2023年10月3日

「できない」から「できる」に目を向ける 大学生 柏木杏さん

Knox Collegeで学ぶ柏木杏さん

小学生時代をアメリカで過ごしたことから、アメリカや英語が大好きになった柏木杏(かしわぎ・あん)さん。帰国後も英語を学び続け、高校1年の時にアメリカ留学のプログラムに応募。しかし、弱視を理由に選考対象から外されてしまう。このことをきっかけに、アメリカの大学を目指すようになった。現在、イリノイ州のリベラルアーツ・カレッジで学ぶ柏木さんに、目のハンデや大学生活ついて話してもらった。 

(取材・構成:飯田みか)

現地校5年生最終日。クラスのみんなと

日本の高校を卒業後、アメリカの大学に行くまでの経緯を教えてください。

小学2年生の春、父がカリフォルニアのサンディエゴに転勤になり、私は現地校に転入しました。3年後、日本に帰国した小学5年生のときには、アメリカの空気や文化だけでなく、英語も大好きになっていました。私は弱視なので画数の多い漢字を読むのは大変ですが、ローマ字ならずっと楽に読めるというのもあります。

私があまりにも「アメリカ大好き」「英語大好き」だったので、心配した母は私を日本文化を大切にする伝統ある中学・高校に進ませました。

高校時代は英語の先生に勧められて、ECCホノルル市長杯や上智大学のジョン・ニッセル杯等のいろいろな英語のコンテストに参加しました。スピーチコンテストは3回出場し全て入賞、最高2位でした。レシテーションコンテストとプレゼンテーション大会では、両方とも1位を取ることができました。

帰国後も英語を忘れたくなくて、毎日暇さえあればネットで何かしら英語の動画を見ていたのも奏効したと思います。コンテストで自信がついて、人前で英語を話すことがますます好きになりました。

TIME CUP英語プレゼンテーションコンテストに出場し、見事1位に 

それで、アメリカの大学を目指したんですね?

実は、高校1年のときに、学校でこんなことがあったんです。

1年間アメリカに留学するプログラムがあったので「私が行かなかったら誰が行く」ぐらいの意気込みで応募したのですが、「柏木さんは障害があるから、向こうに行ってうまくいかないと思うんです」と選考対象から外されてしまいました。

障害が理由で何かを断られたのが初めてだったので、本当にショックでした。そのときに「高校でアメリカへ行けないんだったら、絶対に大学で行こう」と決心しました。

そして、「グルー・バンクロフト基金」から奨学金を受けて、Knox Collegeというリベラルアーツ・カレッジに入りました。学生数は1,200人余りと小規模で、教授と学生の距離が近い学びやすい大学です。

選考対象から外される理由になった、杏さんの「弱視」について教えてください。

私は予定より3カ月早く生まれたため小さく、片手に乗るくらいの大きさだったそうです。そのため「未熟児網膜症」になっていました。生まれてからずっと、視力は眼鏡をかけても0.05ぐらい。1メートル離れると、相手の顔の表情が分かりません。

日本の小学校では普通学級に席を置き、週1回弱視学級に通いました。アメリカの小学校ではIEP(個別教育プログラム)が組まれ、サポートを受けました。

高校生のときには、NHKの「視覚障害ナビ・ラジオ」というラジオ番組や、ハートネットTV「フクチッチ」の視覚障害者の特集にも出演したり、東京大学先端科学技術研究センターが主催するDO-IT Japanの「スカラープログラム」という若い障害者のリーダー育成プログラムにも参加したりしました。    

現地校5年生のときの遠足で担任のレイチェル先生と。  愛に満ちていたレイチェル先生の影響はクラスの子どもたちにも及び、杏さんにとって学校は「居やすい場所」になった

目のハンデについて、今の大学は何か配慮をしてくれますか?

受験する前に、受ける予定の大学全てに「私はこういう障害があって、高校ではこういう配慮を受けていますが、そちらの制度はどうなっていますか?」というメールを送って、様子を聞きました。

現在通っている大学の支援の仕組みはこんな感じです。「こういう障害で、こういう配慮がいいです」と支援室に伝えると、それに即して各教授に連絡をしてくれます。そこには、何の障害かは書かれていません。「この学生には、こういう配慮が必要です」という情報だけ。そして、「実際にどんな配慮を受けたいか」は、自分で決めるんです。各教授の所へ行き、「教科書や資料を先にもらえますか?」「授業で動画を見ることはありますか?」など心配していることを伝えると、「課題文は全部先に配信するから大丈夫だよ」とか、「動画を見る場合は先に送るから」と言ってくれたり、「ホワイトボードに書く文字のサイズはどれくらいがいい?」などと教授からも心配なことを尋ねてくれたりしました。

自分がどんな障害を持っているのか伝えるかどうかを学生の判断に委ねるのは、アメリカらしいというか、自由だなと思います。

大学で何か面白い授業はありましたか?

こんなことがありました。

社会学の授業で「一つ物を選んで、48時間肌身離さず持って、その時に感じたことと、周りのリアクションを記録する」という課題が出たんです。私は「白杖」を選びました。

入学当初は、周囲に目が悪いことを知ってほしかったので白杖を持ち歩いていましたが、慣れてからは持ち歩かずに白杖を折り畳んでカバンに入れて持ち歩いてました。それをカバンから出して、視野に入る所にずっと置いておきました。

周囲のリアクションはそんなに変わらなかったのですが、一番変わったのは自分でした。白杖を持っていると落ち着かないんです。  白杖って、良くも悪くも目立ちます。「目が悪いです」というプラカードを持って歩いているような。だから身だしなみをちゃんとしなきゃとか、いつもニコニコご機嫌にして、ちゃんとした障害者らしく振る舞わなきゃとか……。この大学に通う視覚障害者は私一人なので、悪い印象を与えて「視覚障害者って嫌な人」と思われてしまうと困るなど考えてしまい、緊張していました。白杖がそばにあるとその緊張がなかなか解けず、48時間が終わった後はげっそりしました。

私にとって、入学当初は白杖を持つことのメリットのほうが多かったんですが、慣れてくると必要がなくなるどころか、逆に持ってると居心地が悪くなるんだと分かって、面白いと思いました。

Knox Collegeの入学式。学長、友達と   

勉強は大変ですか? 授業はどんな様子でしょうか?

入学後、授業が始まる前の夏休みにIntensive English Language Program(IELP)という、外国から来た学生のための英語スキルアッププログラムに参加しました。早めにキャンパスの様子を見るぐらいの軽い気持ちでいたのですが、参加してびっくり。かなりハードで、毎回課題が出て、エッセイ(論文)を書かないといけない。高校時代にエッセイに対する苦手意識があった私は、なんとなくは書けたのですが、不安でいっぱい。せっかくIELPに参加したんだから100%の力を発揮しなければと思いました。そこで「ライティングチューター(WT)」にアドバイスを求めました。

IELPの初日、教授のジョンが助手として2人のWTを紹介してくれました。

声をかけてみると、「こうしたほうがいいよ」という指示が的確だっただけでなく、「導入の文章がすごくいいね」「こっちの段落は考えがよく伝わってくるよ」などいいところをちゃんと誉めてくれ、「ここまでできているなら大丈夫だよ」と励ましてくれたので、気力がすごく湧いてきたんです。次のエッセイが返ってきたときは、ジョンに「エッセイいいね」と言われ、すごく安心しました。

それ以来、正規の授業が始まってからも、エッセイはWTにお世話になりました。おかげで私はライティングが楽しくなり、他の授業のエッセイも自信を持って書くことができました。1年次は3学期連続で学長賞(評定平均4段階で、3.6点以上)を取ることができました。

ライティングに自信がついて、自分もライティングチューター(WT)になろうと? 

はい。冬学期、ジョンの授業の最終課題が「自分の好きな話題で、インターネットがある時とない時の比較をしなさい」でした。私はゲームが好きなので、子供の遊び方についてネットがある時とない時を比較したんです。提出枚数は7ページでよかったですが、調べれば調べるほど情報は出てくるし、私の考えも湧いてくるしで、18ページくらいになってしまいました。そのまま提出したところ、「これはAプラスをあげるしかないな」って言われて(笑)。

音楽の授業でも、最終課題は「自分の好きなジャンルについて6個、説明文を書く」だったのでゲーム音楽について書いたのですが、それもまたすごく楽しくて。いかに楽しんで文章を書くかも大事だなと思いました。

でも自分からWTになろうと思ったわけではありません。WTになるためには、まずは必修の授業を受けて良い成績を取ること。さらに「志望理由書」を書いて、面接を受けて、とハードルがいくつもあるので、簡単でもありません。

私に「WTやってみない?」と勧めてくれたのは、授業を3学期まで受けて私の成長を見ていてくれたジョンでした。「ライティングがうまくなるための一番の近道は教えることだ」と言われ、WTになるための必修授業だけでも受けてみようと思いました。

WTを勧めてくれたジョンのクラス。Knox Collegeにて

ライティングチューター(WT)について、もう少し教えてください。

WTは学生がレポートを書くのをサポートする仕事です。「何を書くべきか」というところから、「書き方が分からない」「アイデアのブレーンストーミングを手伝って」「最終の文法チェックをして」まで、様々なリクエストに応じて手助けをします。

もちろん「文法ミスがないか」とか「参考文献がちゃんと書けているか」をチェックするのも大事ですが、「論旨が通っているか」「課題どおりに書けているか」「書いていることを本人がちゃんと理解しているか」を確認する。加えて一番大事なのは、その人の文章の良いところを見つけて褒めて、励ますことだと思っています。

WTに「助けてほしい」と言うと、たいてい最初に「何について書いているの? 説明して」と言われます。課題が何を求めているか、自分が何を書きたいかを説明することで、頭の中が整理されて、ずっと書きやすくなります。また、自分の意見が深まることも。

IELPのお手伝いもしていると聞きました。

はい。今年はIELPに助手として参加しています。初めは緊張しましたが、質問されたり、雑談したりしているうちに徐々に緊張が解けてきました。段々と信頼を得られるようになったのが嬉しいです。また、いろいろな人の文章の書き方を知ることができるのが興味深いです。

来学期からいよいよ本格的にWTとしての学生バイトが始まります。お世話になったWTのように、的確にアドバイスしつつ、その人の良いところを見つけて励ますことをしていきたいと思っています。

将来の夢は?

障害を持っている人も持ってない人も楽しく生活できる社会にするために、何か貢献できればいいなと思っています。

ジョンに可能性を見つけてもらい、WTになるきっかけを作ってもらいました。弱視であるというマイナス面に目を向けずに、ライティングの能力に目を向けてくれたのでこの機会を得られたと感じています。同じように一人一人が個人の良いところに着目するようになれば、もっといい世の中になるのではないかと思いました。WTとして、みんなの良いところを見つけて、より伸ばしていけるように頑張りたいと思います。

 

【プロフィール】 
柏木杏さん 
2003年4生まれ。小2から小5までアメリカのカリフォルニアで過ごす。その後、日本の中学・高校で学び、2022年にアメリカ・イリノイ州のKnox Collegeへ進学。大学では、勉学に励む傍ら、ライティングチューター(WT)やIntensive English Language Program(IELP)の助手など、常に新しいことに挑戦している。

 

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