
日系企業に勤める夫・イチロウと妻・ミナ、長女・ウミは、2018年2月から中国・広州での駐在生活をスタートした。ミナは、コロナ禍による2年間の一時帰国中に長男・リクを出産。現在は、広州に戻り、家族4人で暮らしている。渡航前は大気汚染や反日感情への不安を抱えていたが、実際に中国で生活してみると、そこには温厚な人々と日本とは異なる価値観との出会いがあった。前編では、駐在が決まったときの心境から、広州での生活の立ち上げ、子どもたちの教育環境について聞いた。

日系メーカーに勤務する父・てつおと母・けいこは、長女・めいこ、次女・えいこと共にアメリカ合衆国テキサス州ダラスで2018年6月から2022年3月まで4年間の駐在生活を経験した。コロナ禍を挟んで、世界が大きく変化した時期だった。ふたりの娘は近隣の現地校に通い、地域コミュニティとの交流を通して、日本では得られない多くの経験を重ねた。後編ではコロナ禍での学校生活や子どもたちの帰国後の変化について詳しく聞いた。

日系メーカーに勤務する父・てつおと母・けいこは、長女・めいこ、次女・えいこと共にアメリカ合衆国テキサス州ダラスで2018年6月から2022年3月まで4年間の駐在生活を経験した。コロナ禍を挟んで、世界が大きく変化した時期を家族4人で楽しみながら乗り越えた。ふたりの娘は近隣の現地校に通い、地域コミュニティとの交流を通して、日本では得られない多くの経験を重ねた。海外生活で得たもの、子どもたちの成長、帰国後の変化について聞いた。

生まれてから約13年間をサンディエゴで過ごしたマコ。現地校とサンディエゴ補習授業校みなと学園に通いながら、日本とアメリカの文化や言語に触れて育った。しかし、コロナ禍によりさまざまな制限のある生活を余儀なくされた。そして2023年、日本への帰国が決まり、マコにとって初めての日本での生活がスタートするが、新しい環境への適応に戸惑うこととなる。帰国後から現在までの生活、そして改めて感じる両国での生活を通して得たものについて、マコと母ハルミに話を聞いた。

アメリカ・サンディエゴで暮らす父ヒロユキと母ハルミ。そして、同地で生まれたマコは、5歳から13歳までの間、現地校と週1回の日本語補習授業校に通いながら、アメリカと日本の2つの文化と言語の中で育った。ハルミもまた、マコと次女メイの子育てに励みながら、日本語補習授業校で教師として働き、現地の人たちとの交流にも積極的に取り組んだ。今回は、家族で過ごしたサンディエゴでの日々について、ハルミとマコに当時を振り返ってもらった。

教員の母の転勤をきっかけに、小学生の3年間を台湾・高雄で過ごしたメグカ。現地での生活は、彼女に人格を形成する上で大きな影響を与えた。現在、美術学部建築科4年生のメグカは、卒業制作として地元の町をテーマに学校建築の模型を設計。海外での学びや挑戦を通じて、教育と建築をつなぐ独自の視点を育むメグカに、将来の目標を聞いた。(仮名)

海外赴任を経験した様々な家族のストーリーを紹介します。大学で建築を専攻するメグカは、教員である母の転勤をきっかけに、小学校4年生から6年生までの3年間を台湾・高雄で過ごした。現地の日本人学校での学びや中国語の習い事、異文化での暮らしは、小学生だったメグカに多くの刺激を与えた。海外生活の中で芽生えた教育への関心と建築への思い、その原点となった台湾での3年間を振り返る。(仮名)

脳科学の研究をする夫カズキと妻ミホは、アメリカ・バージニア州で3年間を過ごした後、長女マイカと次女サヤカを連れてイスラエルに引っ越す。ミホは慣れない文化や言葉の中、「日本人として子どもを育てるとは何か」を問い続け、子どもたちの言語やアイデンティティに向き合ってきた。戦争の中を生き抜き、日本へ帰国するまでの家族の軌跡を振り返る。(仮名)

大学で脳科学の研究をするミホは、同じく研究者である夫カズキとともにアメリカとイスラエルで約9年間の海外生活を経験した。アメリカでは長女マイカと次女サヤカを出産し、はじめての子育てを経験する。日本とは異なる育児方法やシステムに戸惑いながらも、研究所や保育園のサポートを受け、仕事と子育てを両立する日々を送った。その後、イスラエルへの引っ越しが決まり、それまでの人生では触れたことのない文化や言葉の壁にぶつかることとなる。(仮名)

コンサルティング企業の経営者である母・佳子は、独立前の会社勤務時代にシンガポール現地法人を立ち上げを自ら提案し赴任、家族4人で計8年間の駐在生活を経験した。長女・リノ、次女・ミリーの育児を父・健一が主に担当する現地での日々。インターナショナルスクールに通っていた子どもたちは、高校卒業後、海外で学ぶ未来を選んでいく。両親とともに海外に飛び出した娘たちは、シンガポールで何を学び、何を得たのか——。母親の海外赴任に家族が同行する新たな時代の海外駐在の物語。

経営や人材開発に関するコンサルティング企業の代表を務める母・佳子は、独立前の会社勤務時代にシンガポール現地法人の立ち上げを自ら提案し赴任、家族と一緒に計8年間の駐在生活を経験した。赴任にあたり家族に相談すると長女・リノと次女・レイは、「ママと一緒に行く」と即決。大学の研究員だった父・健一も「1年くらいなら」と同行することになり、そのまま8年間のシンガポール生活に突入する。両親とともに海外に飛び出した娘たちは、現地で何を得たのか? 母親の海外赴任に家族が同行する新たな時代の海外駐在の物語。

海外赴任を経験した様々な家族のストーリーを紹介します。新聞社に勤務する夫ヒロシと妻ユミは、長男コウタロウ、長女ミナミと共にアメリカ・ワシントンDCで3年間の駐在生活を経験した。コウタロウは小学校5年から中学校2年まで、ミナミは小学校1年から4年までを近隣メリーランド州の現地校で過ごし、たくさんの友達ができた。3年間のアメリカ生活を経て、帰国した子どもたちは、地元の公立校に戻るが、ミナミはカルチャーギャップに苦しむことに。それでも間もなく日本社会に順応し、自分の居場所を見つけて行った。帰国後に改めて感じる「駐在生活で得たもの」について詳しく聞いた。(仮名)