2024年3月25日
特集

国内シリーズが異例の大ヒット!新生『地球の歩き方』からコロナ後の日本が見える!?

個人旅行者向けの海外ガイドブックとして誰もが知る『地球の歩き方』シリーズ。1979年創刊で、現在、南北アメリカ、ヨーロッパ、アジア、中東、アフリカなど現在までに120エリア以上のガイドを刊行してきました。そんな老舗海外ガイドの「国内版」が最近注目されているのをご存じでしょうか? 東京版、京都版など大ヒットシリーズ発行の裏側を株式会社地球の歩き方 コンテンツ事業部長の宮田崇さんに聞きました。 

(取材・執筆:ミニマル丸茂健一)

 

『地球の歩き方』が学研グループ傘下に!

コロナ禍の2021年1月、『地球の歩き方』シリーズの版元だったダイヤモンド・ビッグ社が学研グループの傘下に入るというニュースが出版業界を騒がせました。『地球の歩き方』といえば、海外個人旅行ガイドの代名詞のひとつ。海外に駐在しているファミリーなら一度は購入したことがあるのではないでしょうか。  

 

そんな『地球の歩き方』は、2020年4月の新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言発出後、売上9割減という危機的な状況にありました。コロナ禍で誰も海外旅行に行けない上に、書店も閉まってしまい、海外ガイド専門の出版社として、新たな道を模索する必要がありました。株式会社地球の歩き方コンテンツ事業部長の宮田崇さんは、当時をこう振り返ります。

「旅行書籍の市場規模は縮小傾向でしたが、地球の歩き方の出版事業は、2017年からコロナ禍に入る2020年まで右肩上がりだったんです。女子向けの『aruco』シリーズ、御朱印シリーズ、島旅シリーズなどが売上を牽引していました。それが、20205月の段階で、全書籍の企画をストップしなければならない状況に……。そこで、これまでガイドを制作してくれていた編集プロダクションを救済するためにも今までになかった企画を考える必要がありました」

 

『地球の歩き方』はどうなってしまうのか……そんな心配をよそに、コロナ禍の2020年9月、国内シリーズ初となる『地球の歩き方 東京』が空前の大ヒット。テレビやニュースメディアがこぞって取り上げ、書店でも売り切れが相次ぎました。これは海外在住者でも知っている人がいたかもしれません。そして、学研グループの傘下に入ることが発表されたのがほぼ同じタイミング。学研グループの傘下で、株式会社地球の歩き方として再スタートした同社は、不死鳥のように売上を伸ばしていきます。その背景で何が起こっていたのでしょうか。

『地球の歩き方 東京』は海外シリーズのセルフパロディだった

 

「『地球の歩き方 東京』が発売されたのが2020年9月で、学研グループへの事業譲渡が発表されたのが、2020年11月でした。当時、管理職だった私もまったく知りませんでした」

 

学研グループの傘下になったからといって売上が戻るわけではありません。9割減った旅行書籍の売り上げを立て直すため、宮田さんは新たな戦略を次々と立案していきます。その柱のひとつが、それまで離島など一部しか手がけてこなかった国内のガイドブックでした。  

 

「もともと『地球の歩き方 東京』は、2020年の東京五輪に向けて、準備していた企画でした。日本各地を含め、世界中から観光客が集まるタイミングで、東京のガイドブックが書店にズラリと並ぶことは想定されていました。そこで、同じようなガイドブックをつくっても仕方ないので、『地球の歩き方』らしい東京ガイドをつくろうと考えました。これはまさに私のアイデアだったのですが、当時から『売れないこと前提』で考えていましたね(笑)」  

 

宮田さん曰く、『地球の歩き方 東京』は、『地球の歩き方』海外シリーズのセルフパロディなのだとか。『るるぶ』『まっぷる』などの大手ガイドと差別化するために、東京スカイツリーやディズニーリゾートの別冊ガイドは付けない、東京駅おみやげランキングもやらない……むしろ、『地球の歩き方 パリ』に「文豪が通ったカフェ特集」があるならば、『地球の歩き方 東京』は「文豪が愛した蕎麦、天ぷら特集」をやる……という具合に、完全な独自路線を突っ走りました。  

東京のガイドブックといえば、銀座、新宿、渋谷などの最新グルメ&ショッピング情報に加え、東京駅や羽田空港のお土産情報、さらに大型エンタメ施設の完全攻略ガイドといった内容が定番です。しかし、『地球の歩き方 東京』の巻頭特集を見ると「伝統工芸にチャレンジ」「下町路面電車旅」「東京ならではの文化財めぐり」「東京最古の酒舗を訪ねて」……と渋すぎるラインナップ。  

 

掲載店舗も流行りのカフェよりも老舗の名店、実力ある人気店が中心。東京スカイツリータウンの紹介が2ページなら、日本橋七福神巡りの紹介も2ページというコンセプトのしっかりした構成が印象的です。この制作サイドからのメッセージを主に東京在住の読者が受け取り、熱烈に反応しました。コロナ禍で海外に出られず、地元再発見の動きがあったことも大ヒットの後押しになったのかもしれません。 

「国内シリーズの売上の特徴は、初版の8割を地元の方が購入してくれることです。その後、重版を重ねるごとに、地元の人の割合は5割くらいになっていきます。普段東京に住んでいる人が、観光客向けの東京ガイドを買うことってないですよね? 『地球の歩き方 東京』は、東京在住者が地元を再発見するというニーズを掘り起こしたことになります。東京版は、累計10万部に到達し、国内シリーズは、そこから多摩地域版、京都版、沖縄版、北海道版、千葉版、埼玉版なども発行し、順調に部数を伸ばしています」

10年後に再訪してもまだそこにある店を紹介したい

地球の隅々まで旅する自由な旅人向けのガイドブックとして知られていた『地球の歩き方』のコンセプトで国内ガイドをつくったどうなるのか? 大ヒット中の東京版だけでなく、他のエリアも気になるところです。そこで気になるのは、『地球の歩き方』らしい掲載する物件選びのコツ。どのような基準でお店や見どころを選んでいるのでしょう?

 

「『地球の歩き方』では、昔から旅先での『一期一会』を大切にしています。海外旅行だと同じ場所に2度行くことって、かなり珍しいですよね。ハワイ好きの日本人でも一生のうちに3回行けば多いほうだと思います。そこで、現地で訪れた思い出の店に10年後、再訪したときにまだそこにあってほしい。そのため、基本的には3年以上営業している地元で人気のお店しか紹介したくない。今はSNSもあって、最新のお店情報はどこからでも入手できます。それなら、10年後にも残る実力店を見極めて掲載するほうが価値になると考えています。結果、国内版でもその考え方に共感していただける読者さんがいて、ヒットにつながったと思います。最近は、その地域に引っ越す方へのプレゼントとしても喜ばれているようです」

『地球の歩き方』国内シリーズのヒットを受け、2022年9月に発売されたのが、『地球の歩き方 日本』。北海道から沖縄まで日本全国津々浦々を『地球の歩き方』スタイルで網羅した分厚いガイドは、累計約12万部のヒットになっているといいます。さらに、国内版の好調を追う形で、『地球の歩き方』のコラボ企画も続々刊行されています。

 

学研との統合で実現した『ムー 異世界の歩き方』

そのひとつが、『ムー 異世界の歩き方』。これは、事業譲渡前の『地球の歩き方』社員が、「コロナ禍で海外ガイドが出せないから、ムー大陸とかアトランティス大陸とか出したい」とSNSでつぶやいたところ大きくバズり、その後、学研グループへの事業譲渡が決まり、ジョークのような企画が実現してしまったといいます。

 

「『ムー 異世界の歩き方』はまさに『地球の歩き方』と『ムー』の版元である学研グループの統合によって実現した夢のようなコラボですね。SNSで話題になったこともあり、初版3万部でスタートして、現在(2024年3月)は累計14万部まで伸びました。これは出版業界全体でも異例の数字だと思います」

 

宮田さんは、コロナ禍に入った当初から、海外ガイドシリーズの危機を察知して、『地球の歩き方』ブランドを使ったコラボ企画をゲームメーカーやシューズメーカーに持ちかけていたといいます。それでも結果は全滅……。そのタイミングで、学研グループへの事業譲渡があり、同社の専門部署が動いたことで、『ムー 異世界の歩き方』だけでなく、さまざまなコラボ企画が進んでいきました。

『地球の歩き方』らしいこだわりを感じるレトルトカレーシリーズ

書籍でいえば、『地球の歩き方 JOJO ジョジョの奇妙な冒険』や『地球の歩き方 宇宙兄弟』。さらに、コラボ企画はガイドブックの枠を超え、『地球の歩き方』ブランドのレトルトカレーやグミキャンディにも広がっていきます。コロナ禍の売上9割減から学研グループへの事業譲渡を経て、コロナ前の売上を超えるV字回復を果たした新生・株式会社地球の歩き方に、今やさまざまな自治体やメーカーが売り込みにくるそうです。

 

目指すのは「その土地に暮らすために必須の1冊」

『地球の歩き方』の国内シリーズは、その後もタイトルを増やしており、最近話題なのが『地球の歩き方 北九州市』。2024年2月の発売翌日に重版が決まる異例の売れ行きで、こちらも地元自治体の熱烈な協力により、地元の購入者を増やしているといいます。もうひとつ宮田さんが注目しているのが、同じく2024年2月発売の『地球の歩き方 世田谷区』。こちらは国内シリーズ初の区域版で、今後の動向が期待されます。

「北九州市も(東京都)世田谷区も人口90万人超のちょうど同じ規模なんです。90万人対決ということで、どのような売れ行きになるのか楽しみです。あと個人的には、2024年6月発売予定の『地球の歩き方 横浜市』にも注目しています。自分の地元ということもあり、巻頭特集や紹介エリア、紹介店舗にはかなりこだわっています」

 

『地球の歩き方』国内シリーズが目指すのは、「その土地に暮らすために必須の1冊」。そういわれてみるとSNS時代に地元を網羅したガイドブックがなくなっていたことに気づかされます。2024年3月現在、『地球の歩き方』国内シリーズは全15タイトル。地元を紹介しているタイトルがあれば、一度購入してみては?

【取材協力】 
株式会社 地球の歩き方 コンテンツ事業部長 宮田崇さん 
2001年、ダイヤモンド・ビッグ社に入社。翌年から『地球の歩き方』編集室に配属。現在は、株式会社 地球の歩き方で、観光マーケティング事業部、コンテンツ事業部を統括している。 
■地球の歩き方 https://www.arukikata.co.jp

 

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