一見、関連性はないように思える「運動能力」と「学力」。運動は体でするもの、勉強は頭でするもの、なんてイメージを抱いている方も多いのではないでしょうか。しかし昨今の研究によって、運動と学力に関係があることが明らかになってきています。運動をすることは、子どもの学力に一体どんな影響を及ぼすのでしょう? 中京大学の教養教育研究院で准教授を務める紙上(かみじょう)敬太先生に、脳科学・スポーツ科学の視点から運動と学力の関係を教えていただきました。
(取材・執筆:ミニマル市川茜、画像:PIXTA)
文武両道は成り立つの? 脳研究から紐解く運動と学力の可能性
「運動をすることは、認知機能の健全な発達ひいては学力向上に重要な役割を果たすと考えられています」
そう語るのは、運動が脳に与える影響を研究する中京大学の紙上先生です。
紙上先生は、2023年に文武両道の実現可能性にまつわる研究結果を発表しています1。その研究では、47都道府県のテニス団体戦の勝敗と高校の偏差値の関係を調査。テニスの試合で勝った高校の偏差値は負けた高校の偏差値より高いことが判明し、文武両道が成り立つことを示唆する結果となりました。
そもそも運動と学力の研究が盛んになったのは、ここ10年ほどのこと。昨今は、実際に運動と学力の関係を調べる研究が数多く行われてきているといいます。
「15年ほど前にアメリカで行われたパイオニア的な研究2があります。小学生の子どもを対象に、20メートル・シャトルラン(※往復持久走による体力測定の方法)による体力テストと学力テストを実施した結果、長く走ることができた(持久力が高い)子どもほど、学力テストのスコアも高かったことが報告されました。この研究内容は『運動・スポーツが脳を育てる』というテーマで、日本の高校の保健体育の教科書にも紹介されています。
一方で、運動が学力に与える直接的な影響やそのメカニズムについては、いまだ解明されていないのが実情です。というのも、研究で学力を計測し評価することは決して簡単なことではありません。どのように前提条件を揃えるか、どの手法で調査するかといった設定が難しいこともあり、学力に注目した研究では見解が分かれています」
学力向上のカギを握る、脳の前頭前野の役割とは?
正確に計測・評価することが難しい子どもの学力。そこで注目を集めているのが、脳の認知機能にフォーカスした研究です。
学力という視点で重要な役割を果たしているのが、脳の前頭葉の前方部分を占める「前頭前野」です。前頭前野は、額のすぐ後ろに位置し、さまざまな高度の精神活動を司っている重要な脳部位です。行動・感情をコントロールしたり、論理的に思考したりと、人間らしい行動のカギは前頭前野にあると言っても過言ではありません。
なかでも紙上先生が注目しているのが、前頭前野が担う『実行機能』と呼ばれる高次認知機能です。
「『実行機能』には、抑制(不必要な情報を排除して注意を維持する機能)や作業記憶(情報を一時的に保持してその情報をコントロールする機能)、認知的柔軟性(状況に応じて注意や行動を切り替える機能)といった働きがあります。これらは、集中力や論理的思考力などの土台となるものです。こういった力が学力において重要になるのはイメージしやすいですよね。
実行機能を実験レベルで評価するため、いろいろな手法が考案されています。脳トレでよく見られる『ストループテスト』もそのひとつ。これは、たとえば青色で『あか』と書かれた文字を見て、文字の色である『あお』と声に出して回答するテストです。このテストは上述の抑制能力(『あか』と答えるのをがまんする能力)を評価するもので、ストループテスト中には前頭前野が活性化することが知られています3。
このような認知テストで評価された実行機能が習慣的運動よって改善されることが、多くの研究で示されています4。その意味で、運動で前頭前野(実行機能)がよく働くようになり、学力向上に繋がるのではと考えています」