大学で脳科学の研究をするミホは、同じく研究者である夫カズキとともにアメリカとイスラエルで約9年間の海外生活を経験した。アメリカでは長女マイカと次女サヤカを出産し、はじめての子育てを経験する。日本とは異なる育児方法やシステムに戸惑いながらも、研究所や保育園のサポートを受け、仕事と子育てを両立する日々を送った。その後、イスラエルへの引っ越しが決まり、それまでの人生では触れたことのない文化や言葉の壁にぶつかることとなる。(仮名)
(取材・執筆:武藤美稀)
仕事探しと出産から始まったアメリカ生活
脳科学の研究者であるミホがアメリカ・バージニア州で生活をスタートさせたのは2016年2月のこと。同じく研究者である夫カズキは、すでに2年ほど現地の研究所で勤務していたため、住居や車といった生活の基盤は整っていた。また、ミホ自身、スコットランドに3年間留学した経験があったため、海外での生活に抵抗はなかったという。
「夫と同じ研究所で働きたかったのですが、それが難しく、バージニア州の自宅から通勤できる範囲で職を探しました。複数の研究所の面接に行ったのですが、マッチングがなかなかうまくいかず……。結局、隣のメリーランド州にある研究所で働くことになりました。運転に慣れていなかった上、自宅から車で1時間以上かかる場所にあったため、夫と私の職場の中間地点であるワシントンDC郊外に引っ越しました」
メリーランド州の研究所に採用が決まったミホだったが、そのときすでに長女マイカを妊娠していた。事前に妊娠のことを伝えていなかったため、不安を抱えた状態でのスタートだったが、研究所の人たちから掛けられたのは「コングラチュレーション!」というあたたかい言葉だった。
「日本に帰国することなく、アメリカで初めての出産を経験しました。産休システムは日本と違い、子どもを産むギリギリまで働かなければ休暇がもらえません。出産予定日も自分で車を運転して研究所に行き、『今日が出産予定日なんだよね』と周りに伝えながら、いつも通り働いていました。いつ産気づくかもわからず、夫の職場も離れていたため、不安は大きかったです。結局、産気づいたのはその1週間後の夜だったので、夫も出産に立ち会うことができました」
初めての育児から産後8週間で仕事復帰
マイカを出産後、ミホは8週間の産後休暇に入った。アメリカの産休は6週間が一般的とされている。産後すぐは、ドゥーラ(出産前後、家事や育児をサポートしてくれる専門家)を自宅に招き、お風呂の入れ方など、基本的なことを教えてもらった。
「アメリカだと、生後間もない赤ちゃんのうちから預かってくれる保育園があります。初めての育児は不安なことが多く、当時はとにかく早く保育園を利用したいという思いでした。ただ、行政の補助などは一切ないため、月に20万円ほどの費用がかかりました。職場近くの保育園に預けたかったのですが空きがなく、最初はいくつかの保育園に転々と預けていました」

アメリカは母乳育児を強く推奨しているため、保育園には冷凍保存しておいた母乳を持っていかなければならない。毎日2~3時間おきに搾乳する必要があり、復帰後の仕事は可能な限りオートメーションに頼りながら、研究所の学生の手も借りた。当時はスコットランドの研究所とも仕事をしていたため、夜中に起きて仕事をすることもあったという。
「私の場合、マタニティハイといいますか、産後もとても元気だったため、体調を崩すことがなかったことは幸いでした。その後、2年8カ月後に次女サヤカを出産。夫の職場近くにある保育園の方が、費用が安くて補助金も受けられるため、マイカが1歳を超えてからは夫が保育園に連れて行くようになりました」
マイカは保育園でスペイン語に触れる
マイカが通っていたのは、アメリカでフランチャイズ展開している保育園だった。経験豊富な保育士たちがいて、子どもの様子を写真で送ってくれるサービスもあったため、安心して預けることができた。また、子どもにボディランゲージを教えてくれたため、親子のコミュニケーションがとても楽になったという。
「マイカが通っていた保育園には、スペイン語を話す保育士さんがいたため、自然と言語が身についていました。『オラ!』と挨拶したり、水のことを『アグア』と言ったり、最初は何を言っているのか分かりませんでしたね(笑)」

日本とアメリカの育児方法の違いに戸惑うことも多くあった。例えば、日本の育児本には、「小さい頃から3食の習慣をつけるように」と書かれているが、アメリカでは、「お腹を空かせていたら、食べものをどんどん与える」という教えだ。なかには、子どもにアボカドを食べさせている保育園のママ友もいて、「そんなオイリーなものを与えているのか……!」と衝撃を受けることもあったという。
「マイカは自由に、わんぱくに育ちました。周りの大人たちは何でも褒めてくれるので、高い自己肯定感を持って成長することができ、とても良い環境だったと思います」
現地を訪問し、イスラエルへの引っ越しを決意
「アメリカにいるときに、夫に『イスラエルで研究室を持たないか』という話がきました。ただ、イスラエルでの生活が想像できず、踏ん切りがつかなかったんです。そこで、招待を受けたのを機に、家族で現地を訪問しました。エルサレムを観光したり、研究所を案内してもらい、敷地内の保育園を見学したりしました。マイカが2歳、サヤカが生後1カ月。これから遊び盛りに入る年齢になります。ここなら自由に遊び回れて、おもしろい経験ができるのではないかと思い、イスラエルに行くことを決意しました」
2019年5月にアメリカでの生活を終え、日本に帰国することなく、翌月からイスラエルでの生活がスタートした。生後約1カ月のサヤカは、日本のパスポートをつくる時間もなく、日本の大使館に出生届を提出し、アメリカのパスポートだけを持ってイスラエルに引っ越した。 「夫の研究所の敷地内にアパートがあり、近所には娘と同じ保育園に通う家族も住んでいたため、私たちが忙しいときは娘たちを預かってもらうこともありました。私の職場には子どもを持つ女性が多く、ベビー用品を譲ってもらったり、誰かが妊娠すると周囲でサポートしたりと、国籍を問わずみんなで助け合って生活していました」

「イスラエルの平均出生率は3.0以上と非常に高いため、子どもを中心に街も職場も動いているような感じです。小さな子どもがいる家族にとっては住みやすい街で、特に公園にお金をかけているのが印象的でした。さまざまな種類の最新遊具が揃い、公園に行くだけで子どもたちはテーマパークに来たかのように大喜びしていました。イスラエル人は日本が大好きで、日本の文化・アニメ・寿司にとても興味があり、行く先々で歓迎してくれました」
後編では、イスラエルでの文化や言葉の違いによるミホの苦労や、戦争体験について詳しく話を聞いた。(2026年2月9日公開予定)






