カナダで生まれ、小・中学生の頃にはベトナムのホーチミンで暮らした経験があり、国際的に豊かなバックグラウンドを持つ早稲田大学の山下遥(やましたはるか)さん。大学では女子陸上ホッケー部に所属しながら早稲田大学 ICC(異文化交流センター)の学生スタッフとしても活動するなど、やりたいことはすべて挑戦するのがモットーだ。しかし、ベトナム生活を経験するまでは消極的な性格だったと話す。ポジティブな彼女のルーツに迫った。
(取材・構成:ミニマル上垣内舜介)
■山下さんは早稲田大学 ICC(異文化交流センター)に所属し、昨年には「ICCカナダ文化ナイト」というイベントを主催されたとうかがいしました。どんなきっかけで企画したイベントだったのでしょうか?
早稲田大学 ICCは、主に外国人留学生向けの国際交流イベントを開催する組織です。また、他国の言語を学びたい人や、シンプルに友達をつくりたい人が集まる拠点にもなっています。私は1年次から学生スタッフとして活動し、職員の方々と協力しながらイベントの運営に携わってきましたが、卒業前にどうしても実現したかった企画が、この「ICCカナダ文化ナイト」です。私はもともとカナダで生まれ国籍を保持していますし、大学では1年間カナダに留学していました。そこで知ったカナダの魅力的な文化をもっと広めたいと思い、企画しました。
■イベントでは具体的にどのようなことをしたのですか?
カナダでは、陸上ホッケーとアイスホッケーの両方が国民的なスポーツとして親しまれています。また、私はICCと並行し、4年間にわたって体育会女子陸上ホッケー部で活動してきました。そこで、今回の企画では、ホッケーを軸にしてカナダの文化を紹介したいと考えました。オープニングではホッケーの選手がアリーナに入場するかのようにゲストの方を招き入れ、イベント開始前には参加者全員でカナダ国歌を斉唱。私が現地で熱狂したホッケーのライブ感を再現するようなイベントにしたかったのです。
■とても楽しそうですね。ゲストにはどのような方がいたのでしょう?
イベントの趣旨に賛同いただいたカナダの政府機関や企業、プロアイスホッケーチームなど9つの団体から幅広く参加してもらいました。恵比寿にあるカナダワインの専門店の方にも来ていただくなど、バラエティに富んだ交流が生まれたと感じています。自分たちで連絡して協賛を募ったり、SNSを活用して告知したりと準備は大変でしたが、100名を越える学生や教職員参加者に楽しんでもらえたのはうれしかったですね。
■イベントの開催にあたって意識していたことはありますか?
運営チーム内のコミュニケーションには気を配っていました。いいアイデアは、意外と日常会話の中に潜んでいることがあるんです。国歌斉唱を考えついたのも、何気なくカナダでの思い出を話している時でした。もうひとつ意識していたのは、自分が誰よりも熱意を持って取り組むこと。コロナ禍でしばらくイベントを開催できておらず、手探り状態で苦労することも多かったのですが、運営側がやる気のないイベントを参加者に楽しんでもらえるはずがありません。自分が楽しめればそれが正解だとポジティブに考えながら、イベントをつくり上げていきました。
■イベントを大盛況で終えられて、感想はいかがでしたか?
参加者や職員の方々が口を揃えて「今までのICCのイベントで1番楽しかった」と言ってくれたのがすごくうれしかったです。イベントがきっかけで参加者同士が仲良くなり、終わってからも交流が続いていることを知った時にも達成感がありましたね。ホッケーの魅力もしっかり伝えられたようで、イベントに招いた横浜GRITSというチームのファンになって、試合観戦に通い出した学生がいたことも印象的でした。
■1歳の時にカナダから日本に戻り、小学5年生まで東京の学校に通われていた山下さん。その後、父親の赴任で、ベトナムのホーチミンシティに家族で滞在されることになります。
今になって考えると、ベトナムに行ったことが私の人生における1番の転機ですね。実はそれまで、すごく消極的でおとなしい性格だったんです。自分から発言することが苦手で、グループの端っこにいるようなタイプでした(笑)。でも通ったインターナショナルスクールでは、同級生がみんな周囲を気にせず個性を発揮していて、「日本とは違って自分から意見を言わないと伝わらないんだ」と実感する場面が多くありました。
■現在の山下さんのポジティブな印象とは大きく異なりますね。ベトナムではどんなふうに周囲に馴染んでいったのですか?
日本ではひとつの部活に入ることが普通だと思うんですが、インターナショナルスクールでは掛け持ちができたんです。そこで、学校にあるほとんどのスポーツクラブに掛け持ちで入部しました(笑)。私は英語がまったく話せない状態でベトナムに行ったので、どうにかして英語力をつけないと周りと一切コミュニケーションが取れなかったんです。加えて、自分から話しかけるのも苦手。ただ、運動には自信があったので、スポーツを通じてコミュニケーションを図るのが1番合っているなと考えました。どのスポーツクラブにもいる人になれば興味を持ってもらえて、英語も自然と身につくのではないかと。ここで一歩踏み出したからこそ今の性格が形成されたと感じています。
■自分から意識的に動いたことで前に進むことができたのですね。その後、中学校3年生の時に再び日本に帰国。当時はどんな気持ちでしたか?
最初は日本での学校生活に不安を抱いていましたが、ベトナムでの生活を経てどこでも生きていけるマインドを手に入れていたので、すぐに馴染むことができました。編入してすぐに修学旅行だったのですが、そこでも英語を教えて友達が増えたりして。ベトナムでは英語と日本語の家庭教師から勉強を教わっていたので、日本の授業にもなんとかついていけたんです。そこは本当に両親に感謝しています。
■そして早稲田大学に入学後、ご自身のルーツであるカナダに留学されます。
大学生になったらカナダで暮らしてみたいというのが、私にとって長年の夢でした。早稲田大学を選んだのも、留学先としてカナダの学校がたくさんあったことが理由のひとつなんです。留学当時はカナダでもコロナ禍が続いており、外出にも若干の制限がありました。でも、室内でも十分に異文化交流を楽しむことができました。毎週のようにテーマに沿ったハウスパーティーが開催されていたのは思い出に残っています。ピンクの服を着ないと参加できなかったり(笑)。カナダの人は多様性に対する理解も深いんですよね。私がカナダで生まれたことを話すと、「それはもうカナダ人でしょ」って受け入れてくれて。カナダ人としての学生生活を体験できたのは人生における貴重な時間でした。
■ベトナムとカナダでの海外生活を通じて、現在に活きている学びはありましたか?
ひとつは英語力ですね。大学では授業をすべて英語で受ける学部にいるのですが、周囲は留学生がほとんど。多様なバックグラウンドを持つ学生との繋がりをつくることができました。また、日本語と英語の両方の情報を吸収できるので、視野が広がったとも感じています。実は卒業論文も日本語と英語、別のテーマで2つ作成しているんです。もうひとつ、異文化への理解力が身についたこともよかったですね。どの文化が1番とかではなく、「みんな違ってみんないいんだ」という考え方ができるようになって、どんな人とも対等にコミュニケーションが取れるようになりました。
■人生のモットーはありますか?
「やりたいことは全部やる」ということですね。そして、挑戦するからにはすべてに全力で取り組みたいと考えています。自分がやりたいことを全力でやっていれば、周りの人も自然とついてきてくれることを実感しています。
■今後の目標をお聞かせください
大学卒業後は金融機関に就職することが決まっています。進路を考えるようになったのはベトナムでの経験がきっかけです。私が引っ越しした当初、家の周囲には本当に何もなくて、空き地に牛や鶏が歩いているような牧歌的な地域でした(笑)。でも私が帰国する頃には外資系の企業がたくさん進出し、道路や商業施設が出来てきて、暮らしている人々の表情も明るくなっているのを感じたんです。社会インフラの発展が世界の人々の幸せに直結することを学び、世の中をハッピーにするような仕事に就きたいと思いました。 グローバルなバックグラウンドを活かしながら働ける企業なので、いずれは日本とカナダの架橋になるような仕事をするのが夢ですね。
■ぜひ素敵な夢を実現してもらいたいと思います。最後に、海外子女・帰国子女とその家族にメッセージをお願いします。
私自身、海外と日本を行き来する人生の中で、アイデンティティを見失って思い悩むことがありました。しかし同時に、多様な文化に触れることによって、ひとつのバックグラウンド・アイデンティティに絞る必要なんてないんだということに気づきました。海外で暮らしていると、日本では絶対に経験できない学びがたくさんあります。どんな経験も将来の財産になるので、何も悩むことなく楽しく過ごしてほしいです。
【プロフィール】 早稲田大学 社会科学部4年 山下遥さん カナダのバンクーバーで生まれ、1歳で帰国。小学校5年生の夏まで東京の公立小学校で学ぶ。父親のベトナム赴任に伴いホーチミンシティに帯同し、インターナショナルスクール(ISHCMC)でIB教育を4年間受ける。中学校3年生の夏に帰国して公立中学校に編入、国際基督教大学高等学校に進学。2020年に早稲田大学社会科学部入学。