【ロサンゼルス在住 岩井英津子さんによる現地の学校や生活を紹介するコラム】
ロサンゼルスの柔らかな光の中、初めて向かい合った河瀬さやか先生は、にこやかに微笑みを浮かべ、モード誌から抜け出たような洗練された装いに身を包み、しかし、揺るがない信念を表すような、どこか凛とした佇まいでした。
私が補習校専務理事として勤務していた時、学校で個別カウンセリングをしてくださる専門家を探していたところ、偶然にも河瀬先生のウェブサイトを拝見し、ご連絡を取ってお会いしました。
温かく誠実そうな雰囲気は、悩みを持つ保護者にとって安心して心情を吐露し、相談でき、また解決にまで導かれるであろうことを確信しました。実際にお会いして感じた温かさと誠実さは、のちにうかがった彼女の生まれ育った島根県・隠岐の島でのびのびと育ったという生い立ちと隠岐の島の風景とどこか通じるものがあったのかもしれません。
「日本とアメリカで通算すると20年ほど心理カウンセラーをしています」
そう語る声は穏やかであり、長い年月を誇るような響きではなく、「人の心に寄り添い続けてきた時間」を感じさせるものでした。

心理学への原点
河瀬先生は、埼玉大学教育学部で学んでいましたが、あるきっかけで心理学に興味を持ち、渡米。California State University(CSU)Long Beach校で学士・修士号を取得しました。CSU Long Beach校は、CSUのなかでもかなり学術的なレベルが高く、環境が良い大学です。また、キャリアパスや学術サポートシステムも整っていることから、心理学は特に人気で入学難易度の高い学部です。
同校での学びは、理論だけでなく、臨床と研究を実践に活かす訓練でもありました。
研究修了後、アメリカでのメンタルクリニックで勤務、そののち独立開業。着実にキャリアを積むなかで、2011年東日本大震災が起こりました。東北地方の壊滅的な様子をニュース・報道で見た河瀬先生は、何かをしなければいけないと感じ、すぐに行動することを決意。被災者支援のために、ロサンゼルスを拠点にNPO団体を立ち上げ、全米にいる日本語を解す心理カウンセラーに呼びかけ、18名を石巻に派遣しました。もちろんご自身も被災地に出向き、同年12月まで被災者の方々の心の支援をし続けました。その実行力と奉仕の精神には目を見張るものがありますが、さらに驚くことには、そのときまだ2歳になっていないお嬢さまを連れての支援活動だったことです。
臨床の現場でいつも「人の心に寄り添う」という一貫した実践的な哲学をもって被災地に向かいました。そして、この大震災における被災者の方々の心の動き、感情の揺れ、言葉にならない痛みを感じた経験から、NPO団体の活動の他に国立精神・神経医療研究センターおよび東京女子医大に所属。そこでは、トラウマに関する研究と臨床の現場にあたりました。ロサンゼルスに戻ったあともトラウマ治療とカップルセラピーを専門とし、また認知行動療法のアプローチを取り入れた実践カウンセリングもしています。
国境を超えるカウンセリング内容の変化
カウンセリング内容について何か時代とともに変化を感じることがありましたか、と尋ねてみました。
15年前、アメリカでの相談内容は日本とは大きく異なっていました。当然、文化、家族観、学校制度など、すべてが違えば悩みの形も違うということ。
しかし今、河瀬先生がはっきりと感じているのは、「心の悩みに国境はなくなってきている」ことだそう。
アメリカにも、日本と同様に不登校があり、引きこもりがあり、アニメ文化に親しむ若者がいて、もちろんジェンダーの問題も大きく、オンラインゲームの世界で国境を越えてつながる子どもたちがいる。
「日本人だから」「アメリカ人だから」という枠組みは、もはや相談内容を説明する材料にはなりません。
むしろ、「個、一人の人間としての困りごと」 が前面に出てくる時代になったということです。
若者の変化──「草食化」
若者の問題行動という点でも、河瀬先生は表層的なレッテル張りをさけながら、アメリカでは、若者のドラッグ使用は減ってきているのではないか、とみています。代わりに電子タバコ(ベイプ)が広がっているとのこと。
その理由は、「高校生は忙しくて、ハードドラッグに手を出す余裕がないんですよ」と、先生は少しだけ笑いながら語る。つまり、健全になったということでもなく、社会の抱える問題や課題などの環境の変化なのでしょうか。もちろん、依存性の高さや気分の高揚感など、ベイプの危険性は決して小さくありません。若者たちは、攻撃的になるより内側に閉じこもって、どちらかというと草食化ともいうべき「おとなしい」傾向は、そんな社会全体の変化を映し出しているようにも感じられます。
国籍を超えて存在する痛み
「若い人は、皆さんが思う以上に「消えてしまいたい」気持ちを抱えていることが多いです。」と教えてくれる。
その背景には、「自分なんかいない方がいい」という自己否定が静かに積もっていく構造がある。自己否定の理由は様々。
リストカットする若者は日本にも見られるが、それは必ずしも「死にたい」という願望からではなく、心の痛みを身体の痛みに置き換えるための行為であることも多いとのこと。
河瀬先生は、カウンセリングに来た若者の様子をさりげなく、でもしっかりと確認する。手首の包帯やブレスレット、長袖の下に隠された傷を見逃さない。太ももに傷があるケースもあるとのこと。しかし、それを暴くのではありません。慎重に、丁寧に寄り添いながら心の糸をほぐす作業を進めていきます。
診断されることの「安心」感
発達障害に関する相談は、日米ともに増えているようです。
特に日本では、情報過多が親の不安を煽り、子どもの問題行動から「発達障害ではないか」という相談が多いそうです。保護者は、子どもの現地校や補習校などで担任の先生から注意を受けると、極端に不安になります。
「診断名がつくことで安心する親御さんもいます。でも、診断名はゴールではなく、スタートです」
薬物療法についても、先生は感情論ではなく、メリットとデメリットをデータと経験から丁寧に説明する。子どもへの薬物療法は、慎重にそして緩やかに進めていくことが多く、すぐに効果が現れるような強いものをいきなり処方するようなことはありません。
薬を飲むかどうかは本人と家族の選択ですが、うまく適する薬に出会うと集中力が高まり、学習効果はかなりあるということです。
一方で、他のクリニックで強すぎる薬を処方された子どもが元気をなくし、親が新たな心配の種を持ち、河瀬先生のクリニックの門をたたくこともあります。
カウンセリングは「チームプレイ」だと河瀬先生は強調します。親と専門家がしっかりと子どもを見て、相談し、話し合って健全な育成を手助けすること。
「子どものカウンセリングは嘘がありません。合わないと、まったく効果が出ない。
でも、合うとスルスルと、驚くほど良くなっていきます」
その言葉には、長年の経験からくる確信と、子どもたちへの確かに育つ大きな可能性に河瀬先生の子ども達への深い敬意がにじんでいます。
「寄り添う」ということ
河瀬先生の講演や寄稿する記事の中で、先生は一貫してこう語っています。
• 子どもの気持ちを「代弁」しないこと
• 親の不安を子どもに乗せないこと
• 完璧を求めないこと
• 大人がルールをしっかりと守ること
• 子どもの「困り感」を一緒に見つけること
特に印象的なのは、
「親御さんは本当に頑張っています」という言葉。
責めるのではなく、現実をともに見つめ、寄り添い、そのうえで「できること」を一緒に探す。それは、河瀬先生の誠実さそのもの。初めてお会いした時に感じた凛とした佇まいと確かに重なりました。
境界線の向こう
「クリニックに来た時にとても落ち込んでいた人が、明るく元気になって、次のステージへと羽ばたいていくのを見るのが本当に嬉しく感じます。」
その言葉に、河瀬先生のカウンセラーとしてのすべてが凝縮されていました。
世代や国境を越え、文化を越え、時代が変わっても、人は人として悩みを持ち、そしてその「人が悩みを克服していく瞬間」を見届ける喜びは変わらないでしょう。
私自身、河瀬先生からいただいた多くの言葉で、今の私があることを感じています。
岩井英津子(いわいえつこ)
国際教育アドバイザー。USJP Rockwell Education & Beyond 代表。アメリカロサンゼルス在住40余年。商社の女性駐在員として渡米し、退社後、永住権取得。補習校の教員として小学校中学校の指導歴20年、学校管理職10年および専務理事として補習校経営10年、在外子女教育に従事。2024年よりJOESの国際広報を担当。







