スロバキアの人々に支えられてEU医師免許を取得
2025年3月24日
特集

スロバキアの人々に支えられてEU医師免許を取得

海外大学の医学部進学に注目が集まっている。特にヨーロッパ圏で留学生を受け入れている大学が多く、日本国内に医学部受験専門の事務局を設けている場合もある。特定の大学で医学部を卒業すれば、EU圏共通の医師免許が取得できる。スロバキア国立パボル・ヨゼフ・シャファーリク大学医学部を卒業した倉田響さんに海外医学部進学の最新事情を聞いた。  

(取材・執筆:ミニマル丸茂健一)

国立パボル・ヨゼフ・シャファーリク大学医学部卒業(スロバキア)  倉田響さん KURATA Hibiki
国立パボル・ヨゼフ・シャファーリク大学医学部卒業(スロバキア) 
倉田響さん KURATA Hibiki   

スロバキアの国立大学医学部という選択肢  

文部科学省が発表した2024年度入試の医学部医学科受験者数は12万102人。大学に入りやすい時代になったといわれる昨今の日本において、国内の大学医学部受験は、いまだに「超難関」として受験生の大きな壁となっている。そこで、注目を集めているのが海外の大学で医学部に進学するという選択肢だ。

 

海外の医学部進学といえば、イタリアやハンガリーの大学での受け入れがよく知られている。その後、受け入れ先は広がり、現在はチェコ、スロバキア、ブルガリアなどの大学で医学部に進学し、EU圏で通用する医師免許を取得するルートも知られるようになった。これらの大学は総じて、入学のハードルが比較的低いものの、ストレートで卒業することは極めて難しいという。

 

倉田響さんは、スロバキア国立パボル・ヨゼフ・シャファーリク大学の医学部を卒業し、EUの医師免許を取得した。現地での学生生活について、詳しく聞いていこう。

通っていた国立パボル・ヨゼフ・シャファーリク大学の外観。社会主義時代から変わらない
通っていた国立パボル・ヨゼフ・シャファーリク大学の外観。社会主義時代から変わらない  

留学先の高校で海外医学部進学という選択肢を知る  

「母親が医師だったこともあり、小さい頃から医療の世界は身近な存在でした。自分も病気やケガの手術で病院にお世話になったこともありました。ただ、医師になりたいと思ったことはなくて、小・中学校時代は、地元の大学附属校で空手ばかりの生活をしていました。小学校時代から顔ぶれがほとんど同じ生活で、環境を変えたいと思っていたときに、母親が教えてくれたのが、スイス公文学園高等部でした。パンフレットを見て、面白そうだと思い、スイス留学を決意したのが、海外の医学部進学につながる第一歩だったのかもしれません」 

 

スイス・レザンにあるスイス公文学園高等部で、高校時代を過ごした倉田さんが、海外医学部進学のことを知ったのは、高校2年生のとき。寮の同室の先輩がハンガリーの医学部に進学すると聞き、興味を持った。そして、高校で行われたガイダンスで改めて海外大学の医学部進学の話を聞き、高校卒業後の選択肢のひとつとして意識するようになった。 

 

「スロバキアの大学医学部を選んだ理由は、学費の面もですが、高校のStudy tripでセルビアに行った時の旧共産主義圏の建物を見た時の雰囲気に魅了されたことが大きいですね。日本では経験できないような雰囲気の中で生活を送ることができ、さらにハンガリーの大学の約半額で、EUの医師免許を取得できると聞き、一気に現実味を感じました。当時、チェコ、スロバキア、ブルガリアの医学部進学を支援する事務局が日本にあり、入試情報を調べるなかで、入試科目が最も少なかったスロバキアの大学を選びました」

 

受験科目は英語による「生物」「化学」のみ 

高校卒業後、倉田さんが進学したのは、スロバキアの首都ブラチスラバにあるコメニウス大学の医学部。この大学の入試は、生物、化学の2科目のみで、英語の試験もなかった。試験対策としては、大学が公表している問題集を読み込めばOK。実際の入試は、この問題集に忠実に出題されるという。試験問題は英語で作成されているが、海外の中学・高校で学んだ経験ある人ならば、問題なく理解できるレベルだった。  

 

「5月にスイスの高校を卒業して、6月に試験だったので、実質2週間くらいしか受験対策はしませんでした。もちろん、日本の大学進学を想定して、理系科目を勉強していたので、高校で習う生物、化学などの基礎は理解していました。逆にいうとそこをしっかり押さえておけば、入試はクリアできます」

 

隣国チェコの大学は、入学前に留学生向けの予備(ファウンデーション)コースに通うのが一般的だが、スロバキアの大学にもこの制度はあるが、入試に受かってさえすれば1年生として入学できる。つまり、しっかり勉強すれば、6年間で医学部を卒業することができる。倉田さんも慣れない医学英語と格闘しながら、大学生活をスタートした。

 

進級できないと退学になる厳しさを実体験

入学して驚いたのは、1年前期から解剖学の授業があったこと。骨格模型ではなく、実物の人骨を見ながら、関節や筋肉の部位について、説明を受けたという。その他の授業は、生物学、生化学、免疫学などいずれも医学に関する科目が中心。座学の授業はすべて英語で行われ、毎週口頭試問もあった。英語力に自信がなかった倉田さんは、入学当初、「あなたは英語からやり直したほうがいい」と言われたという。  

 

1年次の授業は座学中心。朝7時30分から1限がスタートし、毎日16時くらいまで、1日あたり2~3コマの授業を受ける。予習・復習の時間も必要で、1年次はなかなかプライベートの外出を楽しめるような状態ではなかったという。同学年の仲間に支えられ、なんとか授業に食らいついていた倉田さんだったが、3年進級時に大きな壁が立ち塞がる……。  

 

「私が通っていたブラチスラバのコメニウス大学医学部は、2年から3年次に上がるタイミングで、必要単位が不足していると即退学になるのです……。私も努力したのですが、3年に上がるタイミングで退学になってしまいました。しかし、そこをサポートする制度もあり、他大学の医学部への編入が可能です。そこで、私はスロバキア東部のコシツェという街にある国立パボル・ヨゼフ・シャファーリク大学医学部に編入しました。結果として、こちらの大学と相性がよく、楽しく学ぶことができました」

 

 3年次以降の夏休みには日本の病院で長期実習を経験  

スロバキアの大学医学部では、1・2年次が座学中心で、3年次から実習がスタート。3・4年次は、実習と座学の授業が半々くらいの割合になり、5年次以降は実習中心で学びながら、卒業試験の準備を進める。国立パボル・ヨゼフ・シャファーリク大学医学部の場合、大学から卒業が認められれば、EU圏共通の医師免許取得となる。

実習前に撮ったクラスメイトとの1枚。アジア人が少なく、ヨーロッパ人が多いのが国立パボル・ヨゼフ・シャファーリク大学医学部の特徴
実習前に撮ったクラスメイトとの1枚。アジア人が少なく、ヨーロッパ人が多いのが国立パボル・ヨゼフ・シャファーリク大学医学部の特徴

3年次以降の臨地実習の研修先は、基本的に大学附属の病院となる。しかし、長期休暇の期間は、日本を含む海外の病院を実習先として選ぶこともできる。そこで、倉田さんは夏休みの2カ月間を使って、地元の市中病院で実習を受けた。日本語の環境で学べるだけでなく、日本食が食べられる環境は、ひとときの癒しの時間になったという。  

 

「日本の病院実習では、日本とEUの医療の違いなどを現場で学ぶことができました。日本はスタッフ間の話し合いが多く、チーム医療を大切にしている印象でした。これに対し、スロバキアの病院は一つひとつのセクションがより独立していました。学生時代からこうした違いを知ることができるのは、ヨーロッパで医学を学ぶメリットともいえるでしょう」  

 

海外の医学部はコミュニケーション能力が問われる

前述の通り、スロバキアの大学医学部は、進級の審査が非常に厳しい。前述の通り、スロバキアの大学医学部は、進級の審査が非常に厳しい。倉田さんが通った両大学もその典型だといえる。2年次から3年次の進級で3割が落第し、3年次から4年次の進級でもさらに1割が落第したという。結果として、ストレートで卒業できる学生は全体の5~6割程度。入学のハードルは低いが、入学後の勉強はハードだということは頭に入れておいたほうがいいだろう。

 

また、各教科の試験には必ず英語による口頭試問が実施される。例えば、「心不全」「心電図」といったキーワードについて、根掘り葉掘り英語で聞かれるという。英語で医学の専門用語を聞き取るだけでなく、説明する能力も問われる。これは対策がかなり難しく、コミュニケーションの面で脱落していく学生も多かったという。 

 

「特に日本人は、英語のコミュニティに参加せず、日本人同士でかたまるタイプの人は、早々に帰国していた印象です。スロバキアの医学部では、専門知識を詰め込むより、患者さんや同僚とコミュニケーションをする能力がより重要になります。それをよく表しているのが、進級試験や卒業試験(国家試験)です。これらの試験でメインとなるのが口頭試問。進級試験の際は2、3人の教員で行われますが、卒業試験(国家試験)では学生1人に対して教員は8人。英語で質問攻めに遭い、答えられなければ、単位取得ができません……。それぞれの試験は、年間で3回まで受けられるので、少しずつ会話に慣れて、場を和ませられるようになることが単位取得のポイントのなると思います」

 

 

空手のスロバキアナショナルチームのコーチを任される  

慣れない土地スロバキアでの生活を経て、倉田さんはみごとEU圏共通の医師免許を取得することができた。忙しい日々を支えてくれたのは、コシツェで出会った地元スロバキアの人々だった。

スロバキアナショナルチームの次世代強化合宿にて
道場の仲間たちとの練習後の一枚

倉田さんは、小学校時代からずっと空手を習っていた。その強みを活かして、コシツェにある空手道場を訪れたところ、いつの間にかコーチを任されるように。そして、最終的にスロバキアのナショナルチームの指導も担当するようになった。ここから地元の人々との交流も広がり、「空手コーチ」として、病院内や買い物先などで声をかけられたりすることもあったという。

 

「スロバキアの人々はとにかくフレンドリーなんです。隣国チェコと文化が近いので、ビールがおいしくて、しかもすごく飲むんです(笑)。なので、ビールやワインを飲む会合にも呼ばれ、ずいぶん楽しい時間を過ごしました。卒業後は、日本を拠点にしていますが、すぐにでもスロバキアに戻りたいと思っています」

 

地元の人々のほか、国立パボル・ヨゼフ・シャファーリク大学医学部に通っていた仲間にも恵まれた。地元スロバキア人のほか、イスラエル人、スウェーデン人、ポルトガル人、イタリア人、ドイツ人、ポーランド人などヨーロッパ各国からやってきた仲間と将来の夢を熱く語り合ったことは忘れられない思い出だという。

 

卒業式で仲間と撮ったお気に入りの1枚。現在、同窓生たちはそれぞれの出身地(ポーランド、ドイツ、ルクセンブルク、キプロス)で医者をしているという
卒業式で仲間と撮ったお気に入りの1枚。現在、同窓生たちはそれぞれの出身地(ポーランド、ドイツ、ルクセンブルク、キプロス)で医者をしているという

 

医師のダブルライセンスを取得して、スロバキアの医療にも貢献したい

スロバキアの大学医学部でEUの医師免許を取得した倉田さんは今年、日本の医師国家試験にも合格し、4月から日本の病院で勤務予定だ。日本の国家試験は、マーク式で医学の細かい専門知識を問う内容が中心。スロバキアで受けた口頭試問とは、まったく違う世界だったという。 

 

「日本の医師免許も取得できたので、まずは日本でキャリアを積んで、母国語で専門分野に関して基礎を固めていくつもりです。分野としては、小児医療に携わっていこうと考えています。もちろん、将来的にはEUの医師資格も活用していきたいと思っています。スロバキアには、恵まれない環境に置かれた少数民族がいます。彼らの健康を守る医療活動の領域で、日本人の自分にできることはないか模索しています。私はスロバキアの人々に支えられて、医師免許を取得できたと思っています。この恩を何かの形で返したいと思っています」  

 

「国境なき医師団」に代表されるように、医療の専門知識と英語力を活かして、世界各国で活動をしている人々がいる。国際協力の分野で活躍したいと思っていても知識と技術、そして英語でのコミュニケーション力が伴わなければ、現場の力になれないケースもある。その点で、EUの医師免許を取得した倉田さんは、医療分野で国際社会に貢献できる資質を得たことになる。発想を変えれば、これは日本国内の医学部では、なかなか身につけられないスキルだといえるだろう。

 

まわりの人々との出会いを大切にしてほしい  

高校時代から地元を飛び出して、海外で学んだ倉田さん。そのままヨーロッパの大学医学部に進学し、新たな環境と高度な英語でのコミュニケーション力を必要とする世界に順応していった。その過程で多くの困難を乗り越えた経験は、医師として活躍する将来の医療現場でも必ず役立つだろう。最後に医学部進学に興味のある受験生に向けて、応援メッセージをもらった。

在学中ずっとお世話になった道場の仲間たちと。地元の人々に支えられたスロバキア生活だった
在学中ずっとお世話になった道場の仲間たちと。地元の人々に支えられたスロバキア生活だった

 

「医学部の勉強は、どの国でも間違いなく難しいです。ただし、これは頑張れば乗り越えることができます。それより重要なのは、まわりの人々との出会いを大切にすることです。特に、大学以外の地元の人々と交流することで、滞在中の時間がどんどん豊かになります。もともと海外に住んでいた経験がある人なら、現地のコミュニティに入るのは得意なのではないかと思います。それは在学期間の長い海外の医学部進学において、大きな強みになるでしょう。私が特技の空手でネットワークを広げたように、自分の強みを活かすのがポイントです。ぜひ自分が積み上げてきた経験を信じて、EU医師免許取得を実現してください!」