日系企業に勤める夫・イチロウと妻・ミナは、2018年2月から中国・広州での駐在生活をスタート。現在も長女・ウミ、長男・リクと一緒に海外生活を続けている。前編では、渡航前の不安から生活の立ち上げ、子どもたちの教育環境について紹介した。後編では、日本語・英語・中国語の3言語を行き来しながら育つ長女の現状、地域コミュニティとの交流、そして駐在員パートナーとしてのミナ自身の挑戦について詳しく聞き、これから海外生活を始める家族へのメッセージをいただいた。
(取材・執筆:ミニマル丸茂健一)
家では日本語、学校では英語、外では中国語
ウミは現在、日本語・英語・中国語の3つの言語のなかで暮らしている。家庭では日本語、インターナショナルスクールでは英語、そして街中や習いごとでは中国語——。切り替えているという自覚すらないほど、自然に使い分けているという。
インターナショナルスクールの通常授業は英語で行われる。加えて、母語のクラスとして日本語の授業が週に数回ある[AU3]。英語のレベルに応じたグループ分けもあり、まだ英語に慣れない子は授業中に別の先生から個別のサポートを受けられるなど、一人ひとりに合わせたフォロー体制が整っている。
「英語ができないとフォローしてくれる先生がいて、みんな、英語ができるようになっていく。プールも泳げる子・泳げない子・普通の子で3つのグループに分かれていて、自分に合ったところで練習できます」(ウミ)
9日間のダンス合宿、中国語だけの日々に飛び込む
.png)
ミナがウミのたくましさに驚かされたのは、2025年の夏のこと。夢中になっているジャズダンス教室で、9日間の合宿が行われた。当時ウミは小学校3年生。参加者のなかで日本人はウミただひとり、まわりはすべて中国人の子どもたちで、寝食をともにしながら、すべて中国語でコミュニケーションをするという環境だった。
「本人は、なんとしてもこの合宿に参加したい!の一点張りで……。娘以外は全員が中国人という中に、自分から飛び込んでいったのです。歌も振り付けも中国語。そこに行きたいと自分で選んで飛び込んでいく姿を自分の子ながら頼もしいなと思いました」(ミナ)
ウミにとっては、過酷な日々でもあったが、中国語が話せることで友達の輪はぐっと広がった。「中国語がしゃべれると、すごい人数の友達ができる」とウミは得意げだ。幼稚園時代に中国語漬けの環境で過ごした下地がこうした場面で確かに生きている。言語の切り替えにまつわるエピソードはまだまだある。インターナショナルスクールの友達の誕生日会では、中国語しかわからないハンドメイドショップ店員の言葉をウミがさっと英語に訳して友達に伝えていたという。
「大人にはとても真似できません。日本語で考えて、それを英語にして……ではもう追いつかない。脳の仕組みそのものが違うんだなと感じました」(ミナ)
.jpg)
「枯渇感」が育てた日本語の本を読む習慣
3言語環境で育つウミだが、日本語・英語との向き合い方に海外ならではの悩みもある。日本語も英語も会話は得意な一方で、読み書きには苦手意識があるという。また、興味深いのは、日本語の本への強い渇望だ。ウミは休み時間の10分でさえ、日本語の小説を手放さない。
「家にある数少ない日本語の本を読むしかないんです。夏休みもずっと読んでいます」(ウミ)
中国では日本の新しい本が手に入りにくく、その「枯渇感」がかえって読書への意欲をかき立てているようだ。日本人の“ママ友”が日本から持ち込んだ蔵書を貸してくれることもあり、読む本が途切れることはないが、日本への一時帰国のたびに書店へ足を運んでは、日本語の本を買い込んでいるという。
「日本の小学生は、なかなか本を読まないと聞きます。それを思うと、日本語の本を読みたがるのは、ここはとてもいい環境なのかもしれませんね」(ミナ)
.jpg)
リクはローカル幼稚園で3年間を過ごし、中国語の環境にどっぷり浸かって育った。「中身は中国人だね」と言われるほどだった。本人も気づかないうちに、日本と中国、2つの視点を自然に併せ持っている。リクはきっと日本人と中国人を区別して考えることはないだろう。無人の自動運転バスやタクシーが当たり前に走り、スマホ1台で何でも届く——日本のすぐ隣の国にそんな都市があることを子どもたちが肌で知っている。それは大きな財産だとミナは感じている。
自分を大切にしていい——中国のママ友から学んだこと
海外での暮らしは、母であるミナ自身の生き方も変えていった。はじめての広州生活で親しくなった中国人の“ママ友”の姿は、とりわけ大きな刺激になったという。
「基本的に料理や家事はしない、子どもが小さくても仕事をしながら大学院にMBAを取りに行く、仲間とマラソンをするために子どもを預けて何泊かの旅行に出かける……。富裕層だからできることかもしれませんが、そういう母親が実在することに驚きました。みんな、自分の人生をしっかり生きている。それを見て、日本人の駐在家族には、自分を犠牲にしている人がとても多いことに気づきました。もっと自分を大切にすべきだと中国に来て気づいたのです」(ミナ)
共働きが当たり前で、祖父母が孫の面倒を見る仕組みが根づいている中国では、女性が管理職として活躍する姿も珍しくない。「実は見習うべきところが本当にたくさんあります」とミナは力説する。
.jpg)
こうした気づきは、彼女自身の活動にもつながっていく。もともと人材業界の企業で働いていたミナは、渡航前から働く人を対象にした支援事業に携わっていた。そこで広州でも、オンラインで海外在住者と交流を始め、駐在員パートナー向けに「ストレスケア講座」や交流会を開くようになる。湿気と暑さで思うように外出できない妊娠・子育て期を経て、現在もオンラインで活動を継続中。カウンセラー資格は取得していたものの、まだ経験を積んでいる途中だったからこそ、気負わずに始められた活動だったという。
駐在の悩みを1冊に——経験を分かち合う本づくり
オンラインでの交流を重ねるなかで、ミナのもとには、駐在員パートナーたちの数えきれない悩みの声が寄せられた。それを1冊にまとめたのが、2025年5月に出版した電子書籍『駐在家族の地球の暮らし方:異国の地を心地よく 244人のリアルな声から厳選!渡航前・渡航中・本帰国後を乗り越えるストーリー&ヒント集』だ。世界中から8人の仲間を募り、244人へのアンケートをもとに、渡航前・渡航中・帰国後それぞれの悩みと、その向き合い方のヒントを書き出した。
「中国に来ていなければ、こんな本を書くことはなかったと思います。行ったこともない人には、海外駐在がどんなものか、まったく想像がつかないですよね。つまずいたとき、困ったときに、お守りのように使ってもらえたら、そこから次の一歩を踏み出せるのではないかと思って書きました」(ミナ)
現在は、次のテーマとして「子どもの気持ち」に取り組んでいる。すでに150人ほどの協力者が集まり、駐在を経験した子どもたちの声をまとめようとしているところだという。
海外駐在生活が家族にくれたもの
2年間の一時帰国を挟み、6年以上におよぶ広州での暮らしは、家族に何をもたらしたのか。ミナが真っ先に挙げたのは、「一緒に過ごす時間の長さ」とそこから育まれた絆だった。
「海外だからこそ、家族が一緒にいる時間が長い。絆がすごく深まったと思います。2度目の中国入国時には、規定による3週間の隔離期間があって、部屋から一歩も出られませんでした。外が大好きな私は大丈夫かなと不安でしたが、家族が一緒にいてくれたおかげで、あの3週間も嫌なものにはならなかったのです。むしろ楽しかったくらいで(笑)。家族全員に安心感があるからこそ、それぞれが新しいことに挑戦できているのだと思います」(ミナ)
ウミにとっても、広州での日々はかけがえのないものになっている。「日本人の友達もいるし、インターの友達もいる。友達の数は絶対に多い」と笑顔で答えてくれた。一方、慣れない海外生活のなかで、ミナがずっと心がけてきたことがある。それは「すべてを自分一人でやろうとしないこと」だ。
「日本で仕事ができる優秀な人ほど、何でも自分でできてしまう。でも海外では、普通のことができないことも本当に多いんです。それを全部一人で抱え込もうとすると、うまくいきません。誰かに頼りながら協力できる関係をつくって、日本人コミュニティとも上手に距離を取りながら活用して、現地の人とも交流して……。自分が心地よいと思える居場所を現地でもつくっていくことが大切です」(ミナ)
夫は職場に、子どもたちは学校に居場所がある。けれど、駐在員パートナーは自分から動かなければ、たちまち孤独になってしまう。スマホ1台あれば、宅配サービスを利用して、家から一歩も出ずに暮らせてしまう中国だからこそ、意識して外へ出ることが大切だとミナは言う。各国の駐在員が数多く住む広州には、日本食を含む世界中の料理を楽しめるレストランがある。広東料理自体の味付けもやさしく、野菜やフルーツも種類豊富で、「食は広州にあり」と言われるほど食文化は豊かだ。湿気や暑さに対するセルフケアは必要だが、自分なりの趣味を広げる環境も整っている。そして、世界が注目する今の中国を知ることは、子育てをする上でも貴重な経験になるのは間違いない。最後に、これから海外生活を始める家族へのメッセージをウミとミナの2人からいただいた。
「これから中国に行くことになって、怖いなとか心配だなと思っている人がいたら——心配しなくて大丈夫です。すぐ友達もできるから、そんなにオーバーに考える必要ないよと言いたいです!」(ウミ)。
「海外生活は、思い通りにいかないことの連続です。我が家も当初は3年の予定が5年になり……、帰国の時期も何度も変わっています。自分で決められることもあれば、決められないこともある。そのなかで、流れにうまく身を任せられる術を身につけられると、すごく楽になるのだと思います。人との違いや思い通りにならないことを気にしすぎず、現地でしか味わえない豊かさを家族みんなで楽しんでほしいですね」(ミナ)。
.jpg)
駐在家族の悩みと向き合い方をまとめた電子書籍『駐在家族の地球の暮らし方: 異国の地を心地よく 244人のリアルな声から厳選!渡航前・渡航中・本帰国後を乗り越えるストーリー&ヒント集』はこちらから購入可能。
.png)






