2025年1月7日
特集

美術系大学・学部の帰国生向け入試って?

帰国生の中には、一般の大学だけでなく美術系大学や美術系学部への進学を目指す生徒も多くいるでしょう。そうしたニーズに応え、各大学では帰国生向けの入試が展開されています。しかし、美術系大学・学部には一般の大学とは異なる対策が求められるはず。今回は、美術系大学・学部への進学サポートを行う代々木ゼミナール造形学校の石川聡先生に、日本の入試の特徴をヒアリング。

さらに、多摩美術大学・筑波大学芸術専門学群の入試担当者と帰国生向け入試に合格した学生に、受験のポイントや対策についてじっくり話を聞きました。

(取材・執筆:ミニマル上垣内舜介)

 

代々木ゼミナール造形学
■多摩美術大学
■筑波大学 芸術専門学群

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

代々木ゼミナール造形学校に日本の入試の特徴を聞きました

なぜ日本の大学で美術やデザインを学ぶのか? その理由を明確にすることが重要

代々木ゼミナール造形学校 デザイン・工芸科 石川聡先生
代々木ゼミナール造形学校
デザイン・工芸科 石川聡先生

 ——海外で生活してきた帰国生にとって、日本の美術系大学・学部入試に関する情報を手に入れることが難しいという話を聞きました。そこで、一般的な仕組みや特徴について改めて教えていただきたいです。

 

日本の美術系大学・学部の入試では、基本的に実技試験と学科試験の2つが課せられます。実技試験では共通してデッサンを必須とし、それに加えて志望する専攻に関連した表現を個別の課題で判定するところが多いです。学科試験は、国語と英語の2科目を実施することが一般的です。これらは美術系を志望する日本の受験生にとって、身につけるべき実技力と学力。対策として高校時代から美術予備校などに通い、毎日の積み重ねで徐々に実力を伸ばしていきます。

 

帰国生については特別な形式の入試が用意されている場合もありますが、求められる能力については日本の受験生と同様です。入学後は同じ環境で学んでいくことになるので、美術に関する知識や技術はもちろんのこと、日本語能力についても身につけておくことが重要となります。  

 

 

——海外の大学では、これまでの作品をまとめたポートフォリオを提出することで合否が判定されることが多いと聞きました。

 

その通りです。美術には理論の面と感性の面があり、海外の大学では比較的感性の部分が評価される傾向にあります。一方の日本の大学では、試験を通じて勉強量や練習量に裏付けされた理論の部分をしっかりと評価するのです。もちろん、どちらの判断基準が優れているということはありません。しかし、幼い頃から作品制作に没頭し、高校卒業時点で独自のポートフォリオを提出できるような受験生は少ないのが事実。実際は進路を考えるタイミングで悩んだ末に、美術系大学を選択する生徒がほとんどです。そうした受験生であっても熱意と努力さえあれば誰もが同じ基準に沿って判定されるという点で、日本の美術系大学入試は非常に平等な仕組みであるといえるのではないでしょうか。  

 

 

——日本の美術系大学・学部を受験する場合、どのタイミングで美術予備校に入学するケースが多いのでしょうか?  

 

基本的には進路を決める高校3年生から美術予備校に通い始める生徒が多いです。生徒によっては高校1年次から目標を持って対策に取り組む場合もありますね。しかし、いくら実技の対策を重ねても学科試験で得点が伸びなければ合格できないのが日本の美術系大学・学部入試。そのため、学校の勉強と実技の練習、その両方にバランスよく取り組むことが大切です。  

 

 

——美術系大学・学部に進学するメリットについてお聞かせください。

 

メリットついては、ファインアートを学ぶかとデザインを学ぶかでやや異なっていると考えています。

 

ファインアートは、自己の内面と向き合い、作品を通してメッセージを発信する能力が求められます。当然、その背景として美術の歴史や画材、色彩に関する知識も必要になる。いわば集合知ともいえる大学という環境で、こうしたアカデミックな知識を身につけられる点は大きな魅力です。

 

デザインについては、パソコンやソフトさえあればどこで学んでも同じだと思われるかもしれません。しかし、実際はデザイン分野に進みたい人こそ美術系大学・学部のメリットを享受できます。というのも、誰もが同じツールを用いているからこそ、発想力や芸術的な感性が浮き彫りになる分野だからです。単にソフトの使い方を学ぶだけではなく、デザインを通じて新たな挑戦をしたいという人にとって、大学はこの上ない理想的な環境であるといえます。 

 

いずれの分野にも共通しているのは、教授や同級生との交流を通じてさまざまな発見を得られる場所だということです。キャンパス内に多様な表現方法を追究する教員や学生が集まっていることで、分野の枠を越えるようなアイデアが生まれることもあります。

 

 

——美術系大学・学部を卒業した後は、アーティストやデザイナーになる道しかないのでしょうか?

 

それは違います。卒業後の進路は多岐にわたります。もちろんアーティストやデザイナーなど専門性の高い仕事を選ぶ人もいますが、企業のデザイン職でない部署に就職する卒業生も数多くいます。企業が彼らに期待しているのは、一般大学の卒業生とは異なる思考のプロセスです。芸術分野を学んだ学生は、理論と抽象の両面から物事を理解することができます。さらに、素材やデザインに関する知識も豊富なため、具体的な形にするところまで見据えてアイデアを出すことができるのです。「一般大学の学び+芸術的な学び」を修得しているといっても過言ではなく、進路は無数に広がっていると思います。

 

——日本の美術系大学・学部への進学を目指す帰国生にメッセージをお願いいたします。

 

帰国生の方には、日本の大学で美術を学ぶ理由を明確にした上で入試に挑戦してもらいたいです。世界の文化に触れてきた皆さんが、なぜヨーロッパやアメリカではなく日本の美術系大学・学部に進学するのか。そんな質問に対して、「この大学では〇〇を学べるから」「この大学で、〇〇先生から〇〇を学びたいから」「〇〇の研究に独自性があるから」といったように、具体的に説明できるようになっておいてほしいと思います。

 

(取材協力) 代々木ゼミナール造形学校

 

 

次のページ:多摩美術大学