイヤの音だけ

朝日を反射して 海は白銀の波をたてる

道路脇の家の屋根からハトが飛び立った

浜辺で散歩してるのは カモメではなくハト

 

いつもの景色

 

海外生活十五年目

とはいえ

 

カンガルーやヌーが身近に見られるわけではない

ヨーロッパの古城が美しい自然の中に佇んでいるわけではない

新年の大規模なカウントダウンがあるわけではない

クラスに様々な人種の生徒がいるわけではない

 

けれども

 

マンションの近くに出没する野良猫

霧の中に浮かぶ高層ビルの青いウィンドウ

無数の偶然が重なって出会えた友人と先生

思わず多様性について考えさせられた瞬間

聞きなれたバスのアナウンス

祖母と作る水餃子

海沿いに広がる夜景

 

大切にしたいものが

たくさんある

その全てが

今 心によみがえる

 

海外生活だから といって

いつも特別なものが求められる

けれど本当は

いつの間にか身に沁みて

いつの間にか心が引き寄せられて

何気ない ささやかな 鮮やかな

ここでの「毎日」をこそ一番大切にしていたんだと気づく

ここで学んだことは

他言語・他文化だけではない

色とりどりの文化と言語に縁取られた景色の一角に

自分がいることがわかったんだ

 

もう一つの帰ってゆける故郷ができたんだ

もう一つ 大切にしたい風景が増えたんだ

もし 海外生活で得たものを訊かれれば と

夕日に照らされる海とハトを眺めながら

ふと思う

それは たぶん

 

もう一つの愛しい「日常」