現在川崎市で「新しい福祉」を展開している佐藤典雅さん。福祉とは縁がなくBSジャパン、ヤフージャパン、東京ガールズコレクションなどでプロデューサーをしていた。そんな経歴を持つ佐藤さんに福祉のことや長男のがっちゃん(楽音〈がくと〉/GAKUさん)のことを話してもらった。佐藤さんが代表を務めるアイムは4年連続でかながわ福祉サービス大賞を受賞している。
(取材・執筆:髙田和子)
佐藤さんはとてもクリエイティブで行動的な方だと思いますが、アメリカ生活が長かったことが影響していますか。
9歳の時にアメリカに渡り、父の仕事の都合でアメリカで何回も転校しました。高校の途中で帰国して、日本のインターナショナルスクールに通いましたが、3年生の時にハワイへ。
28歳で帰国し、32歳の時、日本でヤフージャパンの社長に直訴して入社しました。日本の教育を受けたのは9歳までです。
そんな経歴なので柔軟性は鍛えらましたね。考え方が固定されていないし選択肢が多いから何かあっても「ここは慌てなくていい」と、ビビりません。
長男のがっちゃんが3歳の健康診断で「自閉症」と診断されたことから、ロスアンゼルスに移住されたそうですが。
自閉症について知識がなかったので調べたら「座っていられない」と書かれていたんです。息子もそうでしたが「それって病気なの?」って思いました。
英語のサイトを見るとより詳しく書かれていましたが、どれを見ても「早期療育が必要」や「手遅れになる」などと書いてある。じゃあ、自閉症のセラピーが進んでいるロスアンゼルスに行こう、ということで家族で引っ越しました。
アメリカでは日本と違って周りの人たちが自閉症を普通に受けいれていました。学校では、自閉症の生徒に専属のセラピストがつきます。けれども、2年たったころ疑問に思いました。自閉症って治すもんじゃないよね、病気ではなく、「特性」なのだから。「がっちゃんはがっちゃんでしょ」と気づきました。
がっちゃんが14歳になったころ帰国し、神奈川県川崎市で株式会社「アイム」を設立されましたが、それは予定されていたのですか。
日本に帰国後、息子を近くの「放課後デイサービス」に連れて行ったのですが、そこで衝撃を受けたのです。古ぼけた建物で暗いし、働いているスタッフも地味だし。「俺がここにいたいと思えないのにがっちゃんが楽しいわけがない」と思いました。
だったら自分でつくるしかないですよね。2015年に設立した会社名のアイムは「 I am! 」と胸をはって自己宣言できるといいな、という思いを込めた名前です。そして翌年「アインシュタイン放課後宮前平」を開設しました。今では放課後デイは5箇所にあります。
佐藤さんが運営する「放課後デイサービス」はどのようなところですか。
「療育をしない」ということで、はじめはあまり子どもが来ませんでした。しかし、しばらくすると「楽しそう」という口コミが広がり、子どもが集まってきました。
ここでは、子どもたちは好きなことをしています。
工作もできるし、絵も描けるし、ゲームもできる。子どもたちは学校で十分ストレスを受けていると思うので、ここでは自分たちの好奇心を見つけてそれを追求できる環境を整えることが大切だと思っています。
子どもたちに禁じているのは、他傷と自傷について。そこは厳しく、キッパリと伝えています。
がっちゃんの成長に合わせて事業を拡大されているとお聞きしました。
放課後デイサービースをつくった後は、息子の成長に合わせて支援高校をつくりました。次に就労支援の場、また将来を見越して共同生活のグループホームもつくりました。施設は全部で10箇所になりました。
さらに、親が死んだ後のお金を管理するアイムパートナーズもつくりました。終身保険と信託を組み合わせたシステムです。これで一応「発達障害のインフラ」はそろったかんじです。
現在アイムの職員はパート入れて80人。職員の中に保護者が多いのも特徴です。当事者がここで仕事するといろんな子を見て「みんなそれぞれ特性が違うんだな。それでいいんだな」と思えるんですよね。
がっちゃんはGAKUという名前で世界に羽ばたく画家になりましたが、小さいときから絵が上手だったのですか。
絵を描くとは全く思っていませんでした。
16歳の時、遠足で岡本太郎美術館に行ったのですが、いつもは5分とじっとしていられない息子が初めて立ち止まって絵を見ていたのです。そして翌日から絵を描きだしました。スタッフが色々な画材を与えてみたら、それを使って次から次に描きました。周りは彼の邪魔をしないで環境だけを与えてきました。
絵を描き始めて1年経った頃、世田谷区の区民ギャラリーを借りて、がっちゃんの絵の展示をしたら、絵の売り上げが150万円になったんです。「これは手ごたえある」と思って、プロデュースに本腰を入れました。
その後、がっちゃん本人の希望でニューヨークでも個展を開催。その縁でバッグブランドLeSportsacとコラボレーションをすることになりました。その後もTHE BODY SHOPなど、「自閉症の人の作品」ということでなく絵を気に入ってくれたところとコラボしています。自閉症アーチストということは隠さないけど、障碍者ありきの企画は断ってきました。そこはぶれません。
佐藤さんが目指す「福祉」とはどういうものですか。
アイムの人たちはみんな「楽しい」を探すのが得意です。
保護者たちも子どもの障碍を隠さないし、深刻になりません。子どもの行動を全部ネタにして笑って話します。
就労支援でも、調理実習でお昼ご飯を作ったり、Tシャツやグッズをつくったりして、工賃を得ます。でもお金を稼ぐことが目的ではなく、「行きたくなる就労支援」です。
障碍を持っていると、福祉施設に入った時点でまず一般的な「稼ぐ」という命題から外れているのですよ。だからこそ、子どもたちの「楽しい」を追求するのが福祉の役割だと考えています。
【プロフィール】 株式会社アイム代表 佐藤典雅さん 子供時代の大半をアメリカで過ごす。BSジャパン、ヤフージャパン、東京ガールズコレクション、キットソンのプロデューサーを経て、自閉症である息子のために福祉事業に参入。 株式会社アイムのHP:imhappy.jp
GAKUのアーティスト活動:bygaku.com
著書
『療育なんかいらない!』
(小学館)『GAKU, Paint! 自閉症の息子が奇跡を 起こすまで』
(CCCメディアハウス)