【質問】 帰国後、子どもの日本語力のなさに焦っています。時間が解決してくれるのでしょうか。
はじめに
海外で現地校やインターナショナルスクールに通い、日本語や日本の勉強をする時間を十分にとれなかったというご家庭の場合、帰国したときに日本の学校の勉強についていけるかどうか、心配になるのは当然です。お子さんの日本語力、生活言語(日常会話)と学習言語について、海外生活が長くなればなるほど気になるところが出てきて、特に漢字の学習に課題を感じているご家庭もあるのではないかと思います。
文部科学省によると、公立学校における日本語指導が必要な日本国籍児童生徒数は、令和5年度で11,405人です。その10年前と比べると、1.4倍に増えています。この数字は、帰国生が各都道府県に帰国する1年間の人数とほぼ同じで、意外と多くの帰国生が日本語指導を受けていることがわかります。その内訳は、小学生が多く約72%、中学生が約23%、高校生が約5%です。

時間が「解決してくれること」と「解決してくれないこと」
結論からお伝えしますと、「日常会話(生活言語)」の課題は時間が解決してくれますが、「授業や受験に必要な日本語(学習言語)」の課題は、時間が経つだけでは解決しません。むしろ、何も対策をせずに時間だけが経過すると、学年が上がるにつれて周囲との差が広がり、取り返しのつかないレベルで学習が遅れてしまうリスクがあります。
時間が「解決してくれること」と「解決してくれないこと」の境界線は以下の通りです。
「時間が解決してくれること」(生活言語の領域)
- 日常のやり取り: 友達との雑談、挨拶、LINEのやり取り、学校のルールの把握。
- 音声の聞き取り: 日本語のスピードに耳が慣れること。
- 期間の目安: 日常会話に課題がある子でも、日本の学校に編入すれば、おおむね1~2年で同級生と変わらないレベルまで自然と回復します。
「時間が解決してくれないこと」(学習言語の領域)
- 抽象的な語彙力: 評論文に出てくる概念(「客観的」「アイデンティティ」など)の理解。
- 論理的な記述力:自分の意見を正しい助詞(てにをは)や段落構成で書く小論文の力。
- 日本の背景知識: 国語の文学的文脈、歴史・公民の基礎知識。
- 期間の目安:これらを同年代の日本国籍の生徒と同等に扱えるようになるには、5~7年の意図的な学習指導が必要と言われています。
初めて海外渡航し、現地校やインターナショナルスクールで英語の学習環境に入った場合、生活言語としての英語を習得するのに約2年、学習言語としては3年から5年かかるといわれています。同じように生活言語や学習言語としての日本語を習得するのにもある一定の期間が必要になります。

学校生活での戸惑い
現地校やインターナショナルスクールに長期間在籍したお子さんが、日本の学校に編入した際に直面する「学校生活での戸惑い」を発達段階別にお伝えしましょう。
外見が日本人であるため周囲からの配慮が得られにくく、内面に大きなギャップを抱えやすいのが特徴です。いくつか例を挙げます。
1.小学生
感情のコントロールや日本の「細かなルール」への適応が中心となります。
- 「みんなと違う」ことへの恐怖: 授業中に現地校と同じように積極的に発言すると「目立ちたがり屋」と見られたり、漢字が書けないことでからかわれたりして自信を失います。
- 「お掃除」や「給食当番」の文化: 自分の机の周りだけでなく、全員で教室を掃除する、全員で同じものを残さず食べる、静かに食べる(黙食など)という集団行動のルールに息苦しさを感じます。
- 言葉のニュアンスによる誤解:「からかい」と「いじめ」の区別がつかなかったり、自分の感情を適切な日本語で説明できなかったりしてストレスを感じます。
2. 中学生
思春期特有の「同調圧力」や、慣れない上下関係に拒絶反応が起きやすい時期です。
- 部活動の上下関係と敬語:先輩に対する敬語、理解に苦しむ部活のルール、先生に対するフレンドリーではない対応に違和感を抱きます。
- 「空気を読む」プレッシャー:自分の意見をはっきり主張すると「自己中心的」「生意気」と捉えられ、周囲の顔色をうかがって発言を控えるようになり精神的に消耗します。
- 「英語ができること」への嫉妬と視線:英語の授業で発音を褒められると周囲から浮いてしまうため、わざと下手に発音したり、授業がつまらなかったりして、不登校のきっかけになったりします。
3. 高校生
「大人のプライド」と「拙い日本語力」のギャップ、そして受験への焦りが心理的負担になります。
- アイデンティティの喪失感:現地校では「優秀で意見が言える生徒」だったのに、日本の高校では「日本語がたどたどしく、授業についていけない生徒」になってしまい、自尊心が傷つきます。
- 校則の細かさ: 髪型、服装、持ち物、スマホの持ち込み禁止など、個人の自由を制限する日本の校則に対して「なぜ?」が解決できず、学校への不信感が募ります。
過密なスケジュールと受験への対応:日本の高校生活の拘束時間の長さ(授業+部活+予備校)に体力が追いつかず、さらに「あと1~2年で小論文が書けるようになるのか」という不安に陥りそうになります。
学校生活を豊かにするために
担任の先生に、事前に「日常会話はできても文字の読み書きや日本特有の集団ルールの背景が理解できていない」ことを伝え、見守りと個別の声かけをお願いしておくとよいでしょう。公立中学校の「同調圧力」に違和感がある場合は、無理に馴染ませようとせず、周囲に帰国生が多く多様性を認める私立・国立の「帰国子女受入校」への環境変更も選択肢に含め検討してみてください。
また、強みを生かすために、長い海外生活で培った「高い語学力と国際的な視野」を長所としてさらに伸ばしていくことをお勧めします。その目的意識が本人の自尊心を守ります。

公立学校のサポート
帰国子女のお子さんの日本語力に不安がある場合、各自治体の教育委員会ではさまざまな支援体制を整えています。 発達段階ごとのサポート状況と具体的な支援内容は以下の通りです。
1. 小学生・中学生(義務教育段階)へのサポート
義務教育期間中は、在籍する地域の公立小・中学校を通じて手厚いサポートが行われます。
- 「特別の教育課程」による日本語指導:通常の授業から一部抜け出し別室で個別に日本語や教科の補習を受ける「取り出し授業」が実施されます。
- 日本語支援員・ボランティアの派遣:教育委員会から初期の学校生活をサポートする支援員や必要に応じて母語が分かる通訳・学習サポーターが学校に派遣されます。
- 教材・ICTの活用: 学校での生活習慣や初期日本語を学ぶためのタブレット端末や多言語対応の学習教材が用意されます。
2. 高校生へのサポート
高校は義務教育ではないため自治体や学校ごとに対応が異なりますが、近年は中途退学防止や進路保障のための支援が強化されています。
- 在籍校での日本語指導:公立高校へ「日本語支援員」や「帰国児童生徒等支援アドバイザー」を派遣する自治体が増えています。
- 多言語進路ガイダンス:高校卒業後の進学・就職に向けて、教育委員会や国際交流協会が連携し、多言語での進路説明会や個別相談会を開催しています。
- 入試における配慮:一部の都道府県公立高校や私立高校では、帰国生を対象とした「特別枠入試」や入試問題の漢字へのルビ振り、辞書の持ち込み、試験時間の延長などの措置が取られる場合があります。
※お住まいの地域によって具体的な制度や予算が異なるため、まずは籍を置く学校の先生、または地域の教育委員会へ直接お問い合わせください。

私立学校のサポート
私立学校では、帰国生の日本語力に応じた「取り出し授業(国際教室)」や「個別指導」が充実していて、段階的に日本の学習に適応できるようサポートが行われています。小学生から高校生まで、学齢や日本語力に応じたきめ細やかな環境が整えられています。
1.小学生(適応と言語のサポート)
日本の学校生活や学習習慣に慣れることを最優先とし、集団生活への適応を重視しています。日本語指導の専門教員による「取り出し授業」や教科学習での補習を個別に行う学校が多くあります。
2.中学生(教科学習と進路の基礎固め)
高校受験を見据え、国語や社会などの「日本語力が必要な教科」で特別な配慮や別カリキュラム(取り出し授業)が提供されます。基礎的な日本語運用能力を高めつつ、一般クラスへの合流を目指します。
3.高校生(大学進学・進路指導)
「帰国生枠」や「英語など得意科目を活かした入試」での大学進学に向けた特別指導が行われます。日本語力に不安がある場合でも、英語力など他の強みを伸ばしながら進路を確保できる環境が整っています。
終わりに
日本語力の不安に対するサポートをご紹介しました。市町村教育委員会や私立の学校ではその内容は様々ですので、直接ご確認ください。海外での経験は貴重な財産ですので、日本語力への対応をしながら、貴重な経験を活かして楽しく学校生活を送れるような取り組みを進めてください。
海外子女教育振興財団(JOES)では、帰国後の学校選択や教育相談を受け付けていますので、ぜひ、ご活用ください。

<回答者> 海外子女教育振興財団 教育アドバイザー 橋本 芳登(はしもと よしと) 日本とは文化も生活習慣も異なる海外での生活は、とても貴重な経験になり、その後の人生にも大きく影響を与えることだと思います。安心して海外での生活が送れるように教育相談を通して、ご支援したいと思います。 ・元大阪府公立学校校長
・元大阪府市町村教育委員会指導主事。
・元広州日本人学校教諭、ヨハネスブルク日本人学校校長
・2019年より現職







