【ロサンゼルス在住 岩井英津子さんによる現地の学校や生活を紹介するコラム】
アメリカ合衆国は、「移民の国」とよく言われるように、多言語文化の社会です。現地の学校はもちろん英語が公用ですが、英語を母語としない子ども達のためにESL(English as Second Language)やELD(English Learner Development)の取り出しクラスを設置している学校は多数あります。日本人子弟の多い学校区には、場合によって日本語を話すアシスタントをつけることもあります。
このような取り出し授業以外に、「イマージョン教育」を実施している学校があります。イマージョン教育とは、学校の教科学習について50パーセント以上を2言語使用による指導でのバイリンガル教育のことです。多数派言語(米国の場合は英語)使用者の中で、継承語とするスペイン語あるいは日本語等で教科指導が行われます。教育効果としては、言語を中心として異文化理解や共感性や協力関係を作るコミュニケーション力育成が目的でもあり、実現されていると言えるでしょう。
アメリカでは「Dual Language and Immersion(DLI)Programs」として実施校は、なんと3600ほどもあります。2021年度のARC(American Councils Research Center)調べによりますと、2900を超えるスペイン語によるイマージョン教育を筆頭に、日本語プログラムも37と、スペイン語に続く中国語、フランス語に次いで4番目の多さです。
アメリカのイマージョン教育というとやはりスペイン語によるものが多いのは必然としても、日本から渡米された方々のお子様のために日本語でのプログラムのニーズは増加しているようです。
その中で、南カリフォルニアの公立学校で行われている日本語のイマージョン教育に目を向けてみましょう。Culver City学校区のEl Marino Elementary SchoolとGlendale学校区のVerdugo Woodland Elementary SchoolおよびDunsmore Elementary Schoolがあることはよく知られているのではないでしょうか。
Culver City学校区の日本語イマージョン教育は1994年から、一方Glendale学校区は2014年からと比較的新しいです。しかしながら、小学校2校に、中学校1校そして高校までありますので、お子様の教育のためにGlendale学校区へ居を移す方も多いようです。まさに孟母三遷の例えのごとくでしょうか。
では、そもそもイマージョン教育とはどのようなものでしょう。
その歴史を簡単に振り返ってみるほか、現在行われている事例を紹介します。
この言語政策を実施して成功したとされる例が、1960年代にカナダのケベック州で行われたフランス語イマージョン教育だと言われています。多文化主義政策を導入したカナダで、ケベック州は英語とフランス語が公用語です。そのため、同州に来た英語話者の子どもがフランス語でのイマージョン教育を受け、高いレベルのフランス語能力を獲得し、同時に英語力においてもモノリンガルの子どもと比しても同等であったという結果が残されました。
また、アメリカの公立学校としてのイマージョン教育導入は、1989年のポートランド州の公立学校が全米での先駆けになっています。
先述のように、言語に関するバイリンガル育成にとどまらず、多様性・異文化理解をはじめとする国際社会での活躍の礎となるバイリテラシー獲得に成功しています。
もちろん、イマージョン教育が功を奏するには、引き続き課題も多く存在すると言われています。指導教師の確保や、適切な教材整備、子どもの言語能力の格差もあるでしょうし、また保護者の理解や協力が求められるのは通常の学校教育より増えるであろうことは想像に難くありません。
イマージョン教育は、今や日本でも導入している学校も増えており、脚光を浴びているようですが、今回は実際にイマージョン教育を実施しているGlendale学校区のDunsmore Elementary Schoolで行われた9月新年度のお楽しみ会であるカーニバルの様子を紹介します。
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同校があるGlendale市は、ロサンゼルス郡の北東で、San Fernando ValleyのVerdugo山地の麓に市街地が広がる形になっています。1906年に市となり、PasadenaやBurbankといった高級住宅のイメージがありながら緑豊かな都市で、文化的にも発展しています。
(2025年1月のEaton Fire大火災が起きて壊滅した街Altadenaに隣接しています。避難命令の出た地区のため、火災が収まるまでGlendale学校区は閉鎖されていました。)
写真からもお分かりいただけるように、山の斜面に建ち、自然の多い学校です。校庭を開放して、子ども達が楽しめるイベントがたくさん企画されていました。イベントの各ブース担当は、保護者の方々のボランティアです。地元の消防署の協力もあり、Fire Engineに乗るという経験もできました。


このカーニバルには、たくさんの子ども達と保護者がいましたが、他の現地校と大きく違うのは、あちこちから英語に混ざって日本語が聞こえてきたことです。
日本人が集まる補習校であれば、日本語の会話が聞こえるのは当然ですが、現地校では良い意味での違和感がありました。イマージョン教育の成果ですね。
Dunsmore Elementary Schoolのカーニバルの名物は、先生への「パイ投げ」ブース。スケジュール表には、どの先生が何時に生贄(犠牲者?)になるかが記載されており、目当ての先生のときに子どもが大行列!!校長先生まで犠牲者になるのがアメリカらしいです。
パイを先生の顔に思いっきり投げて大喜びする子、投げるというより遠慮がちに当てるだけの子など、その子らしさあふれる遊び方で、微笑ましかったです。

同校に在籍する保護者には、日本人の方が多くいらっしゃるので、このイマージョン教育プログラムを選ばれた理由や子育ての教育方針を何人かにお尋ねしました。
Sさんのお子様はすでに卒業されたとのことですが、ボランティアで行事に参加されていました。このご家族は、日本語母語話者と英語母語話者のご両親とそのお子様2人です。お母さまは、日英両語取得は必須と考えており、その中でも獲得することが難しいと思われる日本語は、お子様が小さい頃から、親が努力されていたとのことです。
例えば、家からかなり距離のある日本人の多い市にある日系幼稚園に通わせたり、自宅での日本語ドリル学習を続けさせたりなどされてきました。小学校に入ったら現地校の夏休みには毎年、日本の学校に「体験入学」させ、祖父母と日本語で会話する機会を作るなど、子ども本人が楽しく、また必要性を感じるよう工夫されたそうです。
Dunsmore Elementary Schoolでは、コロナ禍はオンライン授業でしたが、友人同士のつながりのためにも学級幹事・クラスマザーをされてきました。
在外にあって2言語を完全に習得するには、子どもだけに「頑張りなさい」ではなく、親の支援が必要であることを自覚して、その努力を惜しまず活動されているSさんに敬服です。
次に、Bさんのお話。お子様は小学1年生で、Dunsmore Elementary Schoolは幼稚園からなので2年目ということでした。学齢に達する前は、学校区を替えるため居住場所をどうするか色々と悩まれたそうです。Dunsmore Elementary Schoolを選んだ理由は、公立校でのイマージョン教育プログラムがあるためです。2言語をキープするためには、現地校と土曜日の日本語補習校に通うという方法ももちろん考えられましたが、帰国者を前提としている補習校より、「毎日の学習として日本語を獲得してほしい」という願いがありました。土曜日の補習校に通わない分、課外活動の時間が取れるというライフスタイルも考えたそうです。
決定するまでには、同校のオープンハウスを見たり、友人の話を聞いたりしてきました。
ご両親とも日本語母語話者なので、家庭では日本語を徹底することもあり、日本にいる祖父母としっかり話せるようになってほしいという期待は大いに持っています。
また、Mさんにもお話をうかがいました。この学校を選んだのは、公教育でのバイリンガル育成ということで、無料というファクタは大きな理由ですが、やはり、「体系的に日本語での学習を積み重ねることの重要性を感じている」からとのことでした。両親が英語母語話者の子どもでも日本語で話し、書けるようになる環境にあり、異文化交流ができることは重要と考えられています。
また日本の文化や四季の行事など、自分が育った文化の継承も大切。そのためには、保護者の協力なしにはできないと感じられていて「学校への支援を惜しみません」と輝く瞳でおっしゃる姿は、子どもの教育は学校だけではなく家庭とともにあることを思い起こさせられました。
現地に永住する日本人だけが、イマージョン教育の学校を選ぶわけではありません。企業の駐在で来られる場合もあります。いきなり英語のみの現地校に入ると、子どもの負担が大きすぎて学習どころではない事態にもなりかねません。そのような場合、全日制の日本人学校も選択肢のひとつですが、公立のイマージョン教育でソフトランディングする選択もあります。
学校選びは、その家族の教育方針に大きく影響されます。お子様の性格や目指す姿を保護者がしっかりと理解することは大変重要です。

さて、Dunsmore Elementary Schoolを、「入学」という視点で見てきましたが、一方でイマージョン教育を実施する先生はどう思われているのでしょうか。同校教師のK先生にお話をうかがいました。K先生は小学4年生の担当ですが、ひとりで日英の2か国語を使って指導されています。
イマージョン教育では、通常は、2クラスあるうち、ひとりの先生が英語で授業を行っている間、別クラスで日本語授業を行います。今年度の小学4年生は1クラスだけになったため、K先生はひとりで2言語を使いながら授業をしているとのことです。そのため「教材作成に少し苦労しています」と、笑顔を見せました。もともと2言語のバイリンガル・バイリテラシーの方なので、イマージョン教育には最適な方です。
子ども達の言語習得についてお尋ねすると、学年が小さいうちは英語力の差はなく、そのまま成長しますが、日本語力は学年が上がるにつれて差が広がるとのこと。理由は、親の関わり方も一因のようで、教育熱心か否かではなく「家庭ではまったく日本語話者がいない」という状況によるものだそうです。
4年生ともなると理科や社会の学習内容が難しくなるので、K先生はビジュアル教材を活用したり、平易な日本語から指導したりするなど工夫しているそうです。
学校の授業だけで2言語をキープすることの困難さがあるため、同校では放課後に日本語話者の保護者がボランティアで宿題を見る時間を取っています。友達同士で楽しみながら学ぶ「放課後クラブ」ですね。
このようにイマージョン教育を行っている学校の実情を見ていくと、「教育の本質」を考えることに通じていると思いました。特に在外にある日本語教育施設にとってバイリンガル教育を成功させることは永遠のテーマです。
今成長しつつある子ども達が力強く生きていくために必要な教育を、保護者とともに考えていきたいものです。
【追記】2025年1月7日にロサンゼルス近郊で起きた大火災で甚大な被害に遭った方々に心よりお見舞いを申し上げます。
写真は、1月18日のGlendaleの様子です。City HallもPost Officeも、星条旗は半旗になっていました。隣接するAltadena市などをはじめ、巨大な火災で被災した方々への気持ちを表しているのだと思います。

自宅からGlendaleへの移動時に火災現場のあたりのフリーウェイを通りましたが、やはり煙を感じ、車のベンチレーションを止めて外気を遮断しました。
Glendaleの街そのものには火災はなく通常に見えたものの、やはり大気汚染は感じました。ショッピングモールには大型の空気清浄機が何台も置いてありましたが、私はお店に入った途端に咳きこみました。
本文で紹介したDunsmore Elementary SchoolおよびGlendale学校区やその他の学校も閉鎖されていました。現在は再開されてきていますが、子どもたちが元気に、また安全に登校できることを祈っています。
岩井英津子(いわいえつこ)
国際教育アドバイザー。アメリカロサンゼルス在住40余年。商社の女性駐在員として渡米。退社後、永住権取得。補習校の教員として小学校中学校の指導歴20年、学校管理職10年および専務理事として補習校経営10年、在外子女教育に従事。今夏よりJOESの国際広報を担当。