コロナ禍のアメリカと向き合ったフィラデルフィアでの3年間【後編】
2024年9月9日
家族/クロスカルチャー

コロナ禍のアメリカと向き合ったフィラデルフィアでの3年間【後編】

幼少期に海外生活を経験したことがあるヒロムとレナは、2019年から2022年までコロナ禍のアメリカで駐在生活を経験した。通学はもちろん、外出もままならない時期は次男タイタロウ、長女マイコとともに家族でスキーやキャンプをして休日を楽しんだ。ただ、同時期のアメリカではBLM(ブラックライブズマター)運動が活発化するなど、社会情勢は複雑化していた。そんななか、子どもたちは現地校で多様性に順応してたくましく成長していく。レナもアップデートされたアメリカ社会で多くの発見をする。さまざまな経験をしたコロナ禍の駐在生活で家族は何を得たのか?(仮名)

 (取材・執筆:丸茂健一)

家族でスキーとキャンプを楽しんだコロナ禍の休日

コロナ禍でもオープンしていたスキー場。シーズンパスを購入して、毎週行っていた
コロナ禍でもオープンしていたスキー場。シーズンパスを購入して、毎週行っていた 

どのような状況でもしっかり楽しみを見つけるのがアメリカ人だ。日本も同様だったが、コロナ禍で人気を呼んだのがアウトドアアクティビティ。自然豊かなペンシルバニア州にはスキー場やキャンプ場がたくさんあり、家族も多いに楽しんだ。特に冬はシーズナルチケットを買って、有名スキーリゾートとして知られるブルーマウンテンで毎週スキー三昧の日々を過ごしていたという。

 

「キャンプに関しても日本にいた頃から好きだったので、いろいろ道具を揃えて、本格的に楽しんでいました。冬のキャンプでは大型のテント内で薪ストープを炊いたりして(笑)。日本から持って来たキャンプギアを見て話しかけてくるアメリカ人も多く、コロナ禍にほっとできる瞬間でしたね。タイタロウはキャンプ場から補習校のオンライン授業に参加したりしていました」(ヒロム)

コロナ禍で補習校もオンライン授業に。キャンプ場から授業に参加中
コロナ禍で補習校もオンライン授業に。キャンプ場から授業に参加中

外食などはなかなかできなかったが、普段の食生活で困ることはなかった。フィラデルフィアのような大都市には、日本人もよく知る「ホールフーズマーケット」のような高級スーパーがあり、寿司や海苔巻き、餅などの日本食も気軽に購入できた。また、専門の卸売業者を探し当て、刺身用の魚を売ってもらったりもしていた。

 

「ホールフーズに限らず、小さなスーパーでも日本の醤油や海苔、ゴマなどが普通に売られていました。特に驚いたのは、『ポッキー』のような日本のお菓子が当たり前のようにあったことですね。私がかつてコロラドやカリフォルニアで生活していた頃は、日本のお菓子は貴重品で入手するのが本当に大変だったので、時代は変わったと思いました。一方、現地で人気のお菓子や洗剤のブランドが当時と何も変わってなくて、そこも面白かったですね」(レナ)

 帰国直前、コロナ禍でずっと中止になっていたESL受講者の家族交流会で学校に訪れた時。ソーシャルディスタンスを取りながらも初めてインパーソンで子供たちのESLの先生に会うことができた
 帰国直前、コロナ禍でずっと中止になっていたESL受講者の家族交流会で学校に訪れた時。ソーシャルディスタンスを取りながらも初めてインパーソンで子供たちのESLの先生に会うことができた

コロナ禍でアメリカ人も心に余裕がなくなっていた

コロナ禍の2020年といえば、前回のアメリカ大統領選があり、トランプ氏とバイデン氏が激しい論争を繰り広げ、社会の分断がじわじわと可視化されつつあった。また、2020年5月にミネソタ州で起こったアフリカ系アメリカ人男性が警官に暴行され死亡した事件を発端に全米に広がったBLM(ブラックライブズマター)運動もアメリカが抱える現実を露呈した。  

家族が住んでいたフィラデルフィアもBLM運動が激しかった地域のひとつだった。テレビで暴動のニュースを見ていると現場で車が燃やされて上がった黒煙がアパートの窓から見えたこともあったという。 コロナ禍でアメリカ人も心に余裕がなくなっていた。コロナ前は丁寧に対応してくれた近隣の人々も自分のことで精一杯になっている場面も多かったという。子どもたちが学校でどのような境遇にあるのか気になっていたレナだったが、子どもたちは意外なほど現地に馴染んでいた。     

フィラデルフィアはアメリカの独立宣言の地。その際に鳴らされたというリバティベルの前にて
フィラデルフィアはアメリカの独立宣言の地。その際に鳴らされたというリバティベルの前にて

「フィラデルフィアでは、小学校・中学校と3年間現地校に通いました。1年目はわりと自由に過ごし、2年目はコロナ禍でオンライン生活。この頃、Zoomの家庭教師をお願いしたこともありました。3年目にやっと日常的な英語が身についた感覚でした。最終的に聞くのはほぼできるのですが、話すほうはまだボキャブラリーが足りないという感じでしたね。ただ、英語力よりも海外の学校生活で多くのことを学べた気がします。学校には、いろいろな人種、いろいろな経済状況の仲間がいて、今自分がどのような境遇にあるのか再確認することができました。アジアンヘイトのような扱いを受けることもなく、友達もたくさんできて、今でもメールのやりとりを続けています」(タイタロウ)  

 

「海外だからといって心配しすぎる必要はありません。今は日本のアニメが世界中で人気なので、アニメの話をすれば、クラスで必ず友達ができます。私も『鬼滅の刃』の話題で現地の子に話しかけられたりしました」(マイコ)  

 

「多様性という面では、小学校に男子トイレ、女子トイレに加え、誰でもトイレが設置されていたのには驚きましたね。私が学校行事で、クラスメイトの性別を担任に尋ねたとき、『They』という男性でも女性でもないノンバイナリーの代名詞でその子のことを表現していました。進んでいるなと思いました」(レナ)  

今の教科書には「ヒロシマ・ナガサキ」も載っている  

3年間のフィラデルフィア生活を終え、日本に戻ったのは2022年。コロナ禍も少し落ち着き、人々は日常を取り戻しつつあった。 日本の高校に通っていたケイジロウは国内の大学に進学、タイタロウも一般受験で日本国内の高校に進学した。マイコは帰国後、進学塾に通い、帰国生向けの入試で国内の中学校に進学した。 タイタロウは、コロナ禍で現地の補習校にも思うように通えず、レナは日本で学んだ同級生との差を心配したが、それほど大きな問題はなかったという。    

コロナ禍でハロウィーンのトリックオアトリ―ティングが中止になった中、フィラデルフィアのサッカークラブのユニオンズがハロウィーンイベントを開催! ピッチの芝生はふかふかだった
コロナ禍でハロウィンのトリックオアトリ―ティングが中止になった中、フィラデルフィアのサッカークラブのユニオンズがハロウィンイベントを開催! ピッチの芝生はふかふかだった

「もともと補習校は、日本人の友達に会いにいく場所くらいにしか考えていなかったので、自分としては勉強の遅れは気にしていませんでしたね。実際、理科は好きだったので、ほとんどギャップを感じません。社会の方はかなり遅れを感じているけど、頑張るしかないと思います。そして、現地で学んだ英語力を維持するために、高校1年の夏にニュージーランドに2週間、留学する予定です。将来は、海外の大学進学という選択肢もあると思っています」(タイタロウ) 

 

自らもアメリカで8年間生活をした経験があるレナにとっても今回のフィラデルフィア生活で、さまざまな発見があった。例えば、レナが小学校5年生の頃、歴史の授業で「パールハーバー奇襲」について学んで、クラスメイトから「日本はヒドイ」と責められたことがあった。それに対して言い返せなかったことを今でも覚えているという。一方、今回のアメリカ滞在で、タイタロウの教科書を見るとアメリカの学校でも「パールハーバー奇襲」だけでなく、「ヒロシマ・ナガサキの原爆投下」まで教えていることがわかった。多民族国家らしい、一部の人種に偏らない教育をしていることを知り、安心したという。そんなレナは、これから駐在生活をするファミリーに向けて、最後にこんなアドバイスをくれた。  

 

「知らない国、知らない町での新生活に心配は付きものです。それでも海外生活は、とにかく楽しんだ者勝ちだと思います。深く考えるより、楽しむことが大切! また、子どもにとっては視野を広げる大きなチャンスになります。言語の壁にぶつかり、つらい経験をすることもありますが、メンタル面は大きく成長できます。そして、海外に出ることで、日本のよさにも気づくでしょう。子どもたちも言っていましたが、海外生活で身につくのは英語力だけではありません。この社会には、いろいろな生活、いろいろな家族形態、いろいろな肌の色の人がいて、『普通』と呼ばれることが何通りもある。それを肌感覚で覚えられることが海外生活の本当の価値だと思います」(レナ)  

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