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永遠の都、ここローマ。世界遺産の宝庫に暮らす「ローマ日本人学校」と「ローマ日本語補習授業校」。その両校には自慢の校歌があります。ピアノの奏でる最初の2音はローマの青い空へぐっと皆の心を引き込む。そして、校歌には珍しい三拍子!
コロナ禍が落ち着いて来た時、補習校でまず取り組むことにしたのが、「校歌を歌うこと」でした。 ローマには、日本人学校(以下、全日制)と日本語補習授業校(以下、補習校)があります。現在は二校が別の場所で授業を行っていますが、校歌は同じ。全日制と補習校が心を一つにできる大切な宝物です。
補習授業校は、1975年に創立。当時は駐在員の子女が多くいましたが、在留邦人も多くなり、保護者の中には元補習校生も。現在、幼稚部から中学部まで約80名が学んでいます。 校歌は、補習校よりも後に開校した全日制の創立メンバーによって誕生。開校当時は、たった5人の子供たちと4人の先生。そのできたての学校に2人のお子さんを送っていた新日鉄ローマ事務所の駐在員(当時)岡本久人氏が、1980年代の終わりのある日、学校に1本のカセットテープを持って来られました。
「これ・・・校歌にどうでしょうか」
これが校歌誕生の第一歩です。キーボードの自動伴奏に乗せられたそのメロディーに長井由紀先生が作詞を担当。「♪プラタナスの~♪」の歌詞は、通勤途中のノメンターナ通りから生まれています。なかなか時間が取れず、電話口で長井先生が口ずさむのを音楽担当の門田幸子先生が聴き取る。メロディー→歌詞→編曲→楽譜と通常とは全く異なる順序を経て、やっと1990年に完成。発表前に実際に会ったのはたった一度だけ。2番の伴奏がワルツ風になったのもその時のことです。そして、自然と二重唱になりました。
自信がなかったこともあり、あえて「ローマ日本人学校愛唱歌」と命名。しかし、この心のこもった愛唱歌は名のごとく多くの人に歌われ、愛され、6年後正式に校歌となりました。
永遠の都ローマと共に、歌い継がれていく皆の大好きな「ローマの学び舎」。
