笑いと人情は世界共通!?立川志の春さんに聞く「英語落語」の世界
2024年9月24日
特集

笑いと人情は世界共通!?立川志の春さんに聞く「英語落語」の世界

「笑いと人情の詰まった落語は、世界に通用する可能性に満ちている」。そう語るのは、さまざまな国と地域で高座に上がり続けてきた落語家・立川志の春さんです。日本の伝統話芸である落語は、実際のところ世界でどのように受け入れられているのでしょうか?海外にも通用する落語の魅力と、国内外におけるユーモアの違いについて話を聞きました。 

(取材・執筆:ミニマル市川茜)

 

 ニューヨークで過ごした幼少期、怖がらずに飛び込む度胸がついた  

 

落語は、江戸時代に生まれた日本の伝統話芸です。江戸から明治にかけて作られた演目である「古典落語」に対し、現代になって新しく作られた演目は「新作落語」と呼ばれています。そんな古典落語と新作落語に加え、落語を英訳した「英語落語」にも取り組んでいるのが、落語家の立川志の春さんです。  

 

志の春さんは、アメリカの名門イェール大学を卒業後、大手商社に就職してから落語家の道へ進んだ異色の経歴の持ち主。そのルーツは、ニューヨークで過ごした幼少期にあるといいます。

ニューヨークで過ごした幼少期(左側が立川志の春さん)
ニューヨークで過ごした幼少期(左側が立川志の春さん)  

 

「小学校3年生のときに家族の転勤で渡米し、約3年間をニューヨークで過ごしました。まだ英語を全く話せない状況で現地校に通い始めたので、当時は言いたいことも言えずに悔しい思いをしました。その経験から『このままじゃダメだ』と一発奮起。もとは内気で泣き虫な子どもでしたが、英語を習得するなかで自己主張をすることも覚えていきました。  

 

勤めていた商社を退職して落語家になることを決心できたのも、子どもの頃に度胸がついたからこそだと思います。周りには『商社を辞めて落語家になるなんて』と引き止められたのですが、英語を話せないまま教室に足を踏み入れたあのときほど怖いものはないなと。一生をかけてやっていきたいと思った落語の世界に、飛び込まない選択はありえませんでした」  

 

「TENSHIKIは日本の宝だ」という言葉に励まされ、英語落語にも注力

イェール大学在学中は、ラグビー部で活動(左側が立川志の春さん)
イェール大学在学中は、ラグビー部で活動(左側が立川志の春さん)  

帰国後は千葉県で中高時代を過ごし、アメリカの大学へ進学しました。大学卒業後は、これまで磨いてきた英語力を活かして商社に入社。働き始めて3年目のときに立川志の輔さんの落語に感銘を受けたのをきっかけに、落語の門を叩きました。  

 

「落語界における育成法は、あえて“教えない”のが特徴です。アドバイスやヒントは与えず、褒めるよりも否定する。そうすることで本人に考えさせるんです。また、見習いの頃はとにかく基本に忠実であることが重要で、一人前になるまでは個性を出すことも自己主張も認められません。初めての環境に難しさを感じることもありましたが、『この人に認められたい!』という師匠と出会えて、迷いや後悔は全くありませんでした」  

 

初めて英語落語を披露したのは、前座(※)の頃のこと。おならのことを意味する「てんしき」という言葉を知らなかった和尚さんが知ったかぶりをして、それとなくその意味を探っていく「転失気(TENSHIKI)」という演目を演じました。  

 

「前座時代に師匠志の輔が日本人と外国人のお客さんを前に英語落語を披露する企画があり、『お前は英語が話せるから、前座でやってみろ』と。そこで『転失気(TENSHIKI)』を英語で披露したところ、それまで全くウケなかったのに、その日だけはどっとウケたんです。あまりの奇跡に、僕も師匠もびっくりして(笑)。まだ力量のない自分がこんな安易で危険なものに手を出してはいけないと、一度封印したんです」  

 

英語落語にも注力するようになったのは、二ツ目に昇進してからのこと。きっかけは、シンガポールの『国際ストーリーテリング・フェスティバル』に招待されたことでした。  

 

「そのイベントで英語落語をやったところ、同じ参加者の方から『転失気(TENSHIKI)は日本の宝だ』という嬉しい言葉をもらったんです。大きな手応えを感じ、それからは英語落語にも積極的に取り組むようになりました」  

 

(※)落語家において修行・見習い期間に相当する階級

 

普遍的なテーマを描いているからこそ、時代と国を越えていく    

笑いと人情は世界共通!?立川志の春さんに聞く「英語落語」の世界

「転失気(TENSHIKI)」は、クスッと笑える滑稽噺ではあるものの、前座時代やシンガポールのイベントで英語で演じた際の盛り上がりぶりには驚いたという志の春さん。落語を通して生まれる“笑い”や“共感”は、海を越えて国外にも通用するものだと語ります。  

 

「私の大師匠(師匠の師匠)である立川談志は、『落語とは人間の業(ごう)の肯定だ』という言葉を残しています。人間のみっともなさやだらしなさを肯定してくれるものが落語なんだと。転失気でいえば、つい知ったかぶりをしてしまう人間くささを肯定して面白がる感覚が、国際的にも通じているのだと感じます。  

 

江戸時代に生まれた噺で現代の人たちも笑っているわけですから、滑稽話にしても人情噺にしても、古典落語は普遍的なテーマを備えているといえます。落語は、人間が深いところで共感できるものを内包しているんです。日本国内で何百年という時間を越えてきたコンテンツですから、海を超えるのだって難しくないだろうと。英語落語を演じてそう実感しました」   

 

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