ネタ選びや表現の工夫で、噺の本質を伝える  

アメリカ、イギリス、中国、マレーシア、ポーランドなど様々な国で英語落語を披露してきた志の春さん
アメリカ、イギリス、中国、マレーシア、ポーランドなど様々な国で英語落語を披露してきた志の春さん

英語落語を演じるうえで志の春さんが大事にしているのが「ネタ選び」と「リズム感」です。  

 

「これまで、演目選びにはかなりこだわってきました。落語は言葉遊びをもとにした噺も多いのですが、海外の方向けに演じるときには避けています。逆に、夫婦や親子の情を描いた話など、普遍的なテーマに着目して選択することが多いです。  

 

演目が決まったら英訳して演じるわけですが、そこで重要となるのがリズム感です。言葉は英語でも、江戸の空気や落語の雰囲気を感じてもらえるようなリズムで話すことを意識しています」  

 

そのほか、英訳の仕方にも注意が必要とのこと。タブーな表現を避けつつ、江戸時代の文化や風習の伝え方にも細心の注意を払います。  

 

「古典落語が成立した時代と現代とでは、価値観や倫理観が大きく変わっています。ひとつのタブーによって噺が台無しにならないよう、英訳では海外のお客さんを想定して工夫を加えています。古典落語にルッキズムの要素があるときには、表現を変えるようにしていますね。  

 

江戸の文化や風習については、解釈をずらして伝えるだけでグッとわかりやすくなるんです。例えば長屋であれば、どんな建物であるかを説明するよりも、庶民が共同生活を送っている『江戸版シェアハウス』だと表現した方がわかりやすいですよね。長屋がどんな家なのかは物語の本筋とは関係ありません。伝えたいことの本質を考えた表現に起こしていくことを意識しています」   

 

日本文化の枠を越え、世界に通用する“エンタメ”として落語を広めたい

英語落語を披露したケンブリッジ大学にて、モレッティ教授との1枚
英語落語を披露したケンブリッジ大学にて、モレッティ教授との1枚   

 

 

英語落語については、海外のお客さんからは好意的な反応やコメントが数多く寄せられているそう。一方で、海外では王道の話芸であるスタンダップコメディとの違いに難しさを感じることもあるといいます。  

 

「落語は、ナレーターとしての自分が消える話芸なんです。まくら(落語の本題に入る前の小噺のようなもの)が終われば、あとは情景や会話を見せていくことで、より力強い脳内イメージをつくっていくわけです。これは落語の強みである一方、王道のスタンダップコメディとの大きな違いでもあります。また、政治批判など必ずしも大人向けではなく、年齢問わずみんなが楽しめるのも落語の魅力です。  

 

落語の話芸スタイルはまだあまり親しまれていないぶん、浸透するまでにはもう少し時間がかかりそうですが、日本のコメディとしての落語をさらに海外に広めて行きたいと思っています。まだ日本のカルチャーという枠に収まってしまっていますが、落語は世界のエンタメとして通用する可能性があると信じています。カルチャーの壁を越えたエンタメとして打ち出していきたいんです」  

 

現在、日本で活躍している落語家は1000人ほど。そのうち英語落語を演じているのはほんの数名しかいません。しかし、そんな状況だけにやりがいもあるようです。  

 

「そもそも英語を話せる人の多くは、僕のように突然『落語家になろう』とは思わないでしょうね(笑)。ただ、商社にいて英語を話せる人はごまんといても、落語家で英語を話せる人は滅多にいません。だからこそ自分の道を切り拓いていける面白さもあると感じています」

 

笑いはある種の自己表現。自由に落語を楽しんでもらえたら

これまで国内外で高座に上がってきた志の春さん。お客さんが笑う際のリアクションの違いについても、とある発見があったと語ります。  

 

「海外で落語をやっていると、お客さんのリアクションの違いを感じることがあります。例えば、日本の寄席で自分ひとりだけ笑ってしまったら『笑う場所を間違えたかな?』と引け目を感じてしまいませんか?一方で、海外のお客さんは自分が感じたままに堂々と笑っているんですよね。『周りは気づいてなくても、自分はこのジョークがわかったぞ!』と言わんばかりの笑い声で、どんどん笑いが加速していきます。  

 

笑いは、ある種の自己表現でもあるんですよね。『私はこれを面白いと思った』ということに、もっと自信を持っていいと思っています。落語の楽しみ方は人それぞれ。空気を読む必要は全くないので、自由な面白がり方をしてもらえたら嬉しいです」  

 

最後に、英語落語に興味を持った親御さんとお子さんへのメッセージをお聞きしました。  

 

「ぜひ自分なりに落語を覚えて真似して、家族や友人、周りの人を笑わせてみてください。会話スタイルの落語は話すコミュニケーションの練習にもなりますし、誰かを笑わせることで成功体験にもつながるはずです。  

 

また、落語は台本を頭に入れてお客さんの反応を見ながらやっていくものです。その点、スピーチやプレゼンをする際にも役立つと思いますね。台本なしで相手の目を見ながら伝えるだけで、スピーチの印象は大きく変わってくるものです。落語を聴いたり実際に演じてみたりすることで、相手に響く伝え方のヒントが得られるかもしれません」      

【取材協力】 
立川志の春 
1976年大阪府豊中市出身。幼少期の3年間をニューヨークで過ごし、帰国後は千葉県柏市で学生生活を送る。イェール大学卒業後、三井物産に3年半勤務し、落語家の道へ。2002年に立川志の輔一門の3番弟子として入門。2011年に二つ目昇進、2020年に真打昇進。古典落語や新作落語に加えて英語落語にも挑戦し、国内外で活躍の場を広げている。
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