妻のシドニー駐在に帯同し駐夫に、退職から起業へ
2026年9月24日
イマドキの海外生活

妻のシドニー駐在に帯同し駐夫に、退職から起業へ

2025年2月からオーストラリア・シドニーで暮らす矢島景介さん。妻の海外駐在に帯同するため、国内大手企業を退職し、現在は8歳と4歳の子どもたちを育てながら新規事業に取り組んでいる。駐夫として直面した制度の壁、退職に対する葛藤、そしてシドニーで始まった新たな挑戦について、話を聞いた。

(取材・執筆 Makiko)  

妻の海外駐在に帯同する夫、「とにかく制度がない」  

—矢島さんは国内大手企業でマーケティングを中心にキャリアを築いてこられて、ご自身も海外経験が豊富でいらっしゃいます。ただ、奥様の海外駐在に同行するために、会社は退職されたと伺いました。ご家族でシドニーに行くまでに、かなり悩まれたのではないでしょうか。  

 

私も妻も、子どものころに海外で育ったこともあり、「子どもが小さいときに海外で生活したいね」とは、前から話していました。でも、そんなぼんやりと思い描いていた海外生活と、実際に赴任が決まってからの現実はまるで違いましたね。私はまず、「自分の仕事はどうなるんだ?」と、立ち止まりました。一方で妻は「海外赴任が決まった、やったー!」と喜んでいて、その温度差が大きかったですね。  

 

海外生活自体は好きですし、不安はありませんでした。問題は仕事ですね。休職や、海外からのリモートワークができないかなど、仕事を続ける方法を会社の人事部と話し合いましたが、海外から働く場合、納税対応ができない、通信上の情報漏洩リスクがあるなど、とにかく「制度がない」と。夫が妻に帯同するための休職やリモートワークの制度というのが私の会社にはなかったんです。コロナ禍の頃から自宅でリモートワークをしていましたし、シドニーは時差も少ないので、実質的には海外から仕事をすることは可能かと考えていたのですが、「制度」の壁は越えられませんでした。  

 

私が日本に残る案や、子どもをどちらかに寄せる、1人ずつ日豪別で育てるなど、色々と検討し合いましたが、それでは家族が成り立たなくなる姿が容易に想像できました。 結局、家族で帯同するには、私が会社を辞めるほかありませんでした。 

 

この頃、駐夫の先駆けである小西一禎さんの本『妻に稼がれる夫のジレンマ——共働き夫婦の性別役割意識をめぐって』(ちくま新書)を読んで、頭を抱えましたね(笑)。海外にも持っていけるような「ポータブル」なITやコンサルでしたら場所を変えてもキャリアを継続できますが、業務が会社という場や制度に結びついていると、海外でサバイブするのが難しいことを痛感しました。私自身のスキルは対面営業で、日本の得意先に特化してきたので、海外では価値がないように感じられました。       

 

 

—現在は、日本文化とオーストラリアを繋ぐテストマーケティングなどを行う事業の立ち上げをシドニーで準備中と伺いました。すでにイベントプランの一環として寿司のケータリングをご自身で行いながら、両国のビジネスの違いなどを実感されているそう。会社員としてのキャリアは中断することになりましたが、新たな土地で挑戦されているのですね。

 

「退職して家族で同行する」というのは、自分で意思決定したことですから。せっかくなら最大限楽しもうと思っています。これを機に、これまでやりたくても手をつけられていなかったことに、挑戦してみようと。日本でも起業は考えてはいましたが、場所がシドニーなので、まったくのゼロから手探りでのスタートです(笑)。こちらの法律を調べたり、必要があれば資格を取ったり……、家事育児もしているので、進みは遅くなってしまいますね。  

 

 

—「やむを得ず退職したから」こそ、起業に踏み切れたのでしょうか?  

 

毎月の収入がなくなってしまったので、やはり会社に残ってリモートでも仕事を続けられていたらよかったとは、思います。これまでずっと新卒で入社してから会社員として真面目に雇用保険料を支払ってきたのに、海外出国者は失業保険が適用外。半年で20年分の積立金が全額放棄になると。厚労官僚の友人と「法整備の遅れだよね」と話しました。退職して海外に出た途端、会社員という肩書きや保障を一気に失い、社会から切り離されました。「身ぐるみ剥がされて社会からドロップアウトした」ような状態になるんです。これは、感覚としてはかなり怖いということも、知りました。気持ちを切り替えるのは大変でしたね。実際にストレスで入院までしました。  

家事育児と妻のケアと、起業準備  

—現在の生活の様子を教えてください。

 

平日は食事をほぼ3食作っています。掃除や洗い物は好きではないですが、なんとか家事全般をやっています。 

 

子どもたちの勉強はよく見ています。現地校の宿題を見せてもらうのはけっこう面白いですね。上の子は鉄道が大好きなので、英語も文化もすべて鉄道から学んでいます。下の子は渡豪時には2歳、今もまだ4歳なので、家にいると仕事にならないです。できるだけ遊んで疲れさせて、寝かせた後に深夜2時ごろまでデスクワークをしています。  

 

子どもが英語を話せるようになるのは良いことですが、日本語の維持が難しいので、手をかけるようにしています。漢字カルタをしたり、本の読み聞かせをしたり。言葉は、体験と結びついて覚えていくものだと思うので、なるべく日本文化と結びつけながら学べるように工夫しています。  

 

あとは、妻のケアですね。妻も希望して来たとはいえ、新しい環境と仕事で大変なので。とにかく仕事の話を聞くようにしています。それから会社の人を家に招いて寿司を握ったり、旅行計画を立ててリフレッシュできるようにしたりしています。    

歴史好きが高じて始めたブログ「歴旅」では今も現地校の宿題の様子をまじえて更新中
歴史好きが高じて始めたブログ「歴旅」では今も現地校の宿題の様子をまじえて更新中  

—今後の展望を教えてください。  

 

大学で東洋史、大学院で文化人類学を専攻していました。子どもの頃から歴史が好きで、大学時代にはバックパッカーとしてシルクロードを横断しました。シドニーに関しても、開拓の歴史や移民文化を知るうちに、興味が出てきました。同時に、日本が持つ歴史資産の豊かさにも気づかされました。「日本文化って何だろう」と突き詰めながら進んでいます。  

 

退職は怖かったですが、家族で今ここで生活していることに後悔はありません。制度の変更を待つより自分が変わった方が早いです。       

 

事業としては、寿司のケータリングから始めていますが、バリューチェーン上に事業を配置し売上約1.5億円を達成すれば永住権を取れるので、まずはそこまで目指しています。いずれは国や地域を越えて世界中の駐夫を雇用できるくらいにしていきたいですね。生活の面でも日本とオーストラリアを往復できるようにしたいです。少し先の未来にはなりますが……頑張っていきます。

 

会社員時代に寿司の修行をした経験が、シドニーで事業を軌道に乗せる第一歩となった。 公式サイト:https://sites.google.com/view/star-navigation/home
会社員時代に寿司の修行をした経験が、シドニーで事業を軌道に乗せる第一歩となった。
公式サイト:https://sites.google.com/view/star-navigation/home 
週末は日本語補習校と空手で日本文化に触れ、それ以外の時間はシドニーの豊かな自然を楽しむ
週末は日本語補習校と空手で日本文化に触れ、それ以外の時間はシドニーの豊かな自然を楽しむ