海外の学校で育つ子どもたちにとって、日本の「道徳」の授業は未知のものかもしれません。
このたび、帰国生徒教育の実践と研究に長年の実績を持つ京都教育大学附属桃山中学校の道徳科授業を通して、「帰国生徒の学び」についてご紹介します。
ご投稿くださったのは、京都教育大学附属桃山中学校の野上華子先生と渡邉恵子先生、そして京都教育大学の浜田麻里先生。「読者のみなさんが、帰国生徒の可能性を信じ、温かく見守っていただけたら幸いです」というメッセージが添えられていました。
京都教育大学附属桃山中学校 道徳科授業での帰国生徒の学び
野上華子(京都教育大学附属桃山中学校)
渡邉恵子(京都教育大学附属桃山中学校)
浜田麻里(京都教育大学)
多様性を育む教育としての道徳科授業の可能性
帰国生徒は海外で様々な経験をして日本に帰国します。帰国生徒教育においては、この経験を通して培われた「多様性」にどのように対応するかが重要です。
京都教育大学附属桃山中学校の帰国生徒学級では、1975年9月に設置され2025年3月に閉鎖されるまで、約50年にわたって「多様性への対応」を重要な柱の一つとして帰国生徒教育の研究に取り組んできました。
帰国生徒たちの多様性を大切に育むためには、「帰国生徒」としてステレオタイプ化するのではなく、帰国生徒一人一人がこれまで歩んできた道のりを大切にし、帰国生徒の多様性を「個」として捉えることが重要です。では、生徒たちが互いの「個」を認めあいながら、学びに参加できるような学習を実現するためにはどうすればよいのでしょうか。
中学校の「道徳科」は、学習指導要領において「道徳的諸価値についての理解を基に、自己を見つめ、物事を広い視野から多面的・多角的に考え、人間としての生き方についての考えを深める」ことが目標と設定されています。もし道徳科での学習を通じて、生徒が自分自身の価値観を見つめ直したり、クラスメートの価値観に触れ、互いを認め合い、受け入れ合い、そのことを通してさらに物事を広い視野から捉えられるようになるとすれば、それは生徒たちの「個」を育む学びとなり、さらには多様性を育む教育にもつながる可能性があります。
このような仮説に立ち、私たちの帰国生徒学級の最終年度の研究として道徳科を取り上げ、実践研究を行うことにしました。以下では実際に行った2つの授業を紹介します。一般生徒を含む1~3年生の全ての学級で同じ授業を行っていますが、ここでは授業で浮かび上がった帰国生徒の姿を中心にご紹介します。
授業(1)「それって正しいこと?それとも間違ってる?」
一つ目の授業は道徳科で扱う内容のうち「公正、公平、社会主義」および「相互理解」に視点を置いた授業です。バスの中で大泣きする赤ちゃんを抱いている母親に対して、運転手が「あなたが降りないとバスが出発できない」と言い、母親が仕方なくバスを降りたところ、母親を励ますために乗客全員がバスを降りるという行動を起こした出来事を取り扱いました(「『もう一つの』バスと赤ちゃん」Gakken『新版中学生の道徳 明日への扉1』)。

一般生徒を含む多くの生徒たちは、最初、「乗客たちが援助が必要な母親に思いやりの言葉をかけるのは当然だ」という思いをもって、この物語を読んでいました。それが 「徳」であり価値ある行動だとこれまで学んできたからで、何も間違ってはいません。
そんな中、帰国生徒に共通して見えたのは、個々が選びとっていく判断の中にそれぞれの「役割」や「責任」を意識していることです。たとえば、全体に母親を「かわいそう」と感じる生徒が多かった中で、ある帰国生徒は「母親は降りるつもりもなかったし、降りる必要もなかった。言われても降りなくてよかったと思う。でも迷惑がかかると思ったから、降りることにしたんだと思う。」と意見を述べました。つまり、母親は運転手に「降ろされた」のではなく自分からバスを「降りた」と、母親の決断に敬意を払っているのです。このように母親の思いや行動を捉えると、全く異なるストーリーが見えてきます。
また、ある帰国生徒は、運転手の責任に注目し、「客の迷惑になる人はいない方がいいと、客のことを考えていた」と発言しました。それをきっかけに帰国生徒以外の生徒からも「運転手の発言・理由・意図・心情を考えて、大切にすることも必要だと思った。」「乗客を思って行動したのだから自然なことなのでは?」「降りた乗客が運転手と話すべき」「母親が運転手と対話をしていない」など、教師の私ですら思ってもみなかった視点が出て、一つの出来事をいろいろな立場に立って見ることができました。
このように、この授業では、帰国生徒たちが個人の判断や行動の元にある価値観やその価値観の前提をたえず明確化しようとしながら学びに取り組んでいる姿や、そして、その姿が他の生徒にも大きな影響を与える様子が見られました。
授業(2)「礼儀ってなに 何のためにあるの?」
二つ目の授業は、柔道を題材にした教材「礼儀って」(Gakken『新版中学生の道徳 明日への扉3』)を用いたものです。「礼儀」は道徳科で扱うべき内容の一つですが、この「礼儀」について多角的に考えさせることをねらいとしました。日本国内では「礼儀」の定義が明文化されずとも、無意識に価値観が共有されがちですが、異なる文化背景を持つ人々との間では、価値判断の不一致が生じます。グローバルな社会で「礼儀」が本当に必要なのか、何を大切にすべきかを自らの生き方に生かす態度を養うことを目指しました。
授業の導入では、まず生徒たち自身の「礼儀」に対する捉え方を確認しました。生徒からは「あいさつ」や「感謝の気持ちを表すこと」などの発言があり、その多くが礼儀に「相手が嫌な気持ちにならないようにする」という意義を見出していました。ここで「礼儀は誰に対して示すものか」と問いかけ、「自分自身」「相手」「周りで見ている人(周囲の目)」という様々な観点を提示したところ、人の目を意識して行動している自分に気づく生徒も見られました。
続いて、高校の柔道県大会で優勝した選手がガッツポーズをした場面について、賛否を表明させ、グループで話し合わせました。武道では勝っても喜びを見せないところに礼があるとする教材に対し、帰国生徒たちの反応は「ルールだから従うのが当然」という暗黙の前提に縛られないものでした。ある生徒は、「うれしさを表に出すことへの賛否は人それぞれであり、見る人全員が納得できる決まりを作ることはそもそも難しい」と発言しました。それを受けたグループワークでは、「国によって礼儀の表し方は違うが、相手を気遣うという目的においては一致している」という意見が出ました。また、「大切にしなければならないものは時と場合によって違う」など、状況に応じて判断しようとする意見も出ました。

最後に、「礼儀は必要か」について考えさせました。ここで、ある帰国生徒から「自分を下にして相手を上にあげることは、自分の価値を下げることになるのではないか」という問いかけがありました。この意見をきっかけに、生徒たちの議論はさらに深まり、「年齢や立場が上の相手であっても奴隷のように使われるのは嫌だし、上司から部下へも礼儀が必要だ。それがないからパワハラが起きる」と、一方的な押し付けに対する疑問、対等な人間関係としての礼儀のあり方の議論、等へと発展していきました。
授業後の感想にも「『礼儀』は必要。文化は違っていても、『礼儀正しくする』目的は『相手を気遣う』ことで、共通。」「礼儀は必ずしも必要ない。礼儀はあくまで相手を敬うためのもの。それによって自分という存在が薄れてしまうなら、なくてもよい」等、多様な意見が見られました。
帰国生徒たちは、「決められたルールには従うのが当然」という暗黙の前提なしに自由に意見を出し合い、互いの視点に触発されながら考えを深めることができていました。帰国生徒たちがこれまでの経験を通して、一つのものさしで判断せず、自身の価値観をつねに問い直す姿勢を身に付けていることから可能になったのではないかと思います。
二つの道徳科授業から見えてきた帰国生徒の姿
このように、多文化教育としての道徳科の授業では、個々の生徒の価値観を大切にしながらも、物事を広い視野から多面的・多角的に考え、人間としての生き方についての考えを深めることが可能になることが示されました。またその過程で、多様な価値観に触れながら育ってきた帰国生徒の特徴も浮かび上がってきました。
帰国生徒は、海外に渡航した時も、日本に帰国した時も、それぞれの国では何を重視して生活しなければいけないのか探る必要性を感じる経験をしたのでしょう。様々な考え方に触れる経験から、帰国生徒たちはおのずと自分の価値観を客観視し、相手の価値観の根拠や状況に応じて、いまは何に価値をおくべきなのかを考えます。そして相手と、時には自分自身の中で、その考えをぶつけ合いながら解決策を探ろうとする態度が身に付いているのではないでしょうか。帰国生徒たちの視点は、固定概念を切り崩す突破口となる可能性を秘めていることを、今回の授業を通して強く感じました。
帰国生徒はしばしば「グローバル人材」として注目されます。「グローバル人材」とはどのような人でしょうか。例えば、学級の中でリーダーシップを担い、自分の個性を発揮してみんなを引っぱっていくことのできるような生徒像が思い浮かぶかもしれません。
しかし、今回の道徳授業の中で浮かび上がってきた帰国生徒たちの姿はこういったイメージとはやや異なるものでした。生徒たちは、多様な価値観が交錯する環境の中にあって、即座に方向性を定め他の生徒を引っぱっていくというより、むしろ即断を避け、「なぜそのように行動したのか」と「なぜ」を問い続けていく姿勢が目立ちます。また、一つの価値観のものさしに合わせて単純に優劣を判断したり、特定の価値観を否定したりするのではなく、それぞれの持ち寄った価値観を丁寧に吟味しようとする態度が頻繁に見られました。多様な文化、多様な価値観に触れる経験を通して、帰国生徒は、一つの価値観で他を否定することの危険性を感じ、相互の違いを大切にしながら、答を問い続ける粘り強さを身に付けているようにも見えます。
このように互いの価値観を慎重に吟味しようとすることこそが、多様な価値観が錯綜する世界で真に求められる態度であり、グローバル社会に生きる生徒たちが身に付けるべきものであるのかもしれません。帰国生徒たちが道徳科授業で見せた姿は、私たちにそのことを教えてくれているように思います。
私たちは、帰国生徒に限らず、全ての生徒たちにこのように多様性や互いの「個」を尊重しようとする態度を大切に育んでいきたいと思います。そのためにはどのような教育が求められるのか、今後も問い続けていかなければならないと考えています。
.png)






