母主導のシンガポール駐在で見つけた新しい家族のかたち【前編】
2025年11月25日
家族/クロスカルチャー

母主導のシンガポール駐在で見つけた新しい家族のかたち【前編】

経営や人材開発に関するコンサルティング企業の代表を務める母・佳子は、独立前の会社勤務時代にシンガポール現地法人の立ち上げを自ら提案し赴任、家族と一緒に計8年間の駐在生活を経験した。赴任にあたり家族に相談すると長女・リノと次女・レイは、「ママと一緒に行く」と即決。大学の研究員だった父・健一も「1年くらいなら」と同行することになり、そのまま8年間のシンガポール生活に突入する。両親とともに海外に飛び出した娘たちは、現地で何を得たのか? 母親の海外赴任に家族が同行する新たな時代の海外駐在の物語。

 (取材・執筆:丸茂健一)

シンガポール現地法人の立ち上げに、自ら赴任を志願

「ママはシンガポールに行くけど、どうする?」  

 

当時、長女のリノは中学3年生、次女のレイは小学校1年生。母の佳子は、大学卒業後、大手人材サービス系企業で13年働いた後、31歳で結婚。育児休暇を経て、職場に復帰した。その後、同じ会社にいた先輩に誘われ、人材開発コンサルティング企業に転職し、企業向けのリーダー研修を手がける事業を役員として統括していた。  

 

時代は2000年代初頭——。日系企業のグローバル展開が加速するなか、顧客のニーズもグローバル事業の拡大していきたい、という相談が増えていた。当時のサービスは国内向け中心で、「グローバル対応が弱い」と顧客から指摘されることもあり、強い危機感を覚えた。次の一手を打たなければ、会社の未来はない。

 

役員の一人であった佳子は、シンガポール現地法人の立ち上げを社長に申し出た。その時は、正直、家族のことよりも自分の仕事優先で、まずは、単身赴任で行こうと思っていた。なぜなら、長女のリノは、中学受験をして入った学校生活を楽しんでいることをよく知っていたし、「高校生になったら企業体験などのプログラムが楽しみ。」と言っていたからである。

しかし、一応、佳子は家族に相談してみた。

 

「ママはシンガポールに行くけど、どうする?」

 

長女のリノは、きっと「日本に残りたい」と言い出すだろうと決めつけていた。しかし、長女の返事は違っていた。

 

「私も一緒に行く! もともと海外に行きたいと思っていた」

 

姉が大好きだった次女は、「私もお姉ちゃんについて行きたい!」と即決。当時大学の研究員であった夫の健一も「1年くらいなら面白そうだ」と同行する決断をした。こうして家族4人のシンガポール生活が始まった。  

マーライオンと次女リノ
マーライオンと次女レイ

シンガポールを拠点にアジア諸国を飛び回る日々

かつて「海外駐在」といえば、夫の赴任に家族がついていくのが当たり前だった。しかし、時代は変わり、今は女性が自ら海外に赴任し、夫や家族が同行するケースも増えている。今や夫婦で互いの海外駐在を支え合う時代なのだ。佳子がシンガポール行きを決断したのは、2014年のこと。時代を先取りした選択だったといえるだろう。

 

「当時、私は人材開発コンサルティング企業の役員を務めており、シンガポールの現地法人立ち上げを決断したのは、自分の意志でした。会社から命じられたわけではありません。私にとって人生における大きな挑戦で、現地法人を早く軌道に乗せることで頭がいっぱい……。子どものことは、夫やナニーさん(育児のプロ)にある程度、任せるつもりでした」(佳子)  

 

結果的に、シンガポールでの駐在生活は2014年3月からコロナ禍の2022年6月まで、約8年間に及んだ。シンガポール法人の社長となった佳子のミッションは、日系企業の現地化を進めるために、アジア各拠点にいるリーダー候補を発掘し、経営幹部に育てること。そのため、シンガポールを拠点に、タイ、インドネシア、ベトナム、中国を飛び回る日々が続いた。当初、1年ほど同行する計画だった夫の健一も1年のつもりが、子供の成長を見たいと自宅でできる研究を続けることを選び、自宅でリサーチをする職を得て、シンガポールに残ることになった。

 

リノを追ってレイも現地のインターナショナルスクールへ

インターナショナルスクールに入学したばかりのリノとレイ
インターナショナルスクールに入学したばかりのリノとレイ

シンガポール生活をスタートするにあたり、大きな仕事のひとつが長女のリノの学校探し。当初は、日本語をメインにした教育を受けられる日系私立高校の見学にも行ったが、最終的にリノは現地のインターナショナルスクールを選んだ。それまで留学経験はなく、英語力は日本の中学生としては高いかな?というレベル。この状態でインターナショナルスクールに通わせるのは不安もあったが、親の心配をよそにリノは友達の輪を広げていった。

 

「リノはESL(English as a Second Language)クラスを2カ月で卒業して、すぐに英語での授業を受けるようになりました。通っていたインターナショナルスクールは、1学年50人、1クラス15人程度の小規模なサイズで、クラスには日本人の生徒も2~3人いました。そんな環境もあり、すぐに学校に馴染んで、タイ人や中国人の友達をつくっていました。実際、英語の勉強についていくのは大変だったと思いますが、この世代の順応力の高さに驚きました。すぐに私より英語がうまくなりましたからね」(佳子)  

カルチャーDay。自分の国の文化を紹介するイベントのため、浴衣を着て参加
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旧正月の日、学校で華やかなチャイニーズドレスを身にまとい、新年を祝った
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一方、小1だったレイは、日本語もままならない状態。そこで、両親はまずは日本語をしっかり学んでほしいと日本人学校への進学を進めたが、姉が大好きだったレイは、「お姉ちゃんと一緒に行く」と言って聞かず、同じインターナショナルスクールに通うことになった。そして、レイもESLからスタートし、あっという間に英語で友達と話せるようになっていく。子どもの吸収力の速さは、大人の想像をはるかに超えていた。

 

「レイは、家では日本のテレビを観ることもなく、アメリカのアニメや映画を観ては、セリフを真似していました。日本語より英語のほうがフィットすると本人も感じていたように思いますね」(佳子)  

 

後半では、インターナショナルスクールに通っていた子どもたちがどのような進学をしたのかを追っていく(2025年12月8日公開) 

家族旅行で訪れたアンコールワット
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