2023年9月20日
子どもの教育

帰国後の子どものアイデンティティ

<質問>          
帰国後、子どもはアイデンティティについて悩んでいるようです。どうアドバイスしたらよいのでしょうか。

「アイデンティティ」という言葉をよく耳にすると思います。ぼんやりとは分かったようで、うまく説明できないという方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。 アイデンティティによく似た言葉に「アイデンティフィケーション」があります。この言葉はパソコン用語としてIDを指し、アカウントを作成する時にパスワードとセットで使われます。日本語では「身分証明」と訳され、パスポートもIDと呼ばれます。 アイデンティティは心理学用語の一つで、この言葉を最初に使ったのはアメリカの発達心理学者のエリク・エリクソンです。アイデンティティとは「自分は何者かなのかという自分が自分に対して持っている考え方(概念)」であるため、最初にうまく説明できないと書きましたがそれも自然なことでしょう。   

アイデンティティ・クライシス

自分のアイデンティティについて悩むことを「アイデンティティ・クライシス」と呼びますが、多くは青年期の課題としてあげられます。青年期は、中学生から大学生にあたる年代にあたり、将来どんな高校や大学に行こうか、理系・文系どちらが向いているのか、自分が将来やりたいことは何だろうなど、「自分とは何か」、生きる目的について様々なことを意識し始める時期です。         
皆さまもご存知かもしれませんが、青春時代のベストセラーに吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』という本があります。中学生になった主人公がおじさんとの会話を通して、生き方を考えていく自分探しの物語です。         
「世の中の真理を学ぶためには俯瞰的な視点を持つことが必要」「自分自身の体験から感じたことを深く考えることが立派な人になるための道」「自分自身の過ちを認め、苦しむことができるのは人間だけ」……ぜひ、読んでみてください。

 

帰国子女が直面するアイデンティティ・クライシス

アイデンティティは国内で成長する子ども達も多くが直面する悩みですが、帰国子女は日本に帰ると、日本の文化や社会に適応していくことが程度の差はあれ課題になります。周囲とうまく馴染めなかったり、生活習慣の違いを指摘されたりした時、「周りと違う自分は日本の社会で仲間になれない」といった思いにとらわれてしまうことがあります。    
 

海外で生活するということ

子どもたちは、保護者の海外赴任に帯同して海外に行き、学齢期や学齢期に達すると学校教育を受けます。海外の学校には、日本人学校、現地校、インターナショナルスクールなどがありますが、選ぶ学校種により子どもたちが受ける影響はだいぶ異なります。日本人学校では、帰国後の学校適応に向けて教育活動をおこないますが、現地校やインター校では日本と違う学校文化の中で教育を受けます。しかし、どの学校種を選んだとしても子どもたちは、毎日滞在国の文化の中で暮らすことになります。自然環境が異なる中で、日本人と違う風貌の人々、考え方や社会ルールに毎日接します。子どもは現地での生活に適応できるように全力で毎日を過ごしますので、いつも外国人(日本人)であるという意識は持ちながらも、自然と異文化を吸収していきます。

 

帰国子女が帰国後に苦労する悩み

比較的軽度な段階から、アイデンティティ・クライシスと呼ぶようなかなり深刻な段階など子どもにより個人差がありますが、この時、子どもたちは適応問題に直面しているということを、保護者は理解しなくてはなりません。     

①自分の故郷が分からない     
日本で生まれながら、幼少期を海外で過ごした子どもの中には、日本人でありながら生まれた土地に思い出がない、友達や知り合いもいないなど思い入れがなかったりする一方、幼少期を過ごした海外も故郷とは思えないということがあります。      

②日本の学校文化や常識が分からない     
日本の学校を知らない子どもたちでも、日本人学校からの編入であれば、それほど大きな違和感は覚えません。一方、現地校やインターナショナルスクールで過ごした場合は、かなり戸惑います。課題解決学習やグループ学習を中心とした授業、授業中積極的に手をあげ自分の考えを伝えることが重視され評価される学習、おやつの時間があったり、掃除の時間がなかったりという日本と違う学校文化の中で過ごした子どもたちは帰国後、海外とは違う日本の学校文化に戸惑います。      

③疎外感     
海外では友達ができなかったり、いじめられたりと孤独な海外生活を送っていたという帰国子女は少なくありません。日本へ行けば明るい未来が待っていると希望をもって帰国します。しかし、日本に帰国しても日本語が十分できない、自分の考えを主張するあまり友達ができないなど、日本にいても外国人かのようで疎外感を感じることがあります。      

④帰国子女は英語ができるというプレッシャー      
「帰国子女」というと英語ができると思われがちですが、アメリカやイギリスなど英語圏だけでなく、非英語圏から帰国した帰国子女もいます。また、英語圏であっても海外生活が2,3年であまり話せなかったり、逆にネイティブ並みに話せても日本人の発音と違うためからかわれたりして、帰国子女であることを隠す子どももいます。

 

アイデンティーの悩みを克服するアドバイス


①過去の自分を振り返る     
海外の生活環境や学校に適応するために、異文化を受け入れ全力で過ごしたことを振り返えることを勧めます。   
・過去の失敗があるから今がある   
・努力をしてきた自分を認める   
・失敗も成功も含めて自分   
こうした自分の過去を受け入れることにより、他人には見えない自分にしか分からない自分を見つけることができます。このような振り返りは、サバイバルできた自分自身を愛おしく思い、自信と誇りを育てるのです。     

②日本の伝統文化に触れる、体験する     
日本には、様々な伝統文化があります。代表的なものに、華道・茶道・武道・和太鼓などがあります。こうした和の文化は、日本人の美意識や精神性を表現していますので、日本人の心を理解することつながります。また、夏祭りへの参加や伝統文化の工場見学や体験、地方への宿泊体験などを通して、海外と日本の両方の文化の良さを理解できる「自分」を発見できます。     

③自らの特性の自覚し、その伸長を目指す     
多くの帰国子女は、積極性・独自性、更に自分の考えや見解を人前で堂々と述べ、イエス、ノーをはっきり言うことができます。また、現地の学校やインターナショナルスクールに通学した者の多くは、外国人の友人を持ち、生活様式、習慣、物の考え方・見方等の生活規範を身に付けています。さらに、外国人と多く接触してきたことにより、彼らに対しても素直に、臆せず、適切に対応しうる資質を備えています。またネイティブにも通じる外国語を身に付けている場合には、国際社会の中でコミュニケーションを取れる大切な能力を備えていることになります。こうした貴重な特性を周りに合わせて失うことなく、さらに伸長することが大切です。

保護者の皆さまへ

帰国子女は、これからの日本の子どもたちが身に付けてほしい様々な特性をもっています。その子どもたちが帰国後萎縮しないよう、保護者の皆さまは支援してあげてください。「ピンチの後にチャンスあり」という言葉がありますが、アイデンティティに悩むことは、これからの日本の将来に必要なグローバルな資質を備えた人間として成長できる大きなチャンスであるとお考えください。そのために、アイデンティティに不安を感じているお子さまに対して、貴重な人材であることを認めてあげること、語ってあげること、応援してあげることです。「みんな違っていい」ということを保護者が認め、いつもお子さまの応援者でいてください。    

インターネットが発達した現在、日本にいても世界を旅することができますが、その国の空気、音、におい、生活習慣などは滞在国に住まなければ肌で感じることはできません。    

帰国子女は、「日本の将来の大切な人材」として位置づけられています。あなたのお子さまもその大切な一人であるということに誇りを持ってください。アイデンティティに悩むことは今後の成長における大切な通過点です。多くの苦労を経験したお子さまでしたら必ず乗り越えることができると信じ、その成長を長い目で見守ってあげてください。  

<回答者>

  

海外子女教育振興財団 
教育アドバイザー  
清水賢司 
1975年返還直後の東京都小笠原村母島にて教員生活を開始。その後、都内中学校の副校長、校長を歴任。1991年より3年間ラスパルマス日本人学校(スペイン)、2014年より4年間テヘラン日本人学校(イラン)にて勤務。文部科学省在外教育アドバイザー。全国海外子女教育研究協議会幹事。2023年より海外子女教育振興財団の特別研究員。

 

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