石川県ふれあい昆虫館へ 

石川県ふれあい昆虫館(石川県白山市)
石川県ふれあい昆虫館(石川県白山市)

 

栗原さんの「イチ押し昆虫館」を聞いてみた。

 

「うーん、いろいろあるなあ。さっき話した伊丹市昆虫館はじめ、関西には歴史ある昆虫館がいくつもあります。関東ならやっぱり県立ぐんま昆虫の森かな。ここは、広大な森で昆虫採集ができます。もちろんキャッチ&リリースがお約束ですよ」

 

様々な館を思い浮かべていた栗原さんが、やがて「ここ!」と言ったのが石川県ふれあい昆虫館だった。

 

「数少ない県立の昆虫館です。自然豊かな白山山麓にあって環境は最高。飼育が難しいスズメバチの展示で矢島賞を受賞するなど、展示も素晴らしい。何より見事なのが蝶の温室です」

 

金沢から私鉄に乗って約1時間。鶴来駅から古い街並みを抜けて坂道を上がったところ、加賀の国一ノ宮として信仰を集める白山比咩神社に近い場所にある石川県ふれあい昆虫館、愛称「ふれこん」。訪問すると、企画展示係長の石川卓弥さんが出迎えてくれた。

 

石川県ふれあい昆虫館 企画展示係長 石川卓弥さん
石川県ふれあい昆虫館 企画展示係長 石川卓弥さん
精巧に作られたジオラマ
精巧に作られたジオラマ

まずは日本の雑木林ジオラマコーナーへ。    

 

「植物以外はすべてホンモノの標本です。葉っぱは本物から型をとってつくったそうです」と石川さん。昼から夕方、夜へと定期的に光が変わっていく様子が美しい。    

 

このほかに、サバンナ、熱帯のジャングル、ツンドラのジオラマもある。見比べると、生物の様相の違いが一目瞭然だ。  

世界の昆虫コーナー
世界の昆虫コーナー

続いて標本の部屋へ。約1500種約3000点の標本がずらりと壁を埋め尽くしている。    

 

「昆虫の色や形は単なる飾りではなくて、必ず意味があります。今まで生き抜いてきたわけですから、そのために役に立っているはずなんですよ」    

 

人間がまだその意味を知らないだけなのだ。    美しく彩られた蝶とくすんだ色の蛾。「光のある昼に飛ぶものが鮮やかな色彩を持つ」と聞くと、敬遠しがちだった蛾にもがぜん親近感がわく。

昆虫の知恵には驚くばかり
昆虫の知恵には驚くばかり
ガラス越しに見るビオトープ池。虫はシール
ガラス越しに見るビオトープ池。虫はシール

「昆虫の知恵」の解説パネルに「へえなるほど」「すごいな」と感心しながら奥に進むと、大きなガラスの向こうにビオトープ池が広がっている。

 

「毎年ゴールデンウィーク明けから、池のまわりにミツバチの巣箱を設置して、ガラス越しに巣箱の観察ができるようにしています」    

 

近隣の養蜂業者の協力を得て、もう20年近く続けている。ここでとれたはちみつの試食イベントもあるそうだ。    さらに進むとむしむしハウス、その奥には生きたカブトムシを放し飼いにする野外網室「カブトの森」がある(7~8月末開館)。その外に広がる生態園では、昆虫採集もできる。

昆虫ウオッチング
昆虫ウオッチング

Uターンして、お待ちかねの昆虫ウオッチング。ずらりとケースが並ぶ生体展示コーナーだ。中には植物防疫法にかかるオオコノハムシなどの昆虫もいて、万が一にも逃げ出さないようにケースが二重になっているものも。    

 

「国内希少野生動植物種に指定されているものもいます。近年は、特に水生昆虫の展示が充実してきています」    

 

一つ一つのケースを覗き込んでいると、あっという間に時間がたっていく。

オウサマゲンゴロウモドキの展示
オウサマゲンゴロウモドキの展示

一番奥には、オウサマゲンゴロウモドキの大きな水槽。現存するゲンゴロウの仲間では世界最大種だそうで、確かにとても大きい。IUCN(国際自然保護連合)のレッドリストで危急種に指定されている希少な種なのだという。   

 

「当館はゲンゴロウの飼育では実績があります。ラトビアのラトガレ動物園との共同研究として2019年から飼育をはじめました」   

 

寒い国の昆虫なので繁殖期には水温を低温に保つ必要がある。水族館ではないふれあい昆虫館では小型設備で対応しているため、水温の調節には苦労しているそうだ。

横のドアから入って、いよいよチョウの園へ。もわっとあたたかい空気に包まれながら植物の生い茂る中を進むと、蝶、蝶、蝶、ここにも、そこにも蝶が飛んでいる。あまりの光景に、一瞬クラっとするほど。    

窓の向こうには白山の山並みが
窓の向こうには白山の山並みが

 

「350㎡という規模は、国内にある放蝶温室のなかで特に大きいほうではないんですが、蝶の密度では当館が一番だと思いますよ」と石川さん。ちょっと自慢気な口調だ。    

 

毎月、卵からかえした約1000匹の蝶を順次入れている。1カ月以上生きる蝶も多いので、結果的に温室内にはつねに1000匹を超える蝶が舞っていることになる。

見事な蝶の乱舞(動画)
見事な蝶の乱舞(動画) ※画像をクリックすると動画の画面に飛びます(音あり)

「蝶が飛ぶかどうかは天気や気温にも影響されます。今日は天気がいいから、よく飛んでいますねえ」と、目を細める石川さん。

 

所せましと飛び回る蝶は日本最大級のオオゴマダラなど約10種類。沖縄に生息するオオゴマダラはパラベンという物質を好むので、それを浸した布を棒の先に付けて蝶を集める。その様子を撮影しようとカメラを構える手にも蝶が止まる。すごい体験だ。

オオゴマダラの展示
オオゴマダラの展示

蝶に酔いそうになりながら、ゆるゆると上がりスロープになっている温室内を進んで2階の展示室へ。温室を出たところに、今たくさん見てきたオオゴマダラの生態についての展示があり、幼虫もいる。メタリックな金色に輝くサナギにビックリした。

石川県の虫コーナー
石川県の虫コーナー

石川県の虫のコーナーでは絶滅が心配される昆虫や、外来種の脅威を説明するパネルが目を引く。蝶のパラダイスから、いきなりの現実を突きつけられる。

 

「このあたり、白山界隈は国定公園なので乱開発の恐れはないのですが、最近の気候変動の影響がやはり大きくて、高山性の生き物が心配ですね」と、長年白山麓の昆虫と付き合ってきた石川さんはちょっと表情を曇らせた。

親子連れの来館者が多い
親子連れの来館者が多い

その奥の特別展示コーナーで開催中の企画展は「学芸員のお仕事」。一人の学芸員を取り上げ、その人がどんな仕事と研究をしているかを詳しく展示している。手書きの親しみやすいパネルの横に、「興味があったら読んで」とばかりに論文が置かれている。

 

「子どもたちにはちょっと難しい内容かもしれませんが」と石川さんは言うが、「昆虫館は子どもたちの研究に伴走している」という栗原さんの話を思い出した。

 

昆虫館の展示の先には研究の世界がある。それを実感できる子どもたちは幸せだと思った。

説明中の石川さん
説明中の石川さん

エレベーターホールに来たところで、大きなハチの巣の展示に気づいた。これが、栗原さんが話していた「矢島賞奨励賞を受賞したハチの研究」ではないか。そしてその研究をした人こそ、今日案内してくれた石川さん。    

 

危険なスズメハチをどのように工夫して飼育し、研究するか。石川さんは、その苦労と楽しさを、熱を込めて語ってくれた。    

 

さて、一通り館内を案内してもらったが、ふれあい昆虫館のすごさはそれだけではない。ぜひウェブサイトを覗いてみてほしい。   

 

 

石川県ふれあい昆虫館:https://www.furekon.jp/
※画像をクリックすると「石川県ふれあい昆虫館」のウェブサイトに飛びます

  

 

必見は「エンジョイ昆虫館」のページだ。昆虫種別の「おしえて昆虫館」は、「まさにそれが知りたかった!」という素朴な疑問から専門的な事柄まで、豊富な情報が揃っている。標本の作り方や飼育方法はもちろん、学芸員の得意分野まで展示キャプション風に紹介している。

 

そして公式YouTubeの「ふれこんチャンネル!」だ。

 

 

自然観察や羽化の記録映像などに交じって、「昆虫しりとり」「1分間昆虫採集バトル」などのお遊び系のコンテンツがずらっと並ぶ。見ているうちに、ふれあい昆虫館とスタッフがどんどん身近に感じられるようになっていく。

 

足の便が良いとは言えない立地にあるふれあい昆虫館だが、インターネットで日本中・世界中に発信しているのだ。実際、県外からの問い合わせも多いという。「積極的に発信している甲斐がありますね」と石川さん。

 

「昆虫は地球上にいる生きもののなかで、一番人間の身近にいると思います。でもまだわからないことがたくさんある、つまり研究の余地があるということです。興味を持ってもらうきっかけになればと思って、いろんな世代、年齢層の人に向けて展示やイベントをやっています。ぜひ親子で『すごいね』と言いながら、一緒に見てほしいですね。もしわからないことがあったら、どんどん僕たちに聞いてください」

 

気がつけば、白山麓の小さな町の陽はかたむきはじめていた。ふれこん、たっぷり半日いてもまだ時間が足りない気がする。  

 

今度はミツバチの巣箱が見たい、むしむしハウスも見学しなくちゃ、野外生態園で昆虫採集にもチャレンジしたいな、などと思いながら、夕暮れの道を駅に向かった。

 

石川卓弥さん(石川県ふれあい昆虫館 企画展示係長)からのメッセージ

石川卓弥さん(石川県ふれあい昆虫館 企画展示係長)からのメッセージ

1998年の開館時からいる最古参の職員です。子どもの頃から昆虫が好きで、大学ではハチの研究をしました。いったん環境調査の仕事をしたのですが、地元に昆虫館ができることを知って応募しました。研究も展示も、「この昆虫の面白さを伝えたい、知ってもらいたい」というのが原動力になります。だから、自分が担当した展示を子どもが食い入るように見ていると嬉しいですね。

 

世界にはいろんな虫がいますから、機会があるなら見てみたい。それを現地で見られるなんて、海外で育つ子どもたちが羨ましいです。

 

日本人は、四季折々に虫をめでる文化を持っています。今暮らしている場所の気候環境は日本とずいぶん違うものなのでしょうが、子どもたちには、その中でもやはり日本の季節感を大切にしてほしいですね。  

 

日本人学校の先生方は、日本と全く違う自然環境のなかで日本の教科書どおりに授業をすることに、とても苦労されているだろうと思います。でも、日本の昆虫や季節感のことを、授業の中にぜひ取り入れていってほしいです。当館のウェブサイトのコンテンツが、そのお役に立てば嬉しいです。

 

ナビゲーター:栗原祐司さん(国立科学博物館副館長、ICOM日本委員会副委員長)から、いま海外に住んでいる君へ

栗原祐司さん(国立科学博物館副館長、ICOM日本委員会副委員長)から、いま海外に住んでいる君へ
栗原祐司さん 加須市大越昆虫館にて

日本に生息していない昆虫や動物、植物などは、日本語で調べても十分な資料が出てこないことがあるでしょう。子ども向けの図鑑類となるとなおさらです。日本にいない、日本で研究が盛んでない、なじみがない、だから本も出ていないというのはある意味当然ですよね。

 

そんな時には現地の昆虫館や博物館、図書館や書店に行ってみましょう。子ども向けの図鑑もあると思います。写真やイラストの多い図鑑と出会えれば一番いいですね。ことばがわからなくても、図版を見ているだけでも楽しいでしょう。

 

外国語にまだ自信が持てない君、でも興味を持ったもののためなら英語だってフランス語だってスペイン語だって、読んでみようと思いませんか? 最初は図版を眺めるだけでもいい。学術論文だって、恐れずに辞書を引きながらでもチャレンジしてみましょうよ。

 

国立科学博物館(科博)(東京・上野公園)では、この夏、昆虫の特別展を開催しています。科博の研究者全力投球の、ディープでマニアックな展示をお楽しみに。

 

国立科学博物館特別展「昆虫 MANIAC」 
2024年7月13日(土)~10月14日(月・祝)
 URL:https://www.konchuten.jp/

 

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