日本人学校や補習授業校など在外校での勤務経験を活かして、帰国後に活躍する教師たち。教室という枠組みから飛び出して、意欲的な取り組みを続けるその姿を追う特集の第2回。
今回は、現実の世界からインターネット空間へと活動の場を広げた2人の教師の物語。世界中から1000人以上が参加するオンライン研究発表会「世界同時授業」を生み出し育てている、齋藤暢さん(宮城県)と小畑英毅さん(京都府)の、それぞれのライフストーリーをご紹介する。
教師たちの想いが育てる「世界同時授業」
「世界へ発信 私たちがつくる持続可能な社会オンライン発表会」通称「世界同時授業」は、国内外の学校を結んで実施される壮大な規模の学習発表会だ。
小学生から高校生まで、それぞれの学校やクラスでSDGsをテーマに学んだ子どもたちが研究成果をまとめた動画をインターネット上で共有、参加校は事前にそれを視聴して、当日は4~5校ずつのグループに分かれて質問や感想を述べあう。2019年に当時蘇州日本人学校にいた齋藤暢さん(宮城県)が企画して実現、2023年からは小畑英毅(京都府)さんが主催を引き継いで、12月に第5回が開催された。
在外校派遣の同期である2人の出会いは2019年の年明け。派遣を前に東京の国立オリンピック記念青少年想像センターで実施された研修で、宿舎が同室になった。赴任先は蘇州と上海で同じ中国。偶然年齢も同じだった。意気投合した2人は、毎日たくさんのことを語り合った。
蘇州と上海に着任後も連絡をとりあった。2019年の夏休みには上海で再会、その時にすでに齋藤さんは「世界同時授業」の構想をあたためていた。大いに賛同した小畑さんだったが、2019年は学校行事の調整ができず参加できなかった。
第2回は2020年。この年、新型コロナウィルス感染拡大によって国内外の学校では多くの行事を中止せざるをえなくなっていた。「子どもたちにイベントを与えてやりたい」というニーズとオンライン授業の普及もあって、一気に参加国が10を超えた。この年に小6児童と初参加した小畑さんは、「自分が求めてきたグローバルな感覚がここにある。つながる感動ってこんなに大きいのか」と驚いたという。
齋藤さんも小畑さんも帰国後の学校で迎えた第4回。齋藤さんのいる宮城県仙台市立広瀬中学校が主催した。小畑さんは担任する小4の子どもたちとともに参加、内容が少し難しいのではないかという危惧はあったが、やってみて「大丈夫」という手ごたえを得た。
2023年春、齋藤さんが中学の夜間学級に異動した。世界同時授業はどうなるのか。構想段階からビジョンを共有し、参加者管理などの事務作業を手伝ってきていた小畑さんは、引き継ぐなら自分だろうと考えていたが、学校の業務が忙しくて言い出すのをためらっていた。そこに、「小畑さんに引きついでほしい」と齋藤さんから直接オファーされた。
「個人としてはありがたくて、嬉しかった」
覚悟を決めた小畑さんは管理職に相談。その年に着任したばかりの校長も教頭もイベントの価値を評価し、学校挙げて取り組むことになった。準備段階も実施当日も、京都府宇治市立岡屋小学校の教師たちは裏方として世界同時授業を支えてくれた。
2023年は小・中学校合わせて22校が集まった。はじめて中国のインターナショナル校も参加した。中国やベトナムなどアジアとはリアルタイムで、時差の大きいアメリカやドイツの参加校とは動画とコメントを共有する。小畑さんは手ごたえをこう語る。
「連続参加の学校も増えてきました。常連の先生や、手伝いを申し出てくれる先生もいます。在外校派遣時代に参加し、今回は帰国後に国内校から参加してくれるケースも。広がってきている実感がありますね」
日本の学校でもタブレットを使った授業は当たり前の光景になってきた。導入したICT機材は、更なる活用が求められる。そんな中で、現場の教師の企画から生まれ、ごく普通の地方都市の公立小学校が主催している「世界同時時授業」は、先進事例として注目されている。
島しょ部の小さな学校の参加も目立つ。人数の少ない学校では学習成果を発表する場が限られてしまうというその悩みは、そもそもこの授業が生まれるきっかけになった蘇州日本人学校はじめ多くの在外校と共通するものだ。そんな学校にとっては、他校の児童生徒とのオンライン合同発表会はまたとない機会となる。在外校で生まれた取り組みが、日本の教育現場の課題解決の道としても期待されはじめているということなのだろう。
主催を引き継ぐにあたって、小畑さんは、齋藤さんから「今までどおりにやる必要はない」と言われたそうだ。信頼する仲間に手渡された世界同時授業はもはや斎藤さんひとりのものではない。
日本の教育現場にたくましく根付き、芽吹きつつある「世界同時授業」。はたして、これからどんな大樹に育っていくのだろうか。